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「苦しいのだ。
考えてもみよ、五百石取りの旗本とはいえ武州熊谷の板井村に知行所があてがわれておるだけで、四公六民で計算すると実質の実入はわずか五百俵ほど…
そこから、殿様のご家族やご家来衆の食う分を除けば四百俵ほどしか残らん。
それを銭に変えると、何と、たったの百二十両足らずだ。
そこから、お主達のような蔵宿に札差料を支払い、ご家来衆への給金、盆暮れの付け届けに吉凶の贈答、借金の利息に殿様の小遣い…
どこに借金の元金を支払う余裕が有るというのじゃ。
いくら質素倹約に努めたとしても、旗本の格式やら軍役規定やらにがんじがらめで、切り詰めるにも限度が有るのだ」
浅草蔵前に店を構える中堅の札差、和泉屋の番頭である久兵衛は心の中で、「また始まった」とぼやいてしまう。
亀井家用人の佐々木は借金の申込みの度に、何度も同じ言葉を繰り返しているので、まるで芝居の口上みたいにスラスラと「苦しいのだ」で始まる愚痴を吐き出す。
こちらも、「そうは申されましても、借金が膨らむ一方では不安が募るのです」と、いつもと同じ断り文句を繰り返すのだ。
しかし、今回は少し様子が違っていた。
佐々木の口上には続きが有ったのだ。
「しかし、当てならないこともないのだ」
久兵衛は話の流れに驚いて、「当てと申されますのは、元金返済の当てということでしょうか?」と念を押せば、驚いたことに佐々木が重々しく頷いた。
無役の旗本で、二代に渡って小普請金を幕府に上納するほど才覚の無い亀井家に、返済の当てなど有ろうはずがない。
ところが、佐々木は自信満々でこう続けた。
「殿の後添いが決まったのだ」
久兵衛はこの一言で、亀井家が新たな借金を申し込んだ理由も、元金返済の当てについても、全てに合点がいった。
亀井家では、後添いの持参金を当てにしているのだ。
そこで気になるのは、相手方の家格やお家の事情になる。
何故なら、それによって持参金の金額が変わるからだ。
例えば、相手方の家禄が五百石の亀井家よりも高く、内証が苦しい上に初婚となれば、持参金の金額はあまり期待出来ないが、家禄が亀井家よりも低く、内証が豊かな上に再婚であれば、持参金はかなりの金額が期待できる。
しかし、だからといって家禄が低すぎて身分違いになれば、幕府からの婚姻許可が降りないので、この塩梅が難しいのだ。
しかも、この広い江戸に直参旗本は五千家ほどしか存在していないので、そう都合良くこちらの条件に見合う相手が見つかるとは限らない。
ところが、佐々木の口振りからすると、その稀な相手が見つかったと考えるべきだろう。
久兵衛は驚きを抑えながらも、「おめでとうございます」と頭を下げた。
「しかし、めでたいと喜んでばかりもおれん。
高額な持参金には条件が付けられておる。
先方は、真秀(さねひで)様を出家させろと言うておるのだ」
これには、旗本のお家事情に詳しい久兵衛でさえ驚きを隠せなかった。
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真秀様といえば、三年前に流行り病で亡くなられた正妻、時子様の忘れ形見で亀井家の嫡男なのだ。
その幼い一子を出家させろとは、いくら旗本同士の婚姻が政略本位とはいえ、余りにも薄情で恥知らずな要求である。
呆れた久兵衛が、「して、殿様のお相手はどちらのお家ですか?」と訊ねると、佐々木は苦虫を噛み潰すように、「長塩家だ」と吐き捨てた。
その答えに久兵衛は言葉を失う。
長塩家といえば家禄が三百石と低いながらも、代々小十人組頭を務める家柄で役高を三百俵も得ており内証は豊かだった。
旗本は、五百石以上と五百石未満では求められる格式がまるで違う。
しかも、五百石以上の旗本は基本的に知行所を当てがわれ、そこから年貢米を受け取るが、五百石未満の旗本は蔵米取りがほとんどで、お借り上げなどの処置が無い限り公示通りの米が支給された。
そう考えると長塩家は亀井家よりも家禄が低いものの、掛かる費用が半分で実入りが倍の計算になるから、内証が豊かなのは当たり前だ。
しかし、長塩家の当主、長塩与十郎は四八歳と高齢ながらも番町では有名な癇癪持ちで、その娘の多江も、父親に似て陰湿で意地悪な性格だと噂されている。
その証拠に多江は、二度結婚して二度とも相手方から三行半を叩きつけられていた。
しかし、そんな評判の悪い長塩家と、どうして多くの旗本が婚姻を結びたがるのかと言えば、単純に持参金が高額だからだ。
この時代、武士の借金は押し並べて禄高の倍以上もあって、よほどの才覚でもない限り、どの家も暮らしに汲々としていた。
「そのお話を、お殿様はお受けになりますので?」
久兵衛が再度確認をすると、佐々木は更に渋い表情を浮かべながら、「前向きに検討しておる」と認めた。
続けて、「そこで相談が有るのだ」と前置きしてから、「真秀様の良き出家先を探してはくれぬか?」と、また無理な要求を押し付けてくる。
旗本と密接な繋がりを持つ札差という職業柄、無理難題を押し付けられるのは日常茶飯なので、久兵衛もすぐに「無理です」とは言わない。
「真秀様はお幾つになられましたか?」
佐々木は少し考えて、「十歳になられた」と溢してから、「まだ幼いのにおいたわしい」と呟いたのだ。
しかし、心では憐れみながらも、お家の体面が一番という武家の悲しい習い性で、当たり前のように腹黒い泥を吐き出してしまう。
「じゃが、持参金目当てに嫡男を出家させたと、世間から噂されるのは如何にも体裁が悪い。
そこで一旦、当家の知行所である武州熊谷の板井村名主、為一郎の所に養子にやってから、出家させるという手筈を整えたいのだ」
佐々木の言葉に、亀井家の当主である亀井隼人(かめいはやと)が、この話を真剣に推し進めているのだと理解した久兵衛は、しばらく熟考してから、「まだ、確かなことは何も申せませぬが」と念押しをすると、「私どもは代々、目黒の大円寺という寺の和尚と懇意にさせて頂いております。私の方から一度頼んでみましょう」と言ってしまった。
しかし、この言葉が五年後の明和九年(一七七二年)に、和泉屋にとって大きな災いをもたらすことになろうとは、この時、まだ誰も知らなかったのだ。
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