社内ポータルに掲載された人事異動通達を何気なく眺めていた俺は、そこに見知った名前を見つけて大きく目を見開いた。
藤澤涼架
米国支社 Wholesale Division Supervisor の職を解き、東京本社 グローバル事業部 主任を命ず。
ノートPCのトラックパッドに触れていた手を握り締め、叫び出しそうになるのをぐっと堪える。
やっと…やっとだ。
ようやく藤澤さんに会える………!
「藤澤、出社は明後日からだって。昨日…向こうだと今日か。とにかくギリギリまで仕事して、明日の便で帰ってくるらしいわ。真面目だよなアイツ」
足取りも軽く打合せに向かう俺に、係長の大河原さんが話しかけてきた。
「え、なんでそんな細かいこと知ってんすか?」
「だって藤澤から連絡きたもん、またよろしくお願いしますって」
何それ、俺には連絡なんて来てない。
不満が顔に出てしまっていたのだろう、大河原さんが眼鏡の奥の目を揶揄うように細める。
「あれあれ、大森には連絡なかったんだ?お前ら前の部署からの仲良しコンビかと思ってたのに」
「…無かったです。仲良しコンビかは分かんないですけど、藤澤さんは俺のOJT担当だったんでお世話になってます」
「へぇ、それは長い付き合いだ。 藤澤も内示の段階では言えなかっただろうし、 大森にもそのうち連絡あるんじゃない?」
さー仕事仕事、と俺を追い抜いて会議室へ向かう大河原さんの背中を見ながら、藤澤さんの柔らかな笑顔を思い出す。
藤澤さんは俺の最初の配属先である国内営業部で出会った3つ年上の先輩だ。 配属当日、同じ部署に配属された数名の同期と並んでフロアで挨拶をした俺は、その人の多さに少し緊張していた。
沢山の目に晒され、どこを見ていいのかもわからず視線を彷徨わせていると、細身の男性が目の前にすっと現れた。長めのアシンメトリーな前髪の下から優しそうな瞳が覗いて俺を見る。視線が合わさった時、何故か俺はこの人だ、と思った。
「大森くんだよね、おれは藤澤って言います。今日から大森くんの指導担当になります。よろしくね」
微笑んで差し出された手に、俺も慌てて手を差し出す。その少し冷たい手を握りながら、俺は不思議な胸の高鳴りを感じていた。
藤澤さんは本当に優しい人で、俺が困っているとすぐに察して声をかけてくれた。
「大森くん、何か手伝えることがあったらいつでも声かけてね!」
いつ見ても忙しそうな彼に質問するのは悪いなと遠慮しかけると気づいてくれるから、彼には人の心を読む能力でもあるのかと本気で疑ったくらいだ。
「じゃあ…すみません。この見積書って前の物とここに書いてある数字が違うと思うんですが…」
「おぉ、いいところに気がついたね!それはさ、企業ごとに掛け率ってのがあって…」
藤澤さんは俺が質問するといつもなんだか嬉しそうなくらいに、あれこれと資料を見せながら丁寧に説明してくれた。
顧客に送るメールの確認をお願いした時もキラキラした目で俺を見て
「大森くんってすごく素敵な文章を書くね!リズムがいいって言うのかな…すごく読みやすいよ。おれなんか漢字が得意じゃないからメールも苦手でさ〜」
なんて褒めてくれた。
藤澤さんとの会話は楽しくて、あまり社交的とは言えない俺がついつい話しすぎてしまい、別の先輩に「お前らそろそろ仕事しろよ〜」と注意されるくらいだった。(藤澤さんはその度に怒られちゃったね、って全然気にしていなさそうに笑っていた)
いつも俺に時間をたっぷり使ってくれる割に、彼は営業の成績も悪くなかった。トップセールスとまではいかないが、部内では良質な顧客をしっかり掴んでいる安定感のある営業、というポジションだった。
そんな彼に俺がすっかり心を許すのは当然の流れで、数ヶ月が経つ頃には藤澤さん藤澤さんといつも彼の後をついてまわるようになっていた。
大学からの腐れ縁で同期の若井なんかは、最初のうちはそんな俺の様子を見る度に信じられないという顔をしていたっけ。
会議中もその後も俺の頭の半分は藤澤さんとの思い出に占拠され、午前中はあっという間に過ぎていった。昼休みになって社員食堂に向かうと、ちょうど若井に出くわした。
「おっ元貴じゃん」
「おー」
片手を上げて応じると、俺が何か言う前に若井がズイズイと近寄ってくる。
「異動通達みた?藤澤さん、良かったな〜お前!」
そのハイテンションな様子に、俺は眉間に皺を寄せて若井を睨む。
「いやお前人事部じゃん。ぜってーもっと前から知ってたでしょ?」
「そりゃーね、でも言えないからツラかった!俺はコンプライアンス守る君だからね!!」
なんだそりゃ。別に俺にくらい言ってくれても良かっただろうがよ?と思ったけど、この浮き足だった気持ちで何日も過ごさないといけなかったとすれば、それはそれで大変だったかもと思い直す。そのくらい俺の頭の中は藤澤さんでいっぱいだった。
俺はいつも通りトマトパスタを選んで会計を済ませ、定食を載せたトレイを持った若井と共に空いている席に腰を落ち着ける。
「藤澤さん、2年ぶりの帰国だっけ?お前が藤澤さんおっかけてグローバル事業部に行ったと思ったら今度は藤澤さんが渡米して、追っかけっこみたいだったもんな〜」
そう、藤澤さんは俺が入社して3年目に堪能な英語力を買われてグローバル事業部に異動してしまったのだ。
どうしても藤澤さんと一緒に仕事をしたかった俺は必死で英語を勉強した。異動希望を出し続け、ようやくグローバル事業部への異動が叶ったと思った矢先、藤澤さんは米国支社に呼ばれてしまったのだ。あの時ほど運命を呪ったことはなかった。
「元貴はほんとに藤澤さんが好きだよね。よく2年も耐えたなと思うわ」
それは、藤澤さんとの約束だったから。
俺はちゃんと約束を守ったよ。
ようやく彼から返事が聞けると思うと、 期待と共に僅かな不安が沸き起こる。
その気持ちを飲み込むように、俺はパスタを頬張った。
LIFE!のスーツ姿があまりに素敵で…
短編におさめきれませんでした😇
パロディもの初めて&設定ふわっとですが、しばしお付き合いいただけますと幸いです🙏✨
コメント
7件
サラリーマン💛ちゃん、良すぎましたよね〜🍏 早速お話になり、嬉しいです❣️ 私、特技のジャンケンも良すぎました🤣 なんか、やっぱり、💛ちゃんて一生懸命何かしてるだけで、可愛くて、面白い、尊い存在だと再認識しました🫠💕
続きが楽しみ!
新しいお話ありがとうございます😊 昨日のLIFE!のリーマン姿、カッコよかったですよね😍 涼ちゃんがOJTだなんて、なんて幸せな設定なの🫠