テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
2040年、4月30日。
「ふわぁ……。」
カーテンの隙間から差し込む光が、寝乱れた前髪をちらちらとくすぐる。
まだ夢の続きにいるような、ぼんやりとした意識。
「……んんー!」
大きく伸びをして、布団の中で丸まっていた身体をほどく。窓の外では雀が呑気に鳴いていた。
「…今日もいい天気!」
「イオリー!!遅刻するわよー!!」
階下から響く母の声に、イオリの脳はようやく現実へと引き戻される。
「はっ…!」
「えぇ?まだ目覚ましなってな……」
枕元の時計に視線を落とした瞬間、全身がすっと冷たくなった。
「あっ!!目覚ましかけ忘れてた!!」
「……十一時!?!?」
言葉にならない悲鳴が喉の奥で潰れる。ベッドから転がり落ちるようにして、制服を引っ掴んだ。
「ヤバいヤバい……行ってきまーすっ!!」
「ちょっとご飯はー!?」
パンを咥える暇すらなく、玄関のドアが乱暴に閉まる音だけが返事代わりだった。
◇
朝の街並みを、イオリは半泣きで駆け抜けていく。
通学路の角を曲がれば、あとは校門まで一直線――そのはずだった。
「うぅこれ間に合わな…」
考え事に気を取られたまま、勢いよく曲がり角へ飛び込む。
「うわぁっ!?」
「いやぁぁっ!?」
鈍い音と共に、二人分の悲鳴が重なって朝の空気に響いた。
「いったたぁ……。」
尻もちをついたまま、目の前で同じように蹲る少女の姿に気づく。
少し癖のある金髪、揺れる赤いリボン、きっちりと着崩れひとつない制服――そのちぐはぐな取り合わせに、なぜか胸の奥がとくんと跳ねた。
(あれ…こ、これってもしかして…運命の出会い……!?)
「………アスカちゃん!!?」
見覚えのある顔に、慌てて記憶と目の前の光景を結びつける。幼なじみである黛アスカが倒れていた。
「ヤバいヤバい、しっかりしてぇ!」
「うぅ……。」
か細い呻き声に、イオリの顔からさっと血の気が引いた。
「し、死んじゃったぁ!?」
「……ゆ、許さねーですわよ…!この馬鹿ゴリラぁ!」
勢いよく顔を上げたアスカの瞳には、しっかりと生気と怒りが宿っていた。
「あ、よかったぁ!生きてた!」
心底ほっとした様子で、へなへなと肩の力を抜くイオリ。
「死んではねーですけど…!」
「咄嗟にカバンでガードしていなかったら、危うく粉砕骨折でしたわよ!」
抱えていた鞄を、これ見よがしにイオリへ突き付ける。
「そ、そんな大袈裟な〜…。」
肩を落とすイオリをよそに、アスカは制服の埃を払いながら立ち上がった。
「大袈裟じゃありませんわよ、この人間ブルドーザー。」
「また新しいあだ名が増えてる!?」
「……もう…。」
小さくため息をつき、乱れた前髪を指先で直す。
「わたくし、先に行きますから。」
「えっ!?せっかく運命の出会いしたのに行かないでよ!」
慌てて追いすがるイオリを、アスカは冷たく一瞥する。
「曲がり角でたまたまぶつかっただけですわ!」
「そっかぁ…。」
あっさり引き下がったかと思えば、すぐに何かを思い出したように顔を上げる。
「っていうか、アスカちゃんが遅刻?」
「珍しいね!」
「遅刻…?」
きょとんと首を傾げてから、アスカは呆れたように息を吐いた。
「…あぁ、イオリさん知りませんの?」
「今日は、虚獣の影響で午後からの登校ですわよ。」
虚獣。それは、突如として魔力から生まれた怪物の総称だ。
何の前触れもなく街に現れては、周囲に厄災を振りまく。 いつ、どこに現れるのかも分からない。
だからこそ、虚獣の出現が確認された地域では、住民の安全を確保するために警戒態勢が敷かれる。
今回の午後からの登校も、その一環だった。
「えっ?そうだったの?」
初耳、といった顔をするイオリに、アスカの目がすっと細くなる。
「まさかあなた、今の今まで知りませんでしたの?」
「うん…。」
悪びれもせず頷く様子に、アスカは額を押さえた。
「はぁ……相変わらずですわね。」
「もう、そろそろ本当に遅刻しそうなので、先に行きますわよ。」
踵を返し、さっさと歩き出すアスカ。その後ろ姿を、イオリは慌てて追いかける。
「アスカちゃん待ってよぉ!」
「待ちませんわよ!わたくし、あなたの保護者じゃありませんもの。」
「そんな冷たいこと言わないでさぁ〜!」
アスカは口ではそういいつつも、イオリと並んで歩きながら通学路を歩く。
すると、イオリはふと思い出したように尋ねる。
「ねね、虚獣のせいで午後からってことは、今日は特別警戒中ってこと?」
「そうですわよ。」
「昨夜、東地区で出現があったそうですわ。」
淡々と告げるアスカの声には、慣れた者特有の落ち着きがあった。
「規模はそう大きくなかったそうですけれど、念のため、ですって。」
「へぇ〜……。」
気の抜けた相槌に、アスカの眉がぴくりと動く。
「興味なさそうですわね。」
「うん、だって本物見たことないもん。」
屈託なく笑うイオリに、アスカは呆れを通り越して小さくため息をついた。
「はぁ…あなた、ちゃんと警戒しておかないと痛い目に遭いますわよ?」
「いいもーん!それより!」
話を逸らすように、イオリは声を弾ませる。
「アスカちゃん、今日の放課後って暇?」
「はぁ?暇じゃないですわよ。わたくし、最近読書を嗜みますの。」
つんと澄まして答えるアスカに、イオリは目を丸くした。
「アスカちゃんって読書苦手って昔言ってた…」
「うるさいですわね!これもお嬢様への一歩ですの!」
赤くなった顔を隠すように、アスカは早足で先を急いだ。街に、二人分の足音だけが軽やかに響いていった。
#ライトノベル
umaimon
3,869
#会話劇
#現代ファンタジー
裏五条
30,369
#現代ダンジョン
夜鐘
1,323
コメント
2件
作者コメント┊︎ 標本もまぁまぁな長編となっておりますので完結まで時間がかかります。コメディ多めだと思いますので気軽に見れるかと!
わあ、第一話からもう楽しかったです!イオリとアスカの掛け合いがテンポ良くて、思わず笑っちゃいました。「運命の出会い!」って浮かれるイオリに対して「馬鹿ゴリラ」呼ばわりするアスカの距離感が最高です。それでいて最後は結局並んで歩いてくれるところが幼なじみの優しさですね。タイトル回収も自然で、虚獣っていうファンタジー要素も気になります。続きが待ち遠しいです!