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ある時から、お姉様は慈善活動に参加するようになった。
それは貴族としては、とても自然なことではある。体裁のために、そういったことを行う貴族は多いのだ。
ただお姉様は、そういった者達とは違う。本当に多くの人の幸せを願っている。お姉様は、そんな女神のような人格者なのだ。
「いや、ありがとうございます。まだ若いのにご立派だ……」
「いいえ、私は当然のことをしているだけですから」
「この国の未来は、明るいですね。私なんかも、希望が持てます」
ある日のこと、私はお姉様とともに慈善活動に参加していた。
貧しい人達に対する炊き出しは定期的に開催されているが、その一つに姉妹で参加する運びとなったのである。
「お姉様、お疲れ様です」
「あら、エルメラ、そっちは一段落ついたの?」
「ええ、お姉様の方を手伝います」
「こっちも、人は充分にいるから大丈夫よ。あなたは、先に休んでいて。私も多分、もうすぐ休めると思うから」
「わかりました。お待ちしています」
お姉様と言葉を交わした後、私は言われた通り少し休憩することにした。
基本的に、私は他人と接するということが得意ではない。お姉様とならいくらでも話せるのだが、知らない人と話すのはやはり気が引ける。
慈善活動によって、私は疲労していた。だからだろうか、私はお姉様の方から少しだけ意識をそらしてしまった。
「……うん?」
そこで私は、お姉様の前に身なりがいい二人組がいることに気付いた。
その者達は、どう考えても炊き出しに来たといった感じではない。
いやというか、その者達の格好には見覚えがある。あれは確か、私が研究の成果を報告した研究機関の職員の制服だ。
「お忙しい所申し訳ありませんね、イルティナ嬢……ですが、大切な話があるのです」
「大切な話、ですか?」
「ええ、あなたの妹、エルメラ嬢のことです」
「エルメラの……」
職員達は、お姉様に対して詰め寄っている。
それは、何かしら良くないことの前触れであるように思えた。
まさかあの偉い人が私のこと恨んで、お姉様に何かをしようとしているのではないか。私の頭には、そのような考えが過った。
「……待ってください」
「え?」
お姉様を助けなければならない。そう思って一歩を踏み出そうとした私は、足を止めることになった。
それは私よりも先に、お姉様と職員達の間に割って入った者がいたからだ。
お姉様と同い年くらいに見えるその少年は、職員達を睨みつけている。その視線は、中々に鋭いものだった。
その人物のことは、私も知っていた。
ドルギア・ディルモニア。この国の第三王子である。
「……あなた達は、何者ですか?」
「え、えっと……」
「僕の名前は、ドルギアといいます。わかっているとは思いますが、このディルモニア王国の第三王子です。それを前提に、話をしてください」
お姉様と研究機関の職員達との間に割って入ったドルギア殿下は、自分の身分を明かした。
その瞬間、職員達はたじろいだ。明らかに動揺している。それは相手が王子だからというだけには見えない。やはり、何か悪いことを考えていたのだろう。
「ドルギア殿下、我々は魔法第三研究所の職員です」
「第三研究所? その職員が、彼女に何の用です?」
「イルティナ嬢の妹君であるエルメラ嬢に関して、少し話をしたかったのです。別に他意はありません」
「……そうですか」
職員達の説明に、ドルギア殿下は納得していないようだった。
それは私も同じだ。あの人達は、何か良からぬことを考えていた。
そうでなければ、わざわざお姉様に話しかけたりしないだろう。私本人と話をすればいいだけだ。
「しかし妙ですね。第三研究所は、エルメラ嬢に研究協力の要請を断られたと聞いていますが」
「……お耳が早いですね。私達は、そのことに関するお願いに来たのです」
「……貴族とはいえ、未成年のイルティナ嬢に対して、こんな大勢でお願いに来たのですか? それはなんとも、無神経ですね?」
「それは……」
ドルギア殿下の指摘に、職員達は一瞬目をそらした。
仮に彼らが、本当にお願いに来たとしても、あの人数の大人が子供を囲むとどうなるのかは、明確である。ドルギア殿下の指摘は、もっともだ。
ただ、彼らが目をそらしたのはそれが図星だったからだろう。何の目的かは知らないが、彼らはお姉様に圧をかけようとしていた。それは私にとって、とても許せないことだ。
「……話があるなら、私がお伺いしますよ」
「エ、エルメラ嬢……」
「あなた方が何を考えているのかは知りませんが、私の日常を脅かすようなら、容赦はしませんよ?」
「……申し訳ない、我々はこれで失礼します」
私が出て行くと、少し焦ったような様子で職員達はその場から去って行った。
私への話をしたかったはずなのに、私が出て行ったら逃げ出す。そんな行動をする時点で、彼らに何かしらの悪意があったことは明らかだ。
「あ、えっと、ドルギア殿下、ありがとうございました、助けていただいて」
「いいえ、お気になさらないでください、イルティナ嬢。それでは僕も、これで失礼させていただきますね?」
「あ、はい」
お姉様からお礼を言われたドルギア殿下は、何もなかったかのように明るい笑顔を返した後、その場を去って行った。
それからお姉様は、私の方に視線を向けた。その目はどこか、不安そうだ。
「エルメラ……大丈夫? なんだか、怪しい人達だったけど」
「ええ、私は大丈夫ですよ。でも、これは少し問題なのかもしれませんね。お父様に厳重に抗議してもらいましょう」
「そうしてもらった方が、いいでしょうね」
お姉様は、私のことをそっと抱き寄せた。
その温もりを感じながらも、私は考えていた。これから、どうしていくべきなのかを。