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「ただ? ただ、何ですか?」
「ああ、いや。検査結果の事ではのうて、母親の百合子さんがそれを聞いた時の喜びようが普通じゃありませんでしてな。その遺伝子異常があったからと言うて、特に不都合はない物でしたけん、なんでそこまで狂喜乱舞と言うてええほど喜ぶんじゃろ? とびっくりしましてな。その事もあって今でもよう覚えとるわけです」
「その後深見百合子さんとお会いになった事は?」
「いえ、一度も。なんでもだいぶ以前に東京の方へ引っ越されたとは聞いとりましたが」
それから母ちゃんは丁寧にその元大学教授のおじいさんに礼を言い、俺たちはその家を出てまた長崎空港へ向かった。今度は沖縄行きの飛行機に乗るためだ。空港のラウンジで出発を待つ間、俺はたまりかねて母ちゃんに訊いた。
「なあ、さっきの先生の話と今度の件と何の関係があるの?」
母ちゃんはそれには答えず、黙ってショルダーバッグからまた紙きれを取り出して俺に渡した。それは古い新聞記事のコピーだった。上の端を見るとどうやら長崎の地方新聞らしい。
そこには十代半ばらしい少女の顔写真が載っていて見出しには「郷土が生んだ奇跡の超能力少女」と書いてあった。そして記事の文章を読んで俺は母ちゃんが言いたい事が分かった。そこには少女の名前がこう書いてあった。「深見百合子」と。
俺がそれに気づいたのを察した母ちゃんがやっと口を開く。
「深見百合子さんはね、霊能力者じゃない。いわば科学によって生み出された超能力者なのよ。雄二、あんたにはミュータントと言った方が分かるかしら?」
「ああ、それは子供の頃のアニメとかでよく出て来たからな。でもあれって放射能の影響でなるもんじゃなかったかな?」
「そう、百合子さんも放射能汚染によって引き起こされた遺伝子異常の結果、生まれながらの超能力者、つまりミュータントだったのよ。彼女のあの超自然的な力は宗教や信仰によってもたらされる物ではなく、生まれつき備わったエスパーとしての力だったわけね」
「けど、隠れキリシタンと関係があるみたいな事を母さん言ってたじゃないか?」
「超能力はあたしの専門外だから、あくまで推測だけどね。百合子さん自身はもう隠れキリシタンとしての信仰は持っていなかったとしても、そういう家系に生まれ育ったのなら先祖の受難の話ぐらいは子供の頃から聞かされていたでしょうね。彼女はそれを自分の超能力を発動するための引き金として使った。まあ、自己暗示みたいなもんね。行方不明になってから三年間、先祖の迫害の悲劇の記憶をトリッガーにして自分の超能力を最大限発揮できるようにトレーニングを重ねていた。なぜ三年も経ってから復讐を始めたのか、それで辻褄は合うわ」
「ううん、そうか。いや、でも、なんで純のお母さんがミュータントなんだ? 日本でそんな昔に原発の大事故があったなんて話、俺は聞いた事ないぜ。そりゃ、原子力施設の事故とかニュースで見た事あるけど、いくらなんでもミュータントが生まれるほどじゃなかったはずだろ?」
「その『いくらなんでも』ってほどの、膨大な量の放射能物質が日本で降り注いだ事はあったわよ。それもこの長崎でね」
「いや、そんな馬鹿な! 純のお母さんならせいぜい三十代後半だろ。だってあれは1945年……」
「そう。長崎に落とされた原子爆弾よ。あたしが調べたところでは、百合子さんのお婆さんがいわゆる被爆者だったの。それも百合子さんのお母さんがお腹にいる時に原爆に遭った。命は取りとめたけど全身にひどい火傷の痕が残ったそうよ。そして百合子さんのお母さんも体内被爆と言って、放射能の影響で生まれつき原爆病を背負ってしまった。百合子さん自身は一見異常はなかったけど、放射線によってお母さんに引き起こされた遺伝子の異常は受け継いでしまった。百合子さんの場合、それが超能力者として発現した」