テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「…若井に、リョーカと期限付きの恋をしてあげてほしい。」
若井は目を丸くして、俺の提案を聞いていた。
「…どういうこと?」
「若井、俺は、リョーカと涼ちゃんが、人格統合し始めてる、と思う。」
「人格とーごー…って、なに?」
「解離性同一性障害は、最終的には、それぞれ別れた人格を主人格が受け入れることで、ひとつの人格に戻すことを目指して治療するらしいんだ。」
「うん…。…つまり?」
「お前わかってないだろ。」
「むずいって!もっと簡単に言って?」
「簡単に言うと、リョーカの人格が消えかかってるってこと。」
「え…リョーカ、さんが…。」
若井の顔が曇る。やっぱり、若井はリョーカに惹かれているんだ。俺は、リョーカの不器用なまでに一途な若井への恋心が報われる可能性に、心から安堵した。
「期限付きってのは、いつか消えちゃうからってこと?」
「うん。…お前にはただ辛いだけになるかもしれない。だけど、俺は、リョーカの人生も報われてほしいんだ。アイツすげーめちゃくちゃだし、俺はすっっっっごい迷惑だったんだけど、…すごく涼ちゃん思いで、すげー捻くれたイイ奴なんだ…。」
「どっちだよ…。」
若井は力無く笑った。机を指で軽くトントンと叩きながら、若井が考え込む。
「…うん、俺も、リョーカさんが好きだわ。俺が沈んでる時とか、すごい寄り添ってくれてさ、俺はそれがホントに嬉しかった。」
2人だけの想い出を頭に浮かべたのか、若井の顔が綻ぶ。
「俺、リョーカさんに気持ち伝えてみたい。」
「…うん、ありがとう…って俺が言うのも変か。」
「でも、元貴はいーの?その…自分の恋人が他のやつと恋愛するとか、耐えられる?」
「…涼ちゃんじゃないから。」
俺は下を向いて笑った。これは本音だ。リョーカは涼ちゃんじゃない。俺がそこをしっかりわかって受け入れていれば、大丈夫。
正面の若井を見据えて、話を続ける。
「でも、俺はこのままじゃ危ないと思ってる。」
「なんで?」
「人格統合って、こんな勝手に起こっていいもんじゃないはずなんだ。しっかり精神科医の治療を受けて、涼ちゃんがまずリョーカの存在を受け入れないと始まらない。だから」
涼ちゃんに、リョーカのことを告げなきゃいけない。
玄関前でただひたすら時間を潰していた俺の背後で、扉が開けられた。
「終わったよ、ごめんな。」
若井が顔を出す。俺は不恰好な笑顔を向けて、中へと入る。
リビングでは、頬を赤く染めたリョーカが、テーブルに付いていた。若井はその隣へ座り、リョーカの手を取る。リョーカは泣きそうな笑顔で、若井を見つめ、その手を握り返す。
「無事に、リョーカさんに受け入れてもらいました!」
「そっか、おめでと。」
「…大森君、おま…君がこうなるように仕向けたのか?」
「仕向けたって言うかまぁ…若井もあんたの事が好きだって事がわかった、ってだけだよ。」
リョーカが泣きそうな顔で俺を見つめる。
「大森君、俺…君に嫌われてると、思ってた…。」
「いや嫌いだよ。俺はお前が嫌い。でも、涼ちゃんをずっと守ってくれてた事は、心から感謝してる。だから、お前の人生も報われて欲しいし、報われるべきだと思う。」
リョーカが俯き、その目から涙がこぼれた。若井はアタフタと袖で涙を拭う。
「元貴ぃ〜、泣かすなよ!」
「いや、ごめん、違う。…俺の人生って言ってくれたのが、嬉しくて。」
リョーカが俺に顔を向け、深々と頭を下げる。
「大森君、今まで、本当にごめんなさい。」
「…謝罪は受け入れる、でも赦しはしない。」
「うん、ありがとう。」
若井が、俺に向かって真面目な顔をする。
「元貴も、色々な目に遭わされたかもだけど、リョーカさんも辛かったんだ。そこもわかってやってよ。」
