ラズールやトラビス、ゼノやもう一人の騎士までもが動きを止めて固まった。
クルト王子が目を丸くして驚いている。
「さすが…厳しいと噂の前王の血を引いていらっしゃる。俺も一瞬ドキリとしましたよ」
「大きな声を出してしまい、申し訳ありません。トラビス」
「…え?はいっ」
いきなり名前を呼ばれて、トラビスが慌てて傍に来る。
「入口を塞いで。誰も入れないように見張ってて」
「かしこまりました」
トラビスが入口に行き、外の者に何かを伝えて布を下ろす。そして魔法で結界を張る。
僕は警戒するクルト王子とゼノ、もう一人の騎士に「何もしませんよ」と笑いかけた。そしてその場を動かないように伝えると、彼らに背中を向けて扇子を椅子の上に置いた。
ラズールが、険しい表情で僕を見ている。
僕は「そんな顔しないで。大丈夫だから」と囁くと、ラズールに背中のいくつもあるボタンを外してくれるように頼む。
ラズールは、僕にとって兄のような存在だ。だから僕に注意をしたり怒ったりする。だけど本質は僕の家来だ。どんなに納得がいかなくても、結局は僕の言うことを聞く。
今もひどく不服そうにしながらも、僕が背中を向けて銀髪を前に垂らすと、ボタンを外し始めた。
クルト王子とゼノ、もう一人の騎士が怪訝な顔で僕を見ている。
「フェリ殿、なにを…」
「見せたいものがあると言ったでしょう?しばらくお待ちを」
「はあ…」
僕がニコリと笑うと、クルト王子は黙った。だけど右手を、いつでも剣を握れるように構えている。もう一人の騎士も同じだ。
ゼノは困惑している様子だ。
「外せましたよ」
「ありがとう。どう?くっきりと見える?」
「ええ。相変わらずお美しいです」
「ふふっ、そんなこと言うの、おまえとリアムだけだよ」
「…今、なんと…」
「だんだんと思い出した。おまえがしたこともわかってる。どうしてあんなことをしたのか問い詰めはするけど、咎めはしないよ」
「申し訳…ありません」
「悪いと思ってるなら、僕に協力してよね」
「はい」
「何をコソコソと話している」
クルト王子が厳しい声を出す。
僕は「お待たせして申し訳ない」と謝り、「よく見てください」とクルト王子の前で向きを変えて背中を見せた。
背後で息を飲む音が聞こえた。「これは…」と唸るクルト王子の気配を感じる。
僕は顔を少しだけ後ろに向けて口を開いた。
「ぼ…私の上半身は、この蔦のような痣で覆われています。これは何だと思いますか?」
「わからぬ…」
「これは、我が国に伝わる呪いです。私は呪われているのです」
「なんだと?」
クルト王子の声に、怯えが混じっている。
僕は胸の前で両手を握りしめて、更にクルト王子に近づいた。
「どうですか?不気味でしょう?」
クルト王子がゴクリと唾を飲み、手を伸ばしかける。
僕は胸の部分がめくれないように手で押さえながら振り向き、首を傾けて微笑んだ。
「ああ、気をつけてくださいね?この痣に触れると、伝染るかもしれませんよ」
「なにっ…?」
クルト王子が慌てて手を引っ込める。
騎士がクルト王子を庇うように前に出てきた。
ゼノは動かずに僕を見つめている。
僕はゼノにだけわかるように、少しだけ目を伏せた。
ああ…思い出した。リアムはこのことを知ってる。痣が出た瞬間を見ている。それでも僕を愛してると言ってくれた。でも普通はこんな痣を目にしたら怖いと思う。
「フェリ殿…」
「はい」
クルト王子が、騎士の背後に隠れて後ずさりながら口を開く。
「こちらから申し出ておいて悪いが…この話はなかったことに…」
「なぜですか?この痣がおぞましいからですか?」
「いや…」
「ふふっ、その通りなのですから、肯定してもらっても構わないですよ」
「すまない…」
「謝らなくても大丈夫です。あなたの申し出は最初から聞かなかったことにします。ですから、今すぐに軍を引き上げてください」
「それとこれとは別の話だ」
「王城に戻ってください。戻って国政に邁進してください。引かないのであれば、我々は全力で戦います。お互いに無駄な血は流したくないでしょう?」
「くっ…、父上に相談する」
「よろしくお願いします」
クルト王子に向かって頭を下げる。
僕が顔を上げた瞬間、クルト王子の前にいた騎士が剣を抜き、突き出してきた。
咄嗟にラズールが僕を突き飛ばしたが間に合わず、僕の胸に痛みが走った。
地面に倒れて胸を押さえる。呪いの効力は切れただろうか。剣が僕の身体を貫いたのなら、もう僕が王である必要はないのに。
トラビスが騒ぐ声を聞きながら、胸を押さえていた手のひらを目の前に持ってくる。
「ああ…」
思わず落胆の声がもれた。
騎士が突き出した剣は、僕の身体に刺さってはいなかった。手のひらに血はついていなかった。胸の痛みは、打撲による痛みだけだ。
「大丈夫ですか?」
ラズールが僕を支えて起こし、肩にマントをかけた。
顔を上げると、トラビスが一人でクルト王子と騎士を拘束している姿が目に飛び込んできた。
僕は座ったまま、疑問を口にする。
「あなたの命令ですか?クルト王子…」
「そうだ」
「どうして」
「どうして?呪われたあなたの姿は、まるで死神みたいじゃないか。この先、我々にもどんな災いが降りかかるかわからないっ」
「そう…」
「我が王になんたる無礼なふるまい!」
俯いた僕を背中から抱きしめて、ラズールが激しく怒鳴った。
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