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「はよ」
昼の13:00。動画投稿のためにメンバーがスタジオに集まるいつもと変わらない日。誰よりも早く現場入りする仁人が今日は午前中他の仕事があって少し遅れてやってきた。
いつも通りイヤホンを耳にさして、
いつも通り携帯を片手にもって。
「よっしー、おつか……」
だから、いじっていた携帯から挨拶をしようと顔を上げて飛び込んできた非日常に言葉を失った。
「ん、どした」
白い肌によく映えた首筋に浮かぶひとつの紅。最近短髪にしたが故、項に付く赤が隠れることなく晒し出されている。ああやだ、色んな可能性が脳内を一気に巡って頭がパンクしそう。そもそも触れていい内容なのかも分からない。
「柔太朗?」
「お、仁人〜おつかれぇい」
かける言葉に迷っている時、流れた静寂を割くように席を外していた勇斗が戻ってくる。
「おーおつかれ」
言葉を発さない柔太朗を気に留めることもなく声のする方へ視線を向けた。こっちへ足を向けていた勇斗も恐らく柔太朗と同じものを見たのだろう、目を丸くして歩みを止める。視線を泳がせて動揺する勇斗に対して何も変わらず支度を始める仁人。
「じ…んと」
「ん〜?」
「……」
「え、なに。ふたりともさっきから。なんかついてる?」
気がついていないのか、気にしていないのか、触れないで欲しいのか。真意が上手く測れなくて言葉が紡げない。だけどこの場を収めるにはきっと触れないといけない、そう結論づけてひとつ息を吐いてから口を開く。
「……よっしー」
トントン、と自分の右首を指で叩きどうしたの、と追って問いかける。首筋に触れて思い出したのか、ハッとした表情を向けて慌てたように弁明を始めた。
「ちがうちがう、そんな変なもんじゃねえって。アイロンで火傷したんだよ。絆創膏で隠そうかと思ったんだけどそれもそれで目立つからさぁ…」
がしがし頭を掻きながら思い出したらヒリヒリしてきたわ、と笑いながら言うことは真実なんだと長年の付き合いで悟る。ただ目の前の男は状況を飲み込みきれていないのか、降ってきた答えに納得していないのか。カツカツと音を立てて距離を詰めて仁人の腕を掴む。
「え、なに」
「ちょっと」
「おい、ま…勇斗っ」
そのまま引き摺り出すようにスタジオから出ていくふたりをただ見送ることしか出来ない。公言はされていないけどふたりは最近付き合い始めた。別に偏見もないし、長年の付き合いでお互い惹かれるところがあるのも納得できるから素直に応援している。だからこそ、恋人が項に赤い印を付けてきたら勇斗がああなることも何となく理解はできる。それでもあの獣のような、獲物を逃さないと言わんばかりの瞳を見てしまえば仁人に同情してしまう。
「……よっしーご愁傷さま」
呟かれた言葉は反響するスタジオに小さく木霊して落ちていった。
程なくして太智と舜太が合流して少し冷めたスタジオが一気に熱くなる。ふたりが出ていって10分少し経った頃だろうか、外からやかましい言い争いの声が聞こえてお騒がせカップルが戻ってきたようだ。
「だから、大丈夫だっつってんだろ!」
「んなこと言ってまた怪我でもしたらどうするんの」
「しねぇよ!」
「おうおう、おふたりさん今日も賑やかやなぁ!」
「ふたりでどこ行ってたん?」
「おーおつかれ。別にちょっと飲み物買いにいってただけ」
携帯から顔を上げずに耳に入ってくる会話から大きな問題になった訳でもなく戻ってきたらしい。
「ん、吉田さんその首どしたん?」
やはりかなり目立つのだろう、会って早々に太智が気がついたらしく声をかける。
「あーこれ…昨日アイロンで火傷しちゃって」
「うわぁあれ地味に痛いよな…絆創膏も目立つから俺もどうしようか悩んだことあったんよ〜」
「マジでまさにそれ」
「ビタミン飲むと皮膚の再生スピード上がるって教えてもらったことあるで。あとあんまり保護とかはしない方がええらしい。まぁ仕事に何かしらの影響は出そうやし、大人しく皮膚科にでも行った方がええと思うけど」
優しい舜太は仁人の火傷に対して心配をして、処置の仕方についてまで丁寧にもっている知識を披露する。この短時間で仁人の心配をしたやつはいなかったと思い返せば舜太は本当に優しいやつだと思う。
「ビタミンか…急ぎで病院は行けそうにないから持ってるサプリで賄うか……」
「早く良くなるとええなぁ!」
見なくてもわかる、満面の笑みを浮かべて寄り添う舜太がそこにいる。特に中身のない携帯をスクロールしながら頬が緩んだ。
「でもじんちゃんってそんなアイロン苦手やったっけ?1回で2箇所も火傷してまうなんて」
しかしその言葉が飛んできた瞬間、表情が固まって携帯をなぞる指の動きが止まった。
ん?2箇所?
ちょっと待て。柔太朗が先程見たのものはひとつの跡だったはずだ。ばっと勢いよく後ろを振り向くと確かに首筋に浮かぶ赤い印はもう1箇所増えている。固まる仁人は耳まで赤く染めていて思わず頭を抱えた。眉をひそめて訝しげに視線を送ると仁人を無言で眺める勇斗と視線がかち合う。勇斗が口角を片側に上げて人差し指を唇に当ててくれば嫌でもクロだと理解出来る。言うつもりないなら隠し通せよ、と罵倒の言葉を投げたくなる気持ちをため息ひとつで吐き出した。
「……2箇所隠すのって結構化粧でも難しいよね。俺タートルネックのシャツあるから今日の撮影ではそれ着る?」
それでも結局、同情心で助け舟を出してしまうあたり自分も大概、仁人には甘いのかもしれない。
「…っわるい、助かる」
撮影後に着ようと思っていた私服を差し出すと仁人はスタジオのパーテーションの奥へ着替えに走る。
恐らく勇斗は柔太朗が気が付いていることを察している。察している上でのこのマーキングとは全くなんと恐ろしい男なのだろう。撮影の準備が進む中、勇斗へ近寄るとジェスチャーでありがとうを伝えてきた。
「……貸しひとつ、だからね」
ぼそりとつぶやくと何が面白いのか、楽しそうに笑みを浮かべて今度飯行こうな、と誘ってくる。どうせならとびきり高い焼肉でも奢ってもらおう、そう心に決めて撮影の準備へも加勢した。
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