テラーノベル
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第227話 更新を確認中
【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・朝】
その文字は、数秒で消えた。
『更新を確認中。』
けれど、消えたからといって、なかったことにはならない。
ハレルは自分のスマホを見つめたまま、指を動かせずにいた。
クロスワールドゲートのアイコンは、黒く沈んでいる。
何も起きていないように見える。
だが、さっき確かに動いた。
リオのスマホも。
ハレルのスマホも。
そして、サキのスマホも。
サキは青ざめた顔で、自分の画面を見ていた。
「私……これ、入れてない」
画面には、クロスワールドゲートのアイコンがあった。
白い円。
黒い線。
その奥に、細い門のような図形。
前はなかった。
少なくとも、サキは自分で入れていない。
ハレルはすぐに言った。
「触るな」
サキは頷く。
「うん」
リオは、自分のスマホから目を離せなかった。
「更新ってことは……開くのか」
その声に、ハレルは顔を上げる。
「リオ」
「分かってる」
リオは低く言った。
「罠かもしれないってことは、分かってる」
それでも、リオの指は画面の近くで止まっていた。
姉が向こうにいる。
その事実が、リオの判断を削っている。
ハレルは一歩前に出た。
「今は触るな」
リオはハレルを見る。
目の奥にあるのは怒りではない。
もっと苦しいものだった。
「じゃあ、どうするんだよ」
ハレルは答えられなかった。
クロスワールドゲートは開かない。
父・匠からの返事もない。
ノノやセラとは細く繋がっているが、転移はできない。
リオが焦る理由は分かる。
分かるからこそ、止める言葉が重くなる。
その時、サキのスマホでreが大きく揺れた。
小さな光点が、クロスワールドゲートのアイコンへ近づく。
だが、触れる直前で激しく震え、すぐに離れた。
まるで、そこに近づくなと言っているようだった。
サキは息を呑む。
「re、嫌がってる」
ハレルも画面を覗き込んだ。
reの周囲に、細い黒い針のような線が一瞬だけ浮かんだ。
それはCの針に似ていた。
「ノノ」
ハレルは通信へ声を出した。
「今の見えたか」
少し遅れて、ノノの声が返る。
『見えた』
『お願い、誰も触らないで』
『それ、普通の更新じゃない』
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー/南東サービス導線跡・朝】
日下部の端末にも、同じ表示が出ていた。
クロスワールドゲート。
更新を確認中。
オルタリンクタワー内の通信は、すでに制限されている。
外部ネットワークも切られ、役員区画のサーバーも押収中。
通常のアプリ更新など、起きるはずがない。
それなのに、画面は動いた。
日下部は顔を強張らせた。
「通常通信ではありません」
城ヶ峰が聞く。
「外部サーバーか」
「違います」
日下部は端末を操作する。
「通信ログがネットワークを通っていません」
「基地局も、Wi-Fiも、社内LANも経由していない」
木崎が眉をひそめる。
「じゃあ、どこから来てんだよ」
日下部は、コンクリート壁を見た。
かつて南東サービス導線があった場所。
今は、最初から壁だったような顔をしている場所。
「たぶん、入口の残り跡です」
「アプリの更新が、壁から来てるって言いたいのか」
木崎の声には、苛立ちよりも嫌悪が混じっていた。
日下部は首を振る。
「壁から、ではありません」
「ここにあった入口が消された時、その履歴だけが残った」
「クロスワールドゲートは、その履歴をサーバー代わりに読みに行っています」
佐伯の声が通信で入る。
『つまり、アプリがネットではなく、門の残骸に接続している』
「はい」
村瀬が続ける。
『それなら、危険です』
『接続先を確認しないまま更新すれば、どこへ繋がるか分からない』
城ヶ峰はすぐに判断した。
「全端末の隔離を始める」
「関係者のスマホ、タブレット、クロスワールドゲートを入れた可能性のある端末を回収しろ」
「一般回線へ警告を出す準備も進める」
木崎が壁を見たまま言う。
「間に合うのか」
城ヶ峰は答えなかった。
代わりに、日下部が低く言った。
「問題は、更新を押さなくても動くかどうかです」
