第3話 〜ずれた世界〜
あらすじ
大森は飯田に言われた言葉を飲み込んだまま、会社から帰宅した。
このまま現状を受け入れてしまうのか…
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その日の夜、大森は夢を見た。
真っ暗の中で、沼のような物に足を取られて歩けない。
どうにか歩こうとしても、全く前に進まない。
吐きそうな程の苛立ちの中、 それでも必死に足掻く。
その時、何かに躓いた。
そのまま転ぶと 大森は教室にうつ伏せで、寝転んでいた。
顔をあげなくても、クラスの奴らがこちらを見ているのが分かる。
まずい、こんな不恰好な姿。
立ち上がらないと、また標的にされる。
立ち上がらないと、
「せんせぇー!!」
誰かが叫んだ
「っ、ぅう!!」
大森は勢いよく起き上がった。
呼吸が早い、最悪の 夢だ。
「は、はっ、」
大森は自分を抱きしめるように、胸を抱える。
手も身体も震えている。
久しぶりに、学生の頃の夢を見た。
「なんで…、」
なんで、こんな夢
そうだ、もうあんな屈辱はごめんだ
誰にも、後ろ指を刺されたくない
馬鹿にされたくない
標的になりたくない
だから、曲を書いたんだ
そうすれば、優遇される事を理解していた
自分には才能があったから
そうだ、知ったことか
どうせ何をしたって咲かない奴らだ
「は、はは」
大森は乾いた声で笑った。
そういえば小学生の頃、先生に言ったことがある。
貴方みたいを人を「ごうつくばり」と言うんですね。
その次の日から、その先生は生徒から「ごうつくばり」と呼ばれて馬鹿にされていた。
あの時、自分は ざまあみろと思っていた。
汚い大人は当たり前に成敗されるべきだと。
でも、今の自分と先生はどれくらい違うんだろう。
ミスを押し付けて、逃げて、代わりに弱い者の夢が壊される。
それでも、見て見ぬふりをしようとする
そのくせ、愛なんてものを歌う自分と
「…う゛ぅ゛」
大森は胸が張り裂けそうになった。
何も違わない。
いや、俺はもっと悪質だ。
人に搾取されない為、それだけの才能?
本当に、これが見たかった世界?
違う
小さい頃、憧れたあの人は
憧れた世界は
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大森は目を腫らしながら、真夜中二時に電話をかける。
電話の相手は飯田だ。
呼び出し音が鳴る度に心が揺らぐ。
やっぱり通話を切ろうか。
今なら、まだ間に合う。
スマホを耳から離そうとした瞬間、飯田が通話に出る。
『…おつかれ、どうした』
「…」
飯田が応答したにも関わらず、大森は口を閉ざしたままだ。
『…おい、なんだ』
『かまってちゃんか?』
飯田の苛つく声が聞こえる。
「…」
「飯田さん…」
大森は飯田の名前を呼ぶ。
自分でも驚くほど、弱々しい声が出る。
「どうにか…なりませんか」
頭ではもう決めているつもりだ。
誰かが行くなら、代わりに俺が行きますと
それでも口から出るのは、未練がましい問いかけだ。
『…なにが』
「夢のある若者も、僕も…」
「…」
「どっちも…守ってくれませんか」
いい終わらないうちに飯田の大爆笑が電話越しから聞こえる。
大森は今すぐスマホを、ぶん投げたい衝動に駆られた。
こっちは藁をも掴む気持ちなのに、何が面白いんだ
大森が怒りで震えていると、飯田が冷めきった声で言い放った。
『ふざけてんじゃねーぞ』
大森の背筋がすっと、冷たくなる。
『お前、自分の立場わかってんのか?』
『本当どこまでも坊ちゃんだな』
『家、行くから待ってろ』
飯田がそう言うと電話が切れた。
大森は通話の切れたスマホを見つめる。
まずい、やってしまった。
恐らく、いや確実に飯田の逆鱗に触れてしまった。
大森はその場で、わたわたとする。
どうしよう。
そもそも、大森は飯田という人間があまり得意じゃない。
何を考えてるか分かりずらいし、怒ると怖い。
唯一、家に来て欲しくない人だ。
というか、家に来られても困る。
何を話せと言うんだ。
いや話す事ならあるが、ここじゃなくても
「う゛ぅ゛ー!!なんで!!」
なんで たった一つの間違いが、ここまで尾を引くんだ、 理不尽だ。
大森は怒りで涙が滲んでくる。
くそ、こんな体制を作った馬鹿は誰だ。
96小節のうちのたった4小節で
著作権?なんだそれは
こんなに多くの楽曲が産まれている中で守れるか
大森は勢いよくスマホをベットに投げた。
