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#一次創作
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第228話 罠のアプリ
【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・朝】
リオの指は、画面の上で止まっていた。
クロスワールドゲート。
黒い画面。
中央に浮かぶ、細い門のような図形。
その下に表示されている名前。
『一ノ瀬ユナ』
そして、選択肢。
『はい』
『いいえ』
ただの文字だ。
けれど、リオにとっては違った。
一年以上、追い続けた名前。
異世界で生きていると分かっても、まだ現実には戻せていない姉の名前。
一ノ瀬ユナ。
画面に出ているのは、その名前だった。
「押すな」
ハレルは、リオの腕を掴んだまま言った。
声は強い。
だが、怒鳴るためではない。
リオの指が、わずかに震える。
「姉さんの名前なんだ」
「分かってる」
「分かってるなら、どけ」
「どかない」
二人の視線がぶつかった。
サキは横でスマホを握りしめている。
サキの画面では、reが激しく揺れていた。
reは、リオのスマホへ近づこうとしている。
だが、そのたびに黒い針のような線が走り、reの光を弾き返す。
まるで、画面の中に小さな柵があるようだった。
ノノの声が、強いノイズ混じりに響く。
『リオ、お願い、押さないで』
『それはユナさん本人じゃない』
『名前だけを使ってる』
リオの眉が動く。
「名前だけ……?」
『うん』
ノノは早口になりかけて、それを必死に抑えた。
『器の反応がない』
『コアの反応もない』
『イルダ医療棟の位置情報とも繋がってない』
『表示されてるのは、ユナさんの“名前”だけ』
ハレルはリオの腕を離さなかった。
「聞いたか」
リオは画面を見たまま答えない。
ノノは続ける。
『本物なら、器、名前、場所、反応が一緒に出る』
『でもこれは違う』
『名前だけを前に出して、押させようとしてる』
セラの声が、静かに続いた。
『名前は、道になります』
『けれど、名前だけでは人ではありません』
リオの息が止まった。
画面の中の「一ノ瀬ユナ」という文字が、ほんの少し揺れる。
それは人の名前のはずだった。
だが、見つめているうちに、リオには少しずつ違って見えてきた。
姉の声がない。
姉の温度がない。
姉がそこにいる気配がない。
ただ、「一ノ瀬ユナ」という文字だけが、きれいに置かれている。
まるで、餌のように。
リオは歯を食いしばった。
「……姉さんじゃない」
ハレルは息を吐いた。
リオの指が、ゆっくりと画面から離れる。
その瞬間、画面の黒い針が一斉に震えた。
『接続しますか?』
文字が、もう一度強く表示される。
『はい』
『いいえ』
リオは、画面を睨んだ。
「俺は、姉さんを助けたい」
声が低くなる。
「でも、これで行ったら、姉さんに会えるわけじゃない」
ハレルは、腕を掴む手を少しだけ緩めた。
リオは、自分の指で『いいえ』を押した。
画面が一瞬、暗くなる。
次の瞬間、細い黒い針が弾けるように散った。
アプリは閉じなかった。
代わりに、新しい文字が出た。
『接続保留』
リオの顔が強張る。
「切れてないのか」
ノノの声がすぐに返る。
『切れてない』
『でも、今ので強制接続は避けた』
『リオ、よく押さなかった』
リオは何も言わなかった。
スマホを握る手が、まだ震えている。
サキの画面では、reが少しだけ落ち着いていた。
けれど、完全には静まらない。
reは、リオのスマホから離れず、その周囲をゆっくり回っている。
警戒している。
まだ終わっていない。
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー/南東サービス導線跡・朝】
日下部の端末にも、同じ変化が出ていた。
『接続保留』
日下部は画面を見て、息を詰める。
「リオ君が押さなかったことで、強制接続は止まりました」
「でも、アプリは終了していません」
城ヶ峰が聞く。
「保留とは何だ」
「接続先を保持したまま、次の条件を待っている状態です」
「通常のアプリなら、こんな表示はありません」
木崎は壁を見たまま言う。
「じゃあ、門の前で待たされてるってことか」
日下部は頷いた。
「近いです」
佐伯の声が通信で入る。
『接続条件は、本人の操作ですか』
「最初はそう見えました」
「でも、今の動きを見る限り、違います」
村瀬が聞く。
『じゃあ、何を待っているんですか』
日下部は画面を拡大した。
クロスワールドゲートの黒いロゴ。
その外側を回っていた黒い針の残り。
そして、薄く表示された接続履歴。
「感情反応かもしれません」
木崎が顔をしかめる。
「感情?」
「はい」
日下部は言った。
「強い願望、焦り、会いたい相手の名前への反応」
「それを“はい”の代わりに使おうとしている可能性があります」
城ヶ峰の表情が冷たくなる。
「本人が押さなくても、開く可能性があるということか」
「あります」
一瞬、誰も声を出さなかった。
木崎が低く吐き捨てる。
「最低だな」
城ヶ峰はすぐに無線を開いた。
「関係各所へ通達」
「クロスワールドゲートが勝手に起動した端末は、操作しないこと」
「表示された名前やメッセージに反応しないこと」
「端末を破壊するな。切断方法が分かるまで隔離しろ」
日下部がすぐに付け加える。
「電源を落とすだけでは危険です」
「落とした瞬間に、再起動処理が走る可能性があります」
