TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する







朝、出勤すると、いつものフロアに、微妙なざわつきが漂っていた。

すちが席につくなり、近くの女性社員たちが、ひそひそと会話を交わす声が耳に入る。


「昨日さ、送迎のときのあれ……見た?」

「うん……まさか……彼氏だったの……?」

「てか、同性……だったよね……」


すちは無表情のまま、PCを立ち上げた。

意図的にその会話を無視したわけではない。ただ、それに反応する必要がないと判断しただけだった。


しかし、ある女性社員が意を決したように近づいてくる。


「すちさん……昨日の、その……あの方って……ご家族、ですか?」


遠回しな質問。周囲の視線も一斉に集まる。

すちは一瞬だけ手を止め、相手の目をしっかりと見て、穏やかに、しかしはっきりと答えた。


「彼氏です。大切な人です」


ざわっ、と空気が揺れた。


目を丸くする者、目を逸らす者、何とも言えない顔で頷く者。

でも、すちは動じなかった。静かな口調で、付け加える。


「驚かせてすみません。ただ、隠すつもりもありませんでした。

俺は、誰に何を言われようと、あの人を大切にします。だから、変な憶測や悪意のある噂話だけはやめてください。……それだけです」


それだけ言って、すちは再び画面へと視線を戻した。


何かを強く主張したわけではない。

けれど、その言葉の裏には“誰に否定されても構わない”という、確固たる信念があった。


しばらくの沈黙の後――


「……そっか。素敵な人だったね、彼氏さん」

「ちゃんと迎えに来てくれるとか、優しいね」

「……うん、ていうか、キスしたときめちゃくちゃかっこよかったんだけど」


そんな風に、少しずつ空気が和らぎはじめる。


あの毅然とした態度は、少なからず周囲の敬意を集めた。

“かっこいい”という噂は、別の意味で広まっていくことになる。





その日の昼休み、同期のひとりがコーヒーを差し入れながら、ぼそりと声をかけた。


「……やっぱ、すちってブレないよな。うらやましいわ、そういうの」


「……ありがとね」


「ま、その彼氏くんが迎えに来てくれるなら……次酔いつぶれても安心だな」


「二度と潰れないようにする。迷惑かけたくないから」


ぽつりとこぼしたその一言には、どこまでも“愛”が滲んでいた。



___




「ねぇねぇ、みことくんってさ、付き合ってる人いるんでしょ?」

同僚のひとり、明るめの髪色の女性が軽い調子で声をかけてくる。


「……っ、え? ……あ、う、うん……いますけど……」


おにぎりを頬張っていたみことは、口元を急いでぬぐいながら、目をぱちぱちさせた。

昼休みの休憩スペースに、数人の同僚が集まり、ちょっとした雑談モードに入っていた。


「わぁ〜!やっぱりー!なんかね、たまにスマホ見てニコニコしてるから、怪しいな〜って思ってたんだよね!」


「どんな人なの? 年上?年下? 職場の人? え、まさか遠距離?」


矢継ぎ早に飛んでくる質問に、みことはちょっとだけしどろもどろになりながら、それでも嬉しそうに目を伏せた。


「……同い年、です。大学のときの同期で……いまは別の会社だけど、近くで働いてます」


「へぇ〜〜! 大学からずっと? え、長くない? それってけっこう本気じゃん!」


「……はい、……すごく、大事な人です」


ポツリと答えたその一言には、はっきりとした“覚悟”と“愛情”が込められていた。

それを感じ取ったのか、周囲の同僚たちは少し驚いたような顔で、それでも柔らかく笑った。


「……ね、ていうかさ、写真ないの? どんな人か見たい〜!」


「えっ……しゃ、写真……!? ……い、いまは……」


あたふたとスマホを握るみこと。

そのとき、ふとロック画面に、すちと一緒に撮った写真が表示される。


「あっ……今の!それ!? ねえそれ誰!? めっちゃイケメンじゃない!?」


「うそ〜〜〜!モデル?てか、オーラやばくない?」


「えっ、待って、みことくん……恋人って……男の人、なの?」


一瞬だけ、空気がすっと静かになる。


みことは、迷うことなく、まっすぐ頷いた。


「うん。彼氏、です。……男の人だけど、俺にとっては、誰よりも優しくて、誰よりも、愛してくれる人です」


言い終えた瞬間、胸がどきどきしていた。けれど、その緊張は、すぐにふっと和らいでいく。


「……かっこいいな、それ」

「ちゃんと好きな人のこと、言えるのって素敵だと思う」

「てか、彼氏さん超イケメンだったし、正直、超納得なんだけど……!」


次々に届く、肯定の言葉。

驚かれても否定されなかったことに、みことの胸にはじんわりと温かいものが広がっていた。


「今度、紹介してよ〜!てか、彼氏さんってみことくんのことどう呼んでるの?」


「……“みこと”、って呼び捨て、かな……」


「きゃー!想像以上に甘いっ!まって、尊い〜〜!」


女子たちのはしゃぎ声に、みことの顔はすっかり赤くなっていた。



「そういえばさ、みことくんって指輪してるよね? あれって……もしかして……」


みことがぽかんとしていると、隣の同僚がニヤリと笑いながら続けた。


「もしかして、婚約指輪とか? あんなかっこいい人と付き合ってたら、結婚もあり得るってこと?」


みことは少し驚いて、でも顔がほんのりと赤くなった。


「えっと……はい。大学の卒業式の日に、プロポーズされました。指輪もらって……それで」


「わあ、なんかドラマみたい! 彼氏さんすごく真剣なんだね」


「うん、本当に大切な人で……」


みことの言葉に、周囲の同僚たちからは「お似合いだね!」と拍手が起こり、空気は一気にあたたかくなった。


「みことくん、幸せそうでよかった。いつか私たちもすちさんに会ってみたいな!」


「うん、そうだね。今度二人でランチとか誘ってよ!」


みことは嬉しそうにうなずき、心の中でそっとすちへの感謝を噛みしめていた。


___



仕事終わり、 少し疲れた表情のすちがソファに腰掛けていた。


「みこと……最近、職場でお前の話、けっこう聞くんだよね」

すちが少し照れくさそうに言う。


「うん、俺も……すちの話、結構出てるみたい。なんか、みんな興味津々って感じで」

みことは照れ笑いを浮かべて答えた。


「指輪のこともね。羨ましがってるみたいだよ」

すちの声には、誇らしさと少しの戸惑いが混じっていた。



「みことが迎えに来てくれたあの日から、俺、絶対誰にも触らせたくないって改めて思った」

すちはみことの手をしっかり握り、目を見つめる。


「俺も……すちにしか甘えたくないし、触られたくない」

みことの声は少し震えていたけれど、確かな想いが込められていた。


「お互いの職場の噂なんて、気にすんな。俺たちだけの時間をしっかり作っていこう」

すちは静かにそう言い、みことの髪を優しく撫でた。


「うん……ありがとう、すち」

みことは安心したように目を閉じ、すちの胸に顔をうずめた。




━━━━━━━━━━━━━━━




♡500↑ 次話公開


君がいないと生きられない🍵×👑

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

615

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