晴れた週末の午後。
すちとみことは手をつないで街を歩き、少し遅めのランチを終えた帰り道。
人通りの多い通り沿いをのんびり歩いていると、前方から誰かが声を上げた。
「……あれ? みことくん?」
振り返ると、みことの職場の同僚・吉村がこちらに手を振っていた。
「吉村さん! こんにちは!」
みことは嬉しそうに手を振り返す。すちの手をさりげなく離し、軽く会釈した。
「まさかこんなところで会うなんて。プライベートの顔、なんか新鮮ですね〜」
吉村はにこやかに言いながら、チラリと隣にいるすちに視線を送る。
「彼が、すちさんです。俺の、……その、婚約者で」
みことが少し照れたように紹介する。
「へぇ……うわ、めっちゃかっこいいですね。あー、これは敵いませんわ」
吉村は冗談交じりに言いながら笑う。
だがその瞬間――
吉村の視線がみことの腰あたりに一瞬落ちたのを、すちは見逃さなかった。
「…………」
すちの目がすっと細くなる。無言のまま、視線を鋭く吉村へ向ける。
――ズンッ、と圧が走る。
無言のまま立つすちの瞳は、まるで「これ以上近づいてみろ」と言わんばかりの冷たさと静かな威嚇を宿していた。
吉村はふと背筋を伸ばし、愛想笑いを浮かべて「そ、それじゃあ、また職場で!」と小走りに去っていった。
みことは一拍おいて、やや呆れたように笑った。
「……睨みすぎ。目で刺してたよ、いま」
「みことの腰見てた。ああいう奴、好きじゃない」
「すち……俺はちゃんと“すちの”だよ?」
みことが小声で囁くように言うと、すちはみことの手を再び握り、少し強く引き寄せた。
「わかってる。でも、油断はしない」
「ん……ありがと。でも、あんまり怖い顔しすぎないで? 俺の自慢のすちが、誤解されちゃう」
すちは少しだけ唇の端を上げ、無言で頷いた。
そうして二人はまた肩を並べて歩き出す。
通りの喧騒の中、すちの手のぬくもりだけが、みことを包んでいた。
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「……ほんとに、怖かったよ、すち」
カフェへ向かう途中、みことは苦笑いしながらすちの腕に絡んだ。
「そう?」
すちはまったく悪びれる様子もなく、むしろ当然のように返す。
「うん。吉村さん、絶対もう俺に話しかけづらくなってると思う……」
「それでいいよ。みこちゃんにヘラヘラ話しかけるやつなんて、少ないに越したことはない」
すちの声には、微かな拗ねも混ざっていた。
みことは足を止めて、すちの顔を覗き込んだ。
「……嫉妬してる?」
にこりと笑って尋ねる。
「してる。めちゃくちゃ」
「……かわいすぎ」
みことはくすっと笑い、すちの腕にぎゅっとしがみついた。
そのままカフェに入り、窓際の席へ。
オーダーしたのは、ホットラテとのアイスののったワッフル。
「甘いの、ひと口あげるね」
みことがフォークですくって差し出すと、すちは一瞬だけ照れたように目を逸らしながら、素直に口を開けた。
「……ん、美味い」
「でしょ? じゃあ次は……」
みことが自分でも大きく口を開けて頬張った瞬間――
「……ついてる」
すちの声が低く響く。
「え? なにが……」
口元に指をやるよりも早く、すちがそっと身を乗り出して、みことの唇の端についたクリームを舌で舐めとった。
「っ……すち……! なんでまた…!公共の場やから……!」
みことの顔が瞬時に赤く染まる。
「俺のものに、甘いのがついてたから。拭き取っただけ」
すちは涼しい顔でそう言い、微かに笑みを浮かべた。
「もうっ……」
みことは顔を覆ってぷるぷる震えながら、それでも心臓の高鳴りをどうしようもなく感じていた。
“俺のもの”――
その言葉が、ずっと胸の奥に残る。
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吉村side
──あれ?
あれって、みことくんだよな。
休日に街をぶらついていた吉村は、ふと視界の中に見慣れた後ろ姿を見つけた。
細身、控えめな仕草――見間違えようがない。
「みことくん!」
声をかけると、振り返った彼はいつもどおりの穏やかな笑みを浮かべていた。
「吉村さん、こんにちは!」
いつもの柔らかい声。だけど、すぐ隣には見たことのない男性が立っていた。
(うわ、背高……モデルかよ……ってか、顔も整いすぎでは……?)
直感的に、「ただの友人じゃない」と察する。
「彼が、すちさんです。俺の……婚約者で」
――婚約者。
しかも“男”。
一瞬、理解が追いつかず、間の抜けた「へぇ……!」なんて間抜けな声を出していた。
でも、すぐに取り繕って軽口を叩く。
「めっちゃかっこいいですね。あー、これは敵いませんわ〜」
内心ちょっと焦っていた。
職場では人気があるみことくんの恋人が、まさか同性で、しかも“プロのイケメン”みたいなやつだなんて。
……なんとなく、視線がみことの腰にいった。細い。ああ、こういうのが好みなのか、とかそんなことを考えていたら──
“ビリッ”
電撃のような視線が、背中を刺した。
(……え?)
顔を上げると、男がじっと自分を睨んでいた。
声も発さず、ただその目だけで、言っている。
――「俺のものに、下心を持つな」
背筋が凍った。
言葉よりも、暴力よりも恐ろしい“圧”。
(……あ、これ以上喋ったら殺られるやつだ……)
笑顔を引きつらせながら、吉村は逃げるようにその場を後にした。
「いや……マジで、冗談きかないタイプだったな……あの人」
スタバでコーヒー片手に、吉村は一人つぶやいた。
みことくんが付き合ってる人が男だったのも、正直驚いた。
でも何より、あの“絶対に譲らない”という目。
思い出すだけで、首筋が冷える。
「こりゃ、ちょっかい出す奴いねぇな……てか、出せないわ……」
彼の中に、みことという存在への興味はあったかもしれない。
けれど、それは今日で完全に終わった。
あれは誰が見ても「手出し無用」だ。
いや、むしろ「王家の紋章付き」みたいな、触れたら命を持ってかれるレベル。
最後に、吉村はちょっと笑って言った。
「……ま、いいか。あんだけ想われてんなら、幸せだろ」
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