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◇◇◇◇
夜の王城・花園
夜の王城は、昼とは違う顔を見せていた。
白い石造りの回廊からこぼれる灯りが、庭園の花々を柔らかく照らす。
薔薇も、百合も、見知らぬ異国の花々も、まるで宝石のように光を宿していた。
その中心で、セレナは楽しそうに花に触れている。
「……すごい」
指先で花弁を撫で、香りを確かめ、くすくすと笑う。
そこへ、報告を終えたレオニスが静かに歩み寄った。
「お茶にしよう。甘い物は好きと言っていたな」
振り返ったセレナの顔が、ぱっと明るくなる。
「はい」
その無垢な笑みに、レオニスの目元がわずかに緩む。
「クリス」
「かしこまりました」
セレナに付き従っていたクリスが一礼すると、すぐにメイドたちが動き出す。
花園の中央に置かれた白い円卓へ、優雅に茶器が並べられていく。
湯気が夜気に溶け、甘い香りが広がった。
「俺のいない間に、楽しみは見つけたか?」
レオニスが椅子に腰かけながら尋ねる。
「はい。ここのお花は、どれもヴァルディウスでは見たことがないものばかりで……香りも心地良くて」
セレナは目を閉じ、そっと息を吸う。
「……陛下と、同じ匂いがします」
その瞬間。
紅茶を口に含んだレオニスが、ごほっと咳き込んだ。
「大丈夫ですか!?」
「んっ……大丈夫だ。ほ、他は?」
耳の先がわずかに赤い。
「他には……クリス様が、チョコレートというものが甘くて美味しいと教えてくださいました」
横で控えていたクリスが、無表情のまま小さく目を伏せる。
「チョコは慣れない者には毒だ」
「え?」
「……酒は平気か?」
「たしなむ程度なら……。でも、すぐに気を失ってしまいます」
レオニスが少し考える素振りをする。
「少しだけなら良いだろう」
目くばせひとつで、すぐに運ばれてくるチョコレートケーキ。
艶やかな濃茶色の表面が、灯りを映して輝く。
「これがチョコですか?」
「シフォンケーキにコーティングしてある」
「なるほど……では、いただきます」
フォークで切り分け、一口。
次の瞬間、ぱあっと顔が花のように綻んだ。
「これは……! とても美味しいです!」
「そうか」
その表情を見た瞬間、レオニスの視線が柔らかく溶ける。
酒を一口、またケーキを一口。
やがてセレナの頬がほんのり赤く染まる。
「……熱いですね」
首元を仰ぐ仕草が、妙に無防備だ。
体がふらりと揺れる。
「セレナ」
レオニスは立ち上がると、そのまま彼女を抱き上げた。
「陛下が……キラキラして見えます」
「酒のせいだ」
だが、その声は優しい。
「ここまで馬車での移動が続いた。今日はこれで終いだ」
安心しきったセレナは、すぐに目を閉じる。
腕の中で、小さな寝息。
横からクリスが静かに言った。
「安い手口ですね」
「お前の考えているようなことはせん」
フッと笑って、真面目に返す。
「バリスハリスに来た初日は、楽しい思い出にしてやりたかった。それだけだ」
眠るセレナの顔を見る。
無防備で、穢れを知らない寝顔。
その額に、そっと口づける。
「……だが」
レオニスはほんの一瞬だけ、セレナを抱く腕に力が入った。
「早く手放した方が良さそうだ」
独占欲と理性が、静かにせめぎ合う夜。
チョコの香りと、甘い酒の匂いが漂っていた。