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二人は、ぽつぽつと会話を交わしながら、格闘場へと向かった。
時折、遊び帰りで騒ぐ子供たちと擦れ違った。遠慮のない声を毎回掛けられるトウゴに、シルバは社交性の高さを強く感じた。
しばらくの直進の後に、芝生に囲まれた脇道に入る。
一階建ての格闘場が見え始めた。一般住居とほぼ同じ大きさだが、素材は石で色は炭に近い黒。屋根は平らで、両隣の民家と比べて剛堅な雰囲気である。
先を行っていたシルバは、重いドアを開いた。
軋む音が建物内部に響いた。壁、床ともに明るい茶色の木の板が張られている。正面の大きな窓から差す星々の光だけが辺りをほの明るくしていた。
左に、二十人ほどの男子生徒が白の胴着を着て四列に並んでいた。前に立つ講師に倣って拳を繰り出し続けている。
逆側にいた生徒が、しゅたたたっと軽やかに駆け寄ってきた。カポエィラのユニホーム姿のジュリアだった。
申し訳なさそうに眉を顰めて、ジュリアはシルバを見上げた。
「センセー、ほんとにほんとにいつもありがとね。今日なんか、夜勤と日勤のダブル・パンチの挟み撃ちで、体調はちゃめちゃでしょ……って、お父さん! お仕事、早く終わったんだ!」
神妙な口振りから一転、ジュリアは、驚きと喜びが混じりに叫んだ。トウゴに向ける目は丸く大きく開かれている。
トウゴはすっと前に出てきた。ジュリアの頭に片手を置き、穏やかな笑みでわしゃわしゃと撫で回す。
「さっきシルバ君とも話したが、言語表現は正確に、だ。『終わった』なんて、父さんはそんな受け身な人間じゃないぞ。めちゃくちゃ頑張って、超高速で終わらせたんだ。ジュリアの活躍が見たいパワーでな」
「もー、お父さんったら。ほーんと調子が良いんだから。すっごい嬉しいけどさ、さすがのあたしも照れちゃうって」
冗談めいたトウゴの言葉に、ジュリアは、甘えるような困ったような抑揚を付けて答えた。
トウゴを見上げるジュリアの笑顔は優しく、眼差しは親愛に満ちている。孤児のシルバにとっては、トウゴたち親子二人の親密さは眩しく、手の届かないものだった。
シルバは両親不明の孤児で、現在二十二歳である。孤児院で育ち、十二歳でアストーリ校の寮に生活の場を移していた。
昨年に卒業し、教員には去年から就いていた。ただ、受け持ちは最低学年の修身の授業と課外活動のカポエィラ・クラブだけで、教員としての実入りは少なかった。
昨晩の警備仕事は、生活資金を稼ぐために当局から受注したものだった。
アストーリには、城門付近に謎の人型の物体がしばしば出現していた。決して強くは無く死者こそ出ていないが、襲われて怪我をする者もいたため、毎日数人が警護の任務に充てられていた。
直立姿勢に戻ったトウゴは、ぐるりとシルバに顔を向けた。強い視線とともに、おもむろに口を開く。
「よし、始めるか。シルバ君、今日の練習内容は何だ? 堂々と高らかに、自信を持って発表してくれたまえ」
大袈裟に嘯いたトウゴに、シルバは予定を話そうとした。ジュリアは「お父さん」と、早口で割り込んできた。
トウゴの視線がジュリアに移る。
「あたし久しぶりに、センセーとお父さんのジョーゴ(カポエィラの組み手)が見たいなぁ。ダメかな? 後で自分の練習はちゃんとするからさ」
真剣な顔つきのジュリアは、切実な様子で頼んだ。
「わかった。その代わり、俺たちの動きを目を凝らして見とくんだぞ。身体の小さいジュリアにも、得られるものはたっくさんあるから。少年少女武闘会も近いし、ここらでぐーんとレベル・アップ、だな」
トウゴは、ゆっくりとジュリアに念を押した。佇まいには、ひとかどの格闘家を感じさせるものがあった。
「俺も大丈夫ですよ」と、シルバはすかさず口を挟む。
「やった! それじゃあ、あたし、パンデイロ(タンバリン)と歌を担当する! もう、ばっちりみっちり盛り上げちゃうから!」
顔中が喜色のジュリアは、元気満点といった調子だった。シルバはトウゴに歩み寄り、ふうっと息を整えた。