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その日の唯一の授業を終えたシルバは、自室に戻った。荷物を整理して仮眠を取り、アストーリの敷地の端の格闘場へと向かうことにした。
しばらく歩くと、アストーリ一の大通りに差し掛かった。午後五時を過ぎていた。森の向こうの急峻な山々の間からは、鮮やかな夕日が照り付ける。
石畳の大通りの両側には、色とりどりの露店があった。奥に簡素なテーブルが並んだ飲食店では、学校帰りの男子生徒が談笑している。野菜や肉を売る店には、子連れの母親の姿もあった。
シルバは絶え間ない喧噪を縫っていく。大通りの騒々しさは、幾度経験しても馴染めない。
露店通りの終端近くは人もまばらだった。突然、ぐっと左肩を掴まれた。
瞬時に反応したシルバは反転。一歩分の距離を取って、僅かに腰を落として構える。
「おっ、今日も今日とて天晴れな反応。感心、感心。日頃の鍛錬の様が鮮明に浮かぶなあ」
姿勢を戻したシルバは、気さくな調子で大らかに笑う声の主を注視した。
大きな力強い目に、丸みを帯びた地黒な肌。年は中年に近いため皺があるが、依然として顔には強いバイタリティがあった。黒い髪は男にしては比較的長く、前髪は太めの眉に、ぎりぎり掛からない程度である。ボタンのない濃紺の上着と黄土色の長ズボン、茶色のブーツを身に着けていた。足から膝下には、紐が網目状に巻き付けてある。肩には、長方形の焦げ茶の鞄が掛けられていて、鞄の口からは使い古された種々の工具が覗いていた。
「やっぱりトウゴさんですか。掴まれた瞬間に、ぴんとは来ましたけど。人の身体に無言で触れるの、どうかと思いますけどね。本気の反撃を食らっても文句は付けられませんよ」
トウゴを見返すシルバは、抑えた調子で指摘をした。
石工のトウゴはジュリアの父親で、男手一つでジュリアを育ててきた。母親は、お産で亡くなっていた。
トウゴはにっと口を開き、並びの良い白い歯を見せた。
「何を言うか。シルバ君には、大事な大事な愛娘を任せてるんだ。しっかり鍛えてるか、こまめに確認。誰がどう考えても、完全完璧、ベストな選択だろうがよ」
「それはひとまず置いといて。さすがは父親ですね。娘よりは語法が洗練されてる」
トウゴの冗談っぽい主張に、やや呆れたシルバは即答した。
トウゴは、ん? という感じできょとんとした。
「ジュリアが妙な言葉遣いでもしたのか? 気にならんって言ったら嘘になる。ま、後でかるーく尋ねとくか」
不思議そうに尋ねたトウゴだったが、気易い語調で一人で納得した。
「今日の作業は順調に進んで、仕事上がりが早かった。格闘場で練習だったよな? 俺も出るよ。愛しい娘の成長も、父親としちゃあばっちり把握しとかにゃならん」
びしりと断言したトウゴが、シルバの隣に来た。
「わかりました。行きましょうか」
促したシルバは、再び歩を進め始める。