「え…。」
俺は驚いてリョーカを見る。リョーカは頷いた。
「滉斗に、全部話した…ごめんな、勝手に。でも、滉斗に何も言わずに、滉斗の気持ちを受け入れるのは、フェアじゃないと思ったんだ。」
「…若井は、受け入れたの?」
「俺と付き合う前に起きた事だろ、しょーがないよ。俺、懐深いんで。器、デカいんで。」
さすが若井、すげーよお前。俺は本気で拍手を送りそうになったが、俺がやると嫌味になるので、思い止まった。
「さて、ここからが本題だな。リョーカ、お前には、酷なことを言うぞ。」
「わかってる。涼ちゃんを病院に連れて行くんだろ。俺もその方がいいと思う。」
リョーカが、あっさりと受け入れたので、俺は少し驚いた。
「…今、涼ちゃんが苦しんでるのは、俺が、もう消えてしまいたいと思ったからだと思う。」
「リョーカさん…。」
「滉斗が、まさか俺を想ってくれてるなんて思ってもみなくて…俺がいても大森君を傷つけるだけだし、俺なんかもう消えてしまおうって…。だから、俺の中で留めていたあの時の記憶が、行き場が失くなって涼ちゃんの方へ流れ出てしまったのかも知れない。」
「うん、今は、涼ちゃんは訳もわからず苦しんでる。だから、リョーカの存在を知って、ちゃんと医者に治療してもらいたいんだ。」
俺は、話しながら手が震える。
「今のままじゃ、涼ちゃんが、壊れてしまいそうで…怖いんだ。」
俺の話を黙って聞いていた若井が、口を開く。
「涼ちゃんに知らせるのも、医者にかかるのもわかった。ただ、少しでもいいから、俺とリョーカさんに時間が欲しい。出来る限り、一緒にいたい。」
リョーカの目から涙がこぼれる。あ、俺も泣かせちゃった!と若井が焦ってまた袖で拭う。
「ありがとう、滉斗。大森君。…俺、今すごく幸せだ…。」
俺は、黙って微笑んだ。彼らに、出来る限りの恋の時間を、どうかもう少しもらえますように。
俺たちは、明日のために、準備を始めた。
翌朝、涼ちゃんは穏やかに目を覚ました。が、自分が目を覚ましたその場所が、若井のベッドの中で、隣に若井が寝ていたことが、彼をパニックに陥れた。
「え!?え!!??なんで?!!!」
ソファーで寝ていた俺は、その声で跳ね起きた。しまった、リョーカのまま若井と寝かせたから、涼ちゃんにとってはイリュージョン状態じゃん!
「涼ちゃん?」
俺は若井の部屋のドアを開けて覗き込む。涼ちゃんは涙目になって、俺を見る。
「元貴…あれ?なんで?え、僕、え??」
「大丈夫、落ち着いて、涼ちゃん何も悪くないから。」
「え?え??」
若井はこの騒がしい中でも、むにゃむにゃしながら寝続けている。昨日遅くまで準備をしていたので、疲れているのだろう。
俺は静かに、涼ちゃんを連れてリビングへと移動した。
「昨日、僕、元貴と、寝てたよね?自分の部屋で。」
涙目で身の潔白を主張する涼ちゃん。俺は手を握りながら、そうだよ、大丈夫、と背中をさすって落ち着かせる。
いよいよだ、この時が来た。
「涼ちゃん、落ち着いて聞いて欲しいんだ。いきなりだし、すごくややこしい状態になってるんだけど、どうか落ち着いて聞いて欲しい。」
「え、なに…怖いよ…。」
「大丈夫、俺が傍にいるから。」
俺は、自分も緊張しているので、深呼吸をする。
「涼ちゃん、涼ちゃんの中にはね、もう1人の人格がいるんだ。」
「え…。」
「いわゆる、二重人格。俺たちは、その人を『リョーカ』って呼んでる。」
「俺たち…?」
「俺と、若井。俺が最初にその人格と出会って、その次が若井。」
「え…待って…なに…これなに?…ドッキリ…?」
「涼ちゃん、違う。大丈夫だから。落ち着いて。」
「いや、だって、急に、おかしくない?え?なに?なに…?」
