長谷川奏人はゆっくりとオムライスを食べ始めた。
「それにしても川口さん大丈夫? 一方的にされるがままなように見えたけど」
「後ろから抱きつかれていただけで何もしていません」
「そうなの? でもこっち側からしてみたら、それ以外の何かもしてるのかなーっていう風に見えたけど」
「……すみません。お気遣いありがとうございます。でも、ちゃんと彼氏に浮気しているのか聞きました。『してない』って言っていたので彼氏を信じます。ご忠告ありがとうございます」
よし、やっと言えたと水を一気に飲み干す。すると、長谷川さんは私の足を自分の足でツンと突いてきた。
「いつまでオレを待たせんの?」
……へ? な、なに?
聞き間違いかな、と心臓をバクバクさせながら、もう一度聞く勇気もなく残りの料理を食べる。
「なに無視してんの?」
「な、なにがですか……」
「だから、いつまでオレを待たせんのって聞いてんの。いつまで大してかっこよくもない彼氏と付き合ってんの?」
………え?
何を言われてるのか理解できなくて、思考が止まる。
『いつまで待たせんの』って、何……?
それに、大してかっこよきもない彼氏だなんて……いくらなんでも許せない。
長谷川奏人はなにを言ってるの?
「私、彼氏とは別れないですし。結婚もする予定ですし……」
長谷川奏人は眉を引くつかせ、険しい表情を見せる。
「……だから浮気してるって言ってるじゃん?」
「彼氏に確認したら浮気してなかった……って言いましたけど」
「浮気してるヤツは皆、とりあえず『浮気してない』って言うんだって」
…………なんなの、もう。
明日から食堂に来る時間帯を変えよう。長谷川奏人に会いたくなさすぎる。
かきこむように食べると、私に狂気な目を向けていた長谷川奏人が口を開いた。
「ねぇ、一回、オレと寝てみない?」
「……は?」
冗談で言ってるわけでもなさそうなその目に、ゾクッと嫌な感覚がよぎる。
「なんでそうなるんですか? 寝ません! バカな事言わないで下さい!」
意味が分からなさすぎる。なんで長谷川奏人のターゲットになってるの、私。
さっさとこの場から逃げよう。それがいい。
食べかけの定食を下げようと席を立つ。そして、長谷川奏人を強く睨み返して食堂を後にした。
萌菜はアイツに惚れない女はいないみたいなことを言っていたけれど、あんな無神経なヤツ、好きになれるわけない。かと言って、長谷川奏人のことを相談できるわけもなく。
午後の授業を終えてスマホを見ると、ヒロシから連絡がきていた。
【忘れ物したから今日また凪の家に寄るね】
忘れ物……
ヒロシは今日家に泊って行ってくれるんだろうか。もし、夜私から誘ったとしたら、ちゃんと抱いてくれるだろうか。
家に帰宅し、ヒロシが好きそうなミニスカートに薄いパーカーを羽織ってみた。パーカーの下から黒いキャミソールが透けてしまっている。
ベッドの下に置いてある小物が入っていそうな小さな紙袋を見つけた。
……これ、ヒロシが好きなブランドの袋だ。何を買ったんだろう。気になるけれど、中身が開けられていないため見るのを我慢する。
それから30分後、ピンポンと家のチャイムが鳴り玄関のドアを開けると、急いで来たのかぜぇぜぇと息を切らしたヒロシが立っていた。
ヒロシが昨日忘れていった小さめの紙袋を手渡す。
「忘れ物ってコレだよね?」
「友だちにあげるプレゼントでさ。サンキュ。助かったわ。じゃ、帰るわ」
…………え? ま、まって!
「ヒロシ、時間ないの?」
腕を掴んで止めてみるも、『ちょっと今日は用事あってさ』と申し訳無さそうに苦笑いされた。
「今日はこのプレゼントの友達に合うんだよ。ごめん、解散したらまた連絡する」
「…………何時にくる?」
「久々に会う友達だから多分朝まで飲み食いコース。ゴメン、なかなか会えないからさ」
「そっか。うん、わかった……」
腕を離すと、ヒロシはそそくさと出て行ってしまった。
ヒロシのために少しだけセクシーな服着てみたんだけど、この格好については何も言われなかった。
…………期待しただけ無駄だった。
気合いを入れた自分がバカみたいで、何も言ってくれないことがただただショックで、足の力が抜けるようにその場に座り込んだ。
ヒロシを責めるのは違う。急いでたんだし、私の事を見る余裕なんてなかったんだ。
今の私をちゃんと見れないほど、大切な友達と会うんだろう。
ヒロシを縛りたくなんてない。できるだけ自由にさせてあげたい。だけど、自分の中の独占欲が抑えきれない。
一人自己嫌悪に陥っていると、また玄関のチャイムが鳴った。
ヒロシ……? この格好を褒めに戻ってきた?
ガチャッとドアを開ける。
飛びつこうと思っていたのに、私の前に現れたのはヒロシではなく長谷川奏人だった。
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