「くっそ!!好き勝手言いやがって!!」
大森は誰もいない壁に怒鳴る。
もちろん、何も返ってこない。
「うぅ゛」
大森は耐えられず座り込む。
「もう嫌だ…どうしたらいいの…」
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大森はベットを背もたれにして、床に座り込んでいた。
頭の中がうるさい。
ぐるぐると思考が回っている。
その思考の中に、徐々に死への誘いが割り込んできた。
大森は もう飯田でも誰でもいいから、早くこの思考から救ってほしいと願った。
でないと、本当に
その時、誰かが頭を撫でた。
暖かい
大森がぱっと、目線を上げると飯田がこちらを見ていた。
「…あ、れ」
「飯田さん?」
大森が、虚ろな目で飯田を見つめる。
「なんだお前、その顔」
飯田が大森の顔を、じっと見ると言う。
「いつ入ってきたの?」
大森が聞くと、飯田は驚いたような顔をした。
「チャイム鳴らしただろ」
「あ、そうなの」
大森はあっさりと答えた。
「居留守じゃなかったのか」
飯田が、頭を搔くと言う。
「んで、どうすんの?」
「ね、どうしようね」
大森が繰り返す。
それにしても、どうやって入ってきたんだろう。
「飯田さん」
「俺の家の鍵もってんの?」
「…」
「おい、」
飯田は大森の問いかけを無視すると、腰を下ろす。
大森に息がかかる程、顔を寄せる。
「わざわざ自宅に出向いてやったんだ」
「もう道は一つしかねーぞ」
大森は、こくんと頷く。
「分かってる」
「ねぇ…、」
大森は上目遣いで飯田を見つめる。
「接待…」
「飯田さんも一緒に来てくれる?」
飯田は興味深そうに大森を見る。
「…面倒見るとしても、店の前まで送るくらいだな」
大森は、がくっと俯く。
「それなら行かない」
再び、飯田の怒りスイッチが入りかける。
「お前な、」
「いいじゃん、来てくれたって」
大森が飯田の言葉を遮る。
「…別にそんな、変わらんだろう」
飯田が言い捨てる。
「変わるよ」
「全然、違う」
大森も負けずと食いつく。
「…仕方ねーな」
「最初の挨拶までは居てやる」
大森が、ぱっと顔を上げる
「本当!?」
「…」
飯田がキョトンとした顔をする。
「お前、本当に付いて来て欲しかっただけか?」
「…そうだけど」
大森が困惑しながら、答える。
「なるほどね…」
「お前好かれるかもな、あの層には」
「やだよ!!」
大森は吐き捨てる。
しかし、飯田は厳しい目付きで大森の瞳を覗き込む。
「いいや」
「お前は、好かれなくちゃいけない」
大森は顔を上げると、飯田を見つめる。
「今回 接待に行く場所は、今のタイアップ先だ」
「お前がやらかした分も、一緒に謝れるようにな」
大森は、こくりと頷く。
「相手方はせっかく捕まえた女優を、CMに起用できなかった」
「俺が立て替えた女優は認知度はあるが、好感度が足りない」
「好感度は企業にとっては、喉から手が出るほど欲しい物だ」
「つまりな、今回の争点は “ここ” なんなんだよ」
大森は飯田をじっと見つめて話を聞く。
「向こうからしてみれば、取り返しがつかない失態」
「お金とかの問題じゃない」
「そんで、お前が接待に行くとして」
「好かれもしない、むしろ嫌われでもしたら、それこそ終わりだ」
大森は ごくっと唾を飲む。
飯田が念を押すように、大森の肩を掴む。
「良いか?何がなんでも好かれろ」
「相手を骨抜きにするくらいにな」
「お前そういうの得意だろ?」
「いつも通りでいい」
「ただ逃げるのだけは、だめだ」
「…逃げたら、」
「どうなるの…?」
大森が恐る恐る、聞く。
「そうだな…」
飯田が口元に手を当てて、考える。
「そしたら若井か藤澤に尻拭いさせるしかないかな」
大森は背筋が伸びる。
それだけは駄目だ。
「分かった」
「…絶対に逃げません」
コメント
6件
うぅぅ😭何でこんなヘェキにぶっ刺さってるの、 続き待ってる!!
ぴりさん…好きです。いつも私が1番求めている作品を作って下さる…もしかして私の事監視してる…?ってくらいドンピシャです。ありがとうございますッ…🙇🏻♀️🙇🏻♀️
やばい…こーゆうのまじ大好き。 これですこれ!こういうのを求めてました!今までのも好きだけど、これいっちゃん好きかも…💘もうぶっ刺さりまくりです!最高すぎる!!!これからどんなことが起きるかは大体予想つくけど真反対の展開になる可能性もある…まじぴりさんの作品はいい意味で予想が掴めない!楽しい!