涼ちゃんが頭を抱えて俯いた。わかんない、わかんない、と小さく呟いて、少し震えている。
若井が、目を覚ましたのか、自室から出てきた。混乱している涼ちゃんを見ると、すぐに隣に駆けつけて、肩をさする。
「…大丈夫なのかよこれ、元貴。」
「…涼ちゃん、俺たちは、涼ちゃんに病院でちゃんと治療してもらいたいと思ってる。」
「病院…?」
いつの間にか、涼ちゃんの目からは大粒の涙が次々と溢れ出していた。
「そのために、まずは、涼ちゃんに自覚してもらいたいんだ。…見て欲しいものがあるんだけど、いける…?」
俺は、ティッシュを手に取り、涼ちゃんの涙を優しく拭く。涼ちゃんの口が小刻みに揺れている。俺は涼ちゃんの手を握った。
「…俺も、元貴も、涼ちゃんが大事なんだ。涼ちゃんの心を守りたいんだよ。」
「若井…。」
涼ちゃんが若井を見上げる。本当は、リョーカが消えてしまうのが怖いだろうに、若井は優しく涼ちゃんに微笑みかけ、変わらず肩をさすっている。
「…元貴、見てもらいたいものって…なに?」
涼ちゃんが意を決したように、俺の方を向く。俺は若井に向かって合図をして、若井がスマホを取り出す。
「涼ちゃん、これが、この人が、涼ちゃんの中にいて、ずっと涼ちゃんを見守ってきた、『リョーカ』さん。」
俺は、スマホの中の動画の再生ボタンを押す。涼ちゃんが驚きの表情を見せる。そこには、わずかな恐怖も滲んでいた。無理もない、動画の中には、見覚えのない自分の姿があったのだから。動画の中で、リョーカがソファーに座って、その隣には若井が座っていた。2人とも、まっすぐに、俺の構えるスマホに向かって視線を向けている。
『…初めまして、涼ちゃん…。』
『…俺が、リョーカです…。』
『えっと…5年前、くらいに、涼ちゃんの中に生まれました。』
『何があったかは、お医者さんの元で、きちんと治療を始めてから、知るのがいいと思う。』
動画を見つめる涼ちゃんの顔が曇る。
『あ、大丈夫、怖がらないで。涼ちゃんの傍には、大森君も、滉斗も、ちゃんといてくれるから。2人が、俺と一緒に君を守るから、どうか、安心してください。』
『えっと、それから…。なんだっけ、緊張するな…。』
動画の中で、若井がそっとリョーカの手を握る。リョーカは愛おしそうに、嬉しそうに若井を見つめる。
涼ちゃんは、その様子を見てから、自分の隣にいる若井を見上げた。若井は、涙を堪えながら、涼ちゃんに困ったような笑顔を向けた。
『…それから、俺の気持ちのこと、伝えておこうと思って。涼ちゃんが、大森君のことを大好きで、大森君と付き合ってるのも、わかってる。わかってるけど…本当にごめんなさい。俺は…俺は、滉斗が好きなんです。』
涼ちゃんの目が大きく開く。手で口を押さえ、その手は震えている。
『…涼ちゃん、ごめん。俺も、リョーカさんが好きなんだ。だから、本当に勝手なこと言ってると思うけど、俺たちに、少しだけ、恋をする時間をください。』
動画の中の若井が、ボロボロと泣き始める。今の若井も、それを見てまた泣いている。さらにそれを見て、涼ちゃんも泣く。
俺以外が涙脆すぎるな…、と思いながら、俺は2人にティッシュをひたすら渡す。
『涼ちゃんには、病院で治療すること、それから、俺たちの恋に許可をくれること、その2つを、どうかお願いしたくて、こうして直接話すことにしました。』
リョーカが続ける。
『…いきなりこんなこと言われても、涼ちゃん困るよな…。大丈夫なのかな、これホントに?』
『ね。俺めっちゃ泣いちゃってるし。撮り直す?』
『撮り直してもお前どーせ泣くだろ。』
『やめてその言い方!情緒豊かなの!』
『はは…ホントにすごい、滉斗俺より泣いてるじゃん、なんで?』
『いや同じくらいでしょ!』
動画の中で、リョーカと若井がお互いに涙を拭きあい、撮っている俺がそれを見て笑っている。