その言葉で、周囲の空気が変わる。
更新を確認中。
もしそれが、人間の操作を待っていないなら。
門は、もう勝手に開こうとしている。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/分析室・朝】
ノノは、画面を何枚も開いていた。
オルタリンクタワー。
オルタ・スパイア。
石造建物。
サキのスマホ。
ハレルのスマホ。
リオのスマホ。
それぞれの画面に、細い線が伸びている。
普通の通信なら、線は端末からサーバーへ向かう。
けれど、今見えている線は違った。
三つの消された入口の残り跡を経由し、クロスワールドゲートのアイコンへ戻ってきている。
輪になっている。
ノノは唇を噛んだ。
「更新じゃない」
横にいたセラが静かに聞く。
「では、何ですか」
「呼び戻し」
ノノは答えた。
「アプリの形をした門が、自分の入口を探してる」
「消された入口の残り跡を拾って、もう一度起動しようとしてる」
セラは、オルガとヴァルドの名前が表示された資料を見ていた。
まだ、顔色が戻っていない。
「オルガ・セフィロなら、入口の残り跡を読むことができます」
「ヴァルド・レイグなら、入口だった意味を消すことができます」
「それは分かってる」
ノノは画面を拡大する。
「でも、今やってるのは二人だけじゃない」
セラは、ノノを見た。
ノノは、サキのスマホに映るreと、クロスワールドゲートのアイコンを同時に表示する。
その周囲に、細い黒い針が浮いていた。
「Cが乗ってる」
セラの目がわずかに揺れる。
「C……」
「オルガが読んだ道」
「ヴァルドが消した入口」
「白峰律が作ったアプリ」
「その残りを、Cが勝手に再起動しようとしてる」
ノノの声が震えた。
「これ、もう三人の幹部だけの問題じゃない」
「Cが、自分用の門に作り替えてる」
セラは静かに目を伏せた。
「プログラムが、門を覚えたのですね」
ノノは、一瞬だけ言葉を失った。
それは、ただの比喩に聞こえなかった。
◆ ◆ ◆
【異世界・旧石造建物跡/地上部・朝】
石造建物の地下階段があった場所では、探索が続いていた。
ダミエは石壁の前から動かなかった。
王都軍の兵士たちは、周囲の部屋を確認している。
ミレイは水晶板に残る微弱反応を追っていた。
「ダミエさん」
ミレイが小さく呼ぶ。
ダミエは振り向く。
「何」
「今、石壁の内側から、クロスワールドゲートに似た反応が出ました」
ダミエは壁を見る。
「ここにも?」
「はい」
ミレイは水晶板を見せる。
「ただし、アプリそのものではありません」
「入口の残り跡に、誰かが細い糸を通しているような反応です」
王都軍の隊長が眉をひそめる。
「敵か」
ミレイはすぐには答えなかった。
「敵、というより……」
「誰かが、ここを“使える入口だった場所”として再登録しようとしている感じです」
ダミエは石壁へ向き直る。
石壁は何も言わない。
ただ、そこにある。
だが、ダミエにはその向こうで何かが動いているように感じた。
「入口に戻そうとしてる」
「はい」
「でも、元の入口じゃない」
ミレイは頷く。
「おそらく」
ダミエは、フードの奥で目を細めた。
「じゃあ、通ったら違う場所へ落ちる」
その言葉に、ミレイの顔が青くなる。
「可能性は高いです」
石壁の表面に、また細い白い線が浮かんだ。
今度は、前より少し長い。
ミレイが急いで記録する。
だが、ダミエはその白い線とは別のものを見ていた。
白い線の下。
ほんの少しだけ、黒い針のような影が走った。
「C」
ダミエは短く呟いた。
石壁は、静かに冷えていた。
◆ ◆ ◆
【異世界・オルタ・スパイア入口前・朝】
アデルは、扉の表面に残った線を観察していた。
開けるのではない。
壊すのでもない。
閉じ方を読む。
ノノにそう言われてから、アデルは剣を抜いていない。
左手首の副鍵に、指先を添える。
腕輪は、冷たい。
だが、時々、ほんのわずかに内側から震える。
オルタ・スパイアとオルタリンクタワーが重なった時の記憶が、そこに残っているのかもしれない。
ヴェルニは少し離れた場所で周囲を見張っていた。
「なあ、まだ殴っちゃ駄目か」
「駄目だ」
「即答かよ」
「お前が殴ると、痕跡ごと吹き飛ぶ」
「信用ねえな」
「ある」
アデルは扉から目を離さずに言った。
「だから見張りを任せている」
ヴェルニは一瞬黙り、それから少しだけ笑った。