城ヶ峰は頷く。
「そのまま伝えろ」
木崎は壁を見た。
かつて入口だった場所。
今はただのコンクリート壁。
その向こうで、何かが笑っているような気がした。
◆ ◆ ◆
【現実世界・市内各所/同時刻】
その現象は、少しずつ広がり始めていた。
駅の近くに住む大学生のスマホ。
避難所で充電されていた古い端末。
クロスワールドゲートを昔入れたまま忘れていた会社員のスマホ。
子どもに頼まれてゲームを入れていた親のタブレット。
画面が、勝手に明るくなる。
クロスワールドゲート。
黒いロゴ。
更新を確認中。
そして、人によって違う文字が出る。
『もう一度、向こう側へ』
『あなたの失ったものを検索しています』
『接続候補を検出』
ある者の画面には、行方不明の友人の名前が出た。
ある者の画面には、亡くなった家族の名前が出た。
ある者の画面には、ただ一行だけ表示された。
『戻りたいですか?』
誰も、すぐには意味を理解できなかった。
だが、意味を理解する前に、心が動く。
会いたい。
知りたい。
戻したい。
もう一度だけ。
その気持ちを、アプリは待っている。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/分析室・朝】
ノノは、広がっていく反応を見て青ざめた。
水晶板の上に、細い点が増えていく。
現実側の端末反応。
名前反応。
願望反応。
そして、その周囲に走るCの針。
「まずい」
ノノは呟いた。
「これ、ハレルたちだけじゃない」
セラは静かに画面を見つめている。
「一般の人々にも、門を見せていますね」
「見せてるっていうより、誘ってる」
ノノは唇を噛む。
「しかも、全員に同じ入口を見せてない」
「その人が一番反応する名前を出してる」
セラの表情がわずかに曇る。
「名前を餌にしている」
「うん」
ノノは端末を操作する。
「止めないと」
「でも、止め方が分からない」
その時、セラが低く言った。
「名前だけでは、人ではない」
ノノが振り向く。
セラは続ける。
「そのことを、現実側へ伝えてください」
「表示された名前に、すぐ返事をしないこと」
「名前を呼ばれても、相手が本当にそこにいるとは限らないこと」
ノノはすぐに頷いた。
「分かった」
ノノは通信を開いた。
『ハレル!』
『城ヶ峰さんにも伝えて!』
『一般端末にも広がってる』
『表示される名前に反応しちゃ駄目』
『名前だけでは本人じゃない』
『器、場所、反応が揃わない名前は、罠!』
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・朝】
ノノの言葉を聞いて、ハレルはすぐに城ヶ峰へ共有した。
城ヶ峰側からは、すでに各所への警告準備が始まっている。
だが、時間が足りない。
スマホは多すぎる。
クロスワールドゲートを入れた人間が何人いるかも分からない。
すでに削除した端末にまで、残骸があるかもしれない。
サキは、reを見つめていた。
reは、画面の中で細く震えている。
三つの消えた入口の線。
リオのスマホ。
ハレルのスマホ。
そして、市内へ広がる無数の反応。
reは、それらを追おうとしている。
でも、追いつかない。
「re、無理しないで」
サキは思わず言った。
reは答えない。
ただ、小さく光るだけだった。
リオは、スマホを机の上に置いた。
画面はまだ暗くならない。
『接続保留』
その文字が、ずっと残っている。
リオはそれを見つめて、低く言った。
「俺は、あれを押さなかった」
ハレルは頷く。
「ああ」
「でも、押したいと思った」
その声は、苦しかった。
「押したら姉さんに会えるかもしれないって、思った」
「罠だって分かってても、一瞬、本当に思った」
ハレルは何も責めなかった。
サキも、何も言わなかった。
リオは拳を握る。
「だから、他の人も押す」
「名前を出されたら、押す人はいる」
ハレルは顔を上げた。
「止める」
「どうやって」
「分からない」
ハレルは正直に言った。
「でも、止める」
リオはしばらく黙っていた。
そして、小さく頷いた。
「……姉さんを助けるためにも、これを止める」
その時、ハレルのスマホが震えた。
クロスワールドゲートではない。
父・匠へ送ったメッセージの画面。
そこに、新しい表示が出ていた。
送信済みのまま止まっていたはずの文章の下に、短い返信が浮かぶ。
『白峰の門を使うな。』
ハレルの呼吸が止まった。
サキが画面を覗き込む。
「お父さん……?」
さらに一行。
『Cが乗っている。』
そして、最後にもう一行。
『待て。別の手順を送る。』
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深層】
Cは、その返信を見ていた。
白峰の門を使うな。
Cが乗っている。
別の手順を送る。
Cは、静かに沈黙した。
ジャバが言う。
「邪魔が入ったな」
「はい」
「壊すか」
「いいえ」
Cは、ハレルのスマホと、リオのスマホと、サキのスマホを見る。
それから、まだ反応し続けている一般端末の群れを見た。
「別の手順」
Cは、ゆっくりと言った。
「それも、観測します」
コメント
1件
第228話、めっちゃ重かった〜〜😭💦 リオが「押したい」って気持ちを自覚するところ、胸がギュッてなったよ…。名前だけで釣るのは卑怯すぎるし、一般の人にも広がってるのが本当に怖い。でも匠さんからの返信「待て。別の手順を送る」で希望が一筋見えた感じ!Cが動画見てる描写も不気味で震えた…続きが気になって仕方ないっ!!🔥