「…ここまで撮ってたの?」
「いーじゃん。幸せそうで。」
俺と若井が話していると、涼ちゃんが静かに声を出した。
「………うん、幸せそう…。」
若井が寂しそうに笑う。
動画が終わり、涼ちゃんはしばらく動かずにいた。俺たちも、涼ちゃんの次の言葉を静かに待つ。
「…あれが、『リョーカ』くん…。」
「うん…。」
「僕なのに、全然僕じゃないね…。」
「そうだね…。」
涼ちゃんは口を手で押さえたまま、しばらく考えていたかと思うと、急にうめき始めた。
「う…ごめ…吐きそう…。」
「大丈夫?!トイレ行こ!」
俺が涼ちゃんを支えて、トイレへと連れて行く。背中をさすって、涼ちゃんが楽になるよう介抱する。涼ちゃんは、たくさん吐いた。涙をボロボロとこぼしながら、苦しみ続ける。若井はドアの前に立ち、腕組みをしてじっと待っていた。
洗面所で口を濯ぎ、フラフラとした足取りでソファーへと歩いて行き、横になる。若井はソファーの背面側から、俺は正面から涼ちゃんを心配そうに見つめた。
「ごめ…たぶん、頭では…理解しようと…でも、なんか…からだ…?こころ…かな…すごい…いやがる…。」
「いいよ、大丈夫、ごめんね、辛い思いさせて。焦らずに… ゆっくり、ゆっくりやってこう。」
「ん…。」
涼ちゃんはそっと目を閉じ、少し苦しそうに呼吸を繰り返す。やがて、穏やかな寝息を立てたと思ったら、また苦しそうに唸り始めた。
「…涼ちゃん?」
「リョーカさん…?」
さっき起きてきたばかりの涼ちゃんが眠る…というか、意識を手放すという方が正しいか、そうなるということは、おそらく人格の交代が行われるはず。ただ、リョーカと思われる人格は、どうもなかなか意識をはっきりと持つことが出来ないらしい。
「リョーカが、表に出にくくなってるのかもしれない。」
「…消えそうってこと?」
「わからない…でも、悠長なことはしてられないな。」
若井がリョーカの傍で心配そうに手を握っている間に、俺は、以前から目星をつけていた心療内科へと受診の依頼を済ませた。
「………滉斗………。」
酷く掠れた声で、リョーカが呼ぶ。
「リョーカさん、良かった…。」
「…涼ちゃんが、すごく苦しんでた…。」
「え?」
リョーカはゆっくりと身体を起こして、若井に支えられながらソファーに座り直す。
「…初めてだ、頭の中で、涼ちゃんの姿を見たよ…。すごく、泣いてた。」
俺は、先ほどの苦しそうな涼ちゃんを思い出し、胸が張り裂けそうになった。だが、俺まで感傷に浸っている時間はないので、手短に2人にこれからの説明をする。
「今、俺が前からお伺いを立ててた心療内科の先生に、リョーカが出てきている間に病院に来るよう言われた。次にいつ人格交代が行われるかわからないから、まずはリョーカに話を聞きたいそうだ。だから、早速で悪いけど、一緒に行こう、3人で。」
俺たちは、まだ万全ではなさそうなリョーカを気遣いながら、病院へ行く準備をした。
俺がツテを辿って見つけた心療内科は、個人病院で、芸能界から受診する人も多いのだとか。
「あなたたちは…ミュージシャンの方々ですか。」
カルテを見ながら、優しそうな初老の男性がほうほうと頷く。
「すみませんね、存じ上げないなんて失礼ですよね。音楽といえば、職業柄クラシックくらいしか触れていなくて。あまり俗世を知りすぎるのも、私としてはやりにくい事もありまして。」
困ったように笑いながら、カルテから俺たちへと視線を移す。
「多いですよ、芸能界の方々は。特に役者さんかな。役が入りすぎて、なかなか抜けにくい人もいますから。」
心の整頓に、いつでも気軽に来てもらって大丈夫なんですよ、と微笑む。
初めての心療内科という事もあり、俺たちはとても緊張していた。それをわかって、色々と話をして、緊張をほぐそうとしてくれているのだろう。