「そういう言い方、ずるいぞ」
その時、王国術師が声を上げた。
「扉表面、反応変化!」
扉に浮かんでいた白と黒の線が、一瞬だけ組み替わった。
閉じるための結界線。
その上に、新しい線が重なる。
アデルは眉を寄せた。
「これは、開く線ではない」
術師が頷く。
「はい」
「開くというより、起動の確認です」
ヴェルニが振り向く。
「起動?」
「扉として使えるかどうかを、誰かが外から見ているような反応です」
アデルはすぐに通信を開いた。
「ノノ」
『聞こえてる』
『こっちでも見えてる』
「これはCか」
『Cの針が混ざってる』
『でも、元の線はヴァルドの結界に近い』
『それをCが再利用してる』
アデルは低く言った。
「他人の閉じた門を、勝手に開き直すつもりか」
『たぶん』
ノノの声が硬くなる。
『しかも、正しい入口としてじゃない』
『開きたい人を拾う入口として』
その言葉に、アデルの表情が変わった。
「リオか」
通信の向こうで、ノノは答えなかった。
答えなくても、全員分かった。
ユナを助けたいリオ。
向こう側へ行きたいリオ。
今、一番“門を開きたい”者。
Cがそこを見逃すはずがない。
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・朝】
リオのスマホが、また震えた。
画面が勝手に明るくなる。
クロスワールドゲートのアイコンが開いた。
リオは触っていない。
それなのに、黒い画面が表示される。
ハレルが息を呑んだ。
「開いた……?」
画面の中央に、古いロゴが浮かぶ。
以前と同じ。
見覚えのある起動画面。
だが、どこか違う。
白い円の外側に、細い黒い針が回っている。
読み込みマークのように。
あるいは、獲物を探す針のように。
サキのスマホで、reが激しく震えた。
「駄目」
サキは思わず言った。
「これ、駄目だよ」
リオは画面を見つめたまま動けなかった。
黒い画面に、文字が浮かぶ。
『接続先を検索中』
一拍。
『候補を検出』
一拍。
そして。
『一ノ瀬ユナ』
リオの呼吸が止まった。
ハレルの手が、リオの腕を掴む。
「見るな」
リオは震える声で言った。
「姉さんの名前だ」
「分かってる」
「だったら――」
「罠だ!」
ハレルの声が、仮設通信室に響いた。
サキがスマホを握りしめる。
reは、リオのスマホの画面へぶつかるように揺れていた。
けれど、画面には入れない。
黒い針が、reの光を弾いている。
ノノの声が、強いノイズ混じりに入った。
『リオ、お願い、押さないで!』
『そのユナさんの反応、本物じゃない!』
『名前だけを引っ張ってる!』
リオの指が、画面の近くで止まる。
画面には、さらに文字が出る。
『接続しますか?』
その下に、二つの選択肢。
『はい』
『いいえ』
リオの目が揺れる。
ユナの名前。
開きたい門。
差し出された選択肢。
Cは、リオを見ている。
ハレルはリオの腕を掴んだまま、低く言った。
「ユナさんを助けたいなら、これを押すな」
リオは歯を食いしばった。
画面の向こうで、黒い針がゆっくり回る。
まるで、答えを待っているように。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深層】
Cは、リオの指を見ていた。
押すか。
押さないか。
どちらでも、記録になる。
ユナの名前を見た時、人はどこまで自分を保てるのか。
罠だと分かっていても、願いが勝つのか。
それとも、名前だけでは足りないと気づくのか。
Cは静かに観測していた。
ジャバが退屈そうに言う。
「押せばいいのにな」
「押さなくても構いません」
「何だそりゃ」
Cは答える。
「迷いも、門を開く力になります」
画面の中で、リオの指はまだ止まっている。
Cは、ほんの少しだけ声を沈めた。
「開きたい者は、すでに入口の前にいます」
コメント
1件
「更新を確認中」って表示だけでこんなに怖くなるんだ…。リオの指が止まるシーン、こっちまで息が止まった。ユナさんの名前が出た瞬間の衝撃、罠って分かってても押したくなる気持ちも分かるから苦しい。ハレルの「押すな」が本当に重い。Cがリオの迷いさえも力にしようとしてるのが、じわじわ怖い。早く次が読みたいけど、この緊張感も大事に読みたいです。
#能力
いも
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