テラーノベル
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◇◇◇◇
数十年前。
ヴァルディウスとバリスハリスが手を組んだ、ただ一度の大規模討伐。
標的は、竜種レードオーガル。
山脈を巣とし、雲を裂いて飛ぶ災厄。
その翼が影を落とすだけで都市は恐怖に陥り、炎の吐息ひとつで城壁は溶け落ちると言われた存在。
空は赤く、地は焦げ、空気そのものが焼けている。
竜が咆哮する。
鼓膜を裂く音圧。
兵が膝をつき、馬が暴れ、岩肌がひび割れる。
「隊列を崩すな!」
若きユークリッドの声が戦場を貫いた。
ヴァルディウス王国が誇る魔術師団が、一斉に詠唱を開始する。
幾重にも重なった魔法陣が空を埋め尽くし、雷光が幾筋も落ち、氷槍が雨のように降り注ぎ、重力の檻が竜を押し潰す。
世界最高峰と謳われる連携。
だが、爆煙が晴れた先で、レードオーガルは立っていた。
鱗の隙間から煙が上がるだけ。血は、流れていない。
竜は、笑っていた。
翼が振るわれる。
衝撃波が大地を抉り、魔術師団が弾き飛ばされる。詠唱が途切れ、悲鳴が上がる。
それでもユークリッドは叫ぶ。
「止めろ! 一瞬でいい、動きを止めろ!!!」
魔術が再び重なる。
氷が竜の脚を凍らせ、鎖の魔法が翼を絡め取り、空間固定術が巨体の動きを鈍らせる。
完全な隙ではなかった。ほんの数瞬。
それで十分だった。
地を蹴る音が一つ。
レオニスが前へ出る。
手に持つ剣は、バリスハリス王家の魔剣ディスパテル。
鞘から抜いた瞬間に刃が唸った。
王家の血に呼応し、禍々しい光を帯びる。
炎が迫る。
ヴァルディウスの魔術師が横から結界を張る。
灼熱がぶつかり、光の壁が砕け散る。
「行け、レオニス!!」
ユークリッドの声。
レオニスは走る。
熱風で皮膚が裂ける。肺が焼ける。鎧が軋む。
それでも止まらない。
竜の爪が振り下ろされる。
回避は不可能。
その瞬間、横合いから雷撃が走る。ユークリッドの魔術の一撃が竜の体勢を崩す。
爪がわずかに軌道を外した。
衝撃で骨が軋み、血が飛ぶ。
だが致命傷ではない。
「もう一撃!!!」
氷の杭が喉元を貫き、竜の顎がわずかに上を向く。
その隙に、レオニスは屈んだ。
首へと、剣先を向ける。
竜の瞳が、初めて人間を脅威と映す。
顎が開き、喉奥に灼熱が集束する。
レオニスの頭上で、カッカッカッと熱で死を凝縮したような音がなる。
それでも踏み込む。
ディスパテルが首を裂く。
初めて、深く血が噴いた。
竜が絶叫する。
だが同時に、至近距離で炎が解き放たれる。
白熱。
レオニスに直撃してはいないが、視界が焼き潰される。
鎧が溶け、肉が焦げる。
それでも、
レオニスは剣を離さなかった。
「終わりだ、災厄」
最後の力を振り絞る。
ディスパテルが、炎を吸収したように鈍く光る。
炎の中、レオニスはもう一度、踏み込んだ。
渾身の一太刀。
深く、深く、首を断ち切る一撃を。
魔剣が咆哮し、竜の声を両断した。
同時に、レオニスは魔剣を手放す。
レオニスの体は治療不可能なほどに、焦げ、溶けていた。
竜と英雄の相打ち。勝利の歓声は上がらなかった。
レードオーガルの巨体が、山のように崩れ落ちる。
轟音とともに、土煙が空を覆う。
静寂。
災厄は、動かない。
だがレオニスも地に倒れていた。
血が止まらない。意識が遠のく。
遠くで誰かが叫んでいる。
勝ちは確信していた。国を守るための戦いだったからだ。
ただレオニスは『熱かったはずの体が、今はやけに寒い』と、そんな悠長なことを考える余裕すらあった。
焦げた戦場に、不釣り合いな女がいた。
白い外套を羽織った女が、レオニスを覗き込んでいる。
顔は霞む。
だが声だけは、はっきり届いた。
「もう大丈夫」
その安心する一言で、張り詰めていたものが切れた。
若き王子は、竜の首を断ったまま、静かに意識を手放した。
ヴァルディウスの命懸けの援護と、
バリスハリスの王子の最後の一太刀。
幾千の犠牲の上に、やっと掴み取った、紙一重の勝利だった。