「では、少しお話をさせていただきたいのですが、よろしいですか?リョーカさん。」
リョーカは、小さく頷く。若井が心配そうに見つめていたが、俺たちは家族ではないただの付き添いなので、部屋から出ることとなった。
小さな待合のための部屋に通され、俺と若井は自販機で買った飲み物をそれぞれ口にする。
「リョーカさん、今すぐに消えちゃう、なんて事、ないよな。」
「それはないと思うけど…。今回はリョーカで、次回は涼ちゃんが自分のもう一つの人格を受け入れるところから、治療を始めるんだと思う…たぶん。」
若井は、深くため息をついて、両手で顔を覆って膝に腕をつく。
「…ここで俺たちが考えててもしょうがない。もう、プロの手に任せるしかないんだから。」
「…うん…。」
「…よし、プランでも考えようぜ。」
「プラン?」
若井が顔をあげる。
「デートプラン。リョーカとどこ行きたい?」
「…まず、リョーカ『さん』な。」
「…お前だって『涼ちゃん』て呼んでんじゃん。」
「俺はだって、友達だもん。でも、お前はダメ。『さん』つけろ。」
「お前…背ぇ高いのに器ちっちゃ。」
ははっと2人で吹き出す。
その後、俺たちはできるだけ前向きな、明るい話題で、この不安な時間をやり過ごしていた。
長い時間が経って、もう一度先生の元へと呼ばれた。
部屋に入ると、アロマのいい香りと、ヒーリング音楽のようなもの、そして、1人がけのソファーで眠るように座っているリョーカが目に入った。
「先生、今って…どっちなんですか?」
「リョーカさんですよ。今は心を休めてもらっています、今日だけでもたくさんお話ししていただけましたから。」
「リョーカ…さんと、涼ちゃんは、どうなるんでしょうか。」
「今はまだ、藤澤さんご本人とお話しできていないので、なんとも言えませんが、リョーカさんはかなり協力的で、主人格をとても大切にしていらっしゃいますね。ここまで統合に前向きな方は初めてお会いしたかもしれません。」
「そう…なんですね。」
若井は、ずっとリョーカの方を見つめて、黙って先生の話を聞いていた。
「あの、実は、こっちの若井滉斗は、リョーカさんの恋人なんです。」
若井が驚いて俺を振り返る。
「俺は、少しでも長く、2人の時間を作ってあげたいと思っています。もちろん、涼ちゃんの心の安全が大前提ですが。」
「そうですか…。人格統合は、そんなに急速に進めるものではありません。ですが、今回の場合、リョーカさんが何よりも望んでいたのが、主人格への統合です。ですので、もしかすると、通例よりは早く進むことがあるかも知れません。」
若井が、悲しみの表情を浮かべる。
「ただ、先ほど意識の深いところまでお話ししていた時に、リョーカさんの口から、滉斗さんのお名前が何度も出ておられました。」
若井は、我慢できずに、涙をこぼした。
「私は、医者なので、藤澤さんのご様子を見ながら、人格統合に向けて治療をさせていただきます。ですので、若井さんは、お辛いでしょうが普段通り、恋人としてリョーカさんと過ごしてあげてください。私も、お二人のお幸せを願っております。」
先生は、深々と頭を下げてくれた。若井は、涙をこぼしながら、ありがとうございます、よろしくお願いします、と何度も頭を下げていた。
3人で若井たちの家へ戻り、リョーカはとても疲れたようで、ごめん、寝かせて…と自室へ入って行った。
俺と若井は話し合い、涼ちゃんとリョーカが人格統合するまで、3人で過ごすことにした。俺たちも、一気に疲れが出て、若井は自室に、俺はソファーでその日を終わらせることにした。
この家での、ふたつの恋の同居が始まろうとしていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!