テラーノベル
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「甚爾くん、ほんまに行くの? 嘘やろ……?」
冷たい雨が降りしきる禪院家の裏門。十六歳の直哉は、大きな荷物を肩にかけた甚爾の着物の袖を、千切れんばかりの力で握りしめていた。呪力を持たない「落ちこぼれ」として蔑まれてきた甚爾が、ついにこの家を捨てる。その報せを聞いた直哉は、エリートとしてのプライドも周囲の目もすべて投げ捨てて、ここまで走ってきたのだ。
「俺も行く。連れてってや、甚爾くん! あんたがおらん世界の頂点なんか、俺は興味ないわ……!」
直哉の瞳には、現世のしがらみも呪いもすべて焼き尽くしてしまいそうなほど、純粋で、そして重すぎる恋情が宿っていた。甚爾はその必死な顔を、雨に濡れながらじっと見つめた。甚爾は知っていた。直哉がどれほど自分を盲信し、焦がれているか。けれど、同時に分かっていた。自分がこれから歩む道は、光の一片すら届かない、血と泥に塗れた呪詛の泥沼だということを。エリートとして育てられ、まだ綺麗な世界にいるこのガキを、自分のまともじゃない生き方に巻き込むわけにはいかない。それが、甚爾が直哉に向けた、最初で最後の「覚悟」だった。甚爾は直哉の手を、容赦ない力で乱暴に振り払った。「あ?」
低く、地を這うような冷徹な声。甚爾は心の中の動揺を一切隠し、狂気すら孕んだ冷たい三白眼で直哉を見下ろした。
「勘違いすんなよ、直哉。お前、自分が特別な存在だとでも思ってんのか?」
「え……?」
「俺が今までお前の相手をしてたのはな、禪院家の次期当主様に取り入っておけば、小遣い稼ぎになると思ったからだ。お前が俺に向けるその安っぽい感情を見るたびに、裏でどれだけ吐き気がしてたか、教えてやろうか?」
――それは、あまりにも残酷な、そして完璧な「最後の嘘」だった。
「嘘、や……。甚爾くん、そんなこと……」
「嘘なわけねぇだろ。俺は金とギャンブルにしか興味がねぇんだよ。お前みたいな、温室育ちの世間知らずなガキの相手はもう飽きた。二度と俺の前にツラ見せるな。虫唾が走る」
甚爾はフッと吐き捨てるように笑うと、一度も振り返ることなく、雨の闇の中へと歩き出した。
「嫌や! 待ってや、甚爾くん! 置いてかんで……っ!」
直哉の声は、激しい雨音にかき消されて届かない。泥水の中に膝をつき、直哉は声を上げて慟哭した。信じていた思い出も、向けられた温もりも、すべてが金の絡んだ偽りだったと言い放たれた絶望。その傷跡は、直哉の心を修復不可能なまでに引き裂いていった。歩みを進める甚爾の背中に、雨が容赦なく打ちつける。直哉に突きつけた言葉は、そのまま甚爾自身の胸を抉っていた。けれど、これでいい。自分を憎み、拒絶することで、直哉はこの歪んだ禪院家で「完璧なエリート」として生き抜くことができる。それが、自分がこのガキに残せる唯一の守り方だった。
「……ハッ、柄じゃねぇな」
甚爾はぽつりと呟き、溢れそうになる何かを堪えるように、雨空を仰いだ。愛するがゆえについた、最悪の嘘。直哉がその嘘の痛みを傲慢な仮面で隠し、冷酷な呪術師へと変貌していく未来を、甚爾はただ一人、暗闇の中から見守るのだった。
コメント
1件
ああ、もうこれ……刺さりすぎてしばらく動けんかったわ(涙) 直哉の「連れてってや」って台詞、あの必死さが痛いほど伝わってきて、でも甚爾が振り払った瞬間の温度差がエグすぎる。最後の嘘だと分かってるから尚更つらい……。愛するがゆえの拒絶、って言葉が全部を物語ってるけど、直哉の慟哭が頭から離れん。タイトルの「離れ離れ」がもう、直球すぎて泣く。 めっちゃ良かったです。続き読みたい。
欲 。
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#禪院甚爾
欲 。
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欲 。
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