テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
俺と若井は話し合い、涼ちゃんとリョーカが人格統合するまで、3人で過ごすことにした。
この家での、ふたつの恋の同居が始まろうとしていた。
「おはよう…。」
次の日、涼ちゃんが、バツが悪そうに起きてきた。
「昨日は、ごめん。なんか、1人逃げ出しちゃって…。」
「ううん、俺たちも、色々と急ぎすぎた、ごめんな。」
俺は、ブランケットをたたみ、ソファにかけた。
「…元貴、ソファーで寝たの?」
「ああ、うん。寝れればどこでもいいかなって。」
嘘だ。俺は枕ひとつでもこだわるタイプで、実際ソファーじゃ全く眠れなかった。涼ちゃんは心配そうに俺を見つめる。
「僕のベッド使ってくれて良かったのに。」
俺は涼ちゃんに近づいて、耳元で囁く。
「じゃあ、今夜は一緒に寝かせてもらおうかな。」
「え!い、一緒!?だめだめ!」
「なんで。」
「…だって、目が覚めてリョーカくんになってたら、ややこしいでしょ。」
「…確かに。」
俺がちょっと不機嫌そうに口を尖らせると、涼ちゃんは困ったように笑った。そこで、俺は提案した。
「じゃあ、その時の恋人の権利にしよう。添い寝権。」
「…でもそれ、圧倒的に若井に有利なんじゃ…。」
そうか、リョーカは涼ちゃんが寝てから現れるから、最終的に一緒に寝るのは若井になる…。
「いー権利だね、それ。」
いつの間にか若井も起きてきて、ニヤニヤしながら俺に近づいてくる。
「おはよう、若井。昨日はごめんね。」
「おはよ、涼ちゃん。こっちこそごめん。いきなりあんなん見せられたらパニクるのも無理ないよ。ごめんね。」
「昨日はあれから、大丈夫だった?」
「うん…色々あったよ、あれから。」
なんだか2人でいい雰囲気出してるけど、今は涼ちゃんだから、俺のターンでしょうが。俺は2人の間に入ってその距離を取らせる。
「さーみなさん朝ごはんを食べましょー!食べながら昨日のこと話すね、涼ちゃん。」
涼ちゃんをしっかりと俺の隣に座らせて、俺は昨日の病院での話をする。
「そっか、リョーカくんは、統合に積極的なんだね…。優しい人だなぁ。」
「うん、優しくてね、大人っぽくてね、カッコいいよ。」
若井がここぞとばかりに惚気る。涼ちゃんがなぜだか、えへへ、と照れている。すかさず俺が突っ込む。
「お前じゃねーよ。」
「わかってるよ!でも、なんか嬉しいじゃん、一応僕の別人格なんだから!」
3人であーだこーだ言いながら、朝食を取る。なんだか、歪な関係の同居なのに、すごく穏やかで、すごく楽しかった。
それから、俺たちは、基本的に出てきている人格の恋人が優先的に一緒に過ごすこと。その間のことは、お互いに干渉しないこと。そんな暗黙の了解のもと、同居を続けた。
そうなると、どうしても主人格である涼ちゃんの時間が長いため、涼ちゃんはだんだんと心苦しくなってきたようだった。
涼ちゃんの部屋のベッドに一緒に腰掛けながら、少し暗い顔をしている。
「リョーカくんと若井、夜しか会えてないよね…。なんか、申し訳ないな…。」
「しょうがないよ、涼ちゃんには生活があるんだもん。それに」
俺は涼ちゃんに詰め寄る。
「毎晩、恋人におやすみの後に部屋を出ていかれる俺も、なかなかに辛いんですけど。」
う…、と涼ちゃんが言葉に詰まる。俺はふふっと笑って、涼ちゃんに抱きつく。
「でも、リョーカと若井のために、こうしようって決めたんだから、夜の間くらい俺は我慢するよ。だから、涼ちゃんも、もっとリョーカに時間を譲ろうなんて考えないでよね。」
「…なんでわかるの、元貴すご。」
「涼ちゃんのことなら、なんでもわかるよ〜。」
俺は涼ちゃんの顔を覗き込む。涼ちゃんは、怖い〜、と笑った。
俺は、その笑顔をじっと見つめた後、そっと口づけた。涼ちゃんも、目を閉じて応じてくれる。俺たちは、あれからもずっと、キスだけの関係。なんとなく、この状況が終わるまでは、先に進める気になれない。
ふと、頭の隅で、リョーカと若井はどうなんだろうか…と考えてしまって、俺はその思考を掻き消す。
「元貴?」
涼ちゃんが、キスを終えて俺の顔をのぞいている。俺は上手に笑顔を作り、恋人を安心させた。
「じゃあ、もう寝よっか。あんま遅くなると、涼ちゃんの睡眠時間の確保が難しいからね。」
「うん…ごめんね。」
俺たちは、夜の7時には、ベッドに入る。小学生でももう少し起きてるぞ、とも思うが、リョーカの残りの時間を思うと、致し方ない。
涼ちゃんは、治療を進めて行く中で、少しずつ、昔自分の身に起きたことを受け入れている状況らしい。それ故にか、毎日のように、寝入る時に、うなされるようになった。
俺は、その度に、しっかりと涼ちゃんを抱きしめ、彼の苦しみが少しでも和らぐことを願いながら、眠りにつくまでそのままでいるのだった。
しばらく経つと、俺の腕の中からリョーカとなった彼がそっと抜け出し、静かに部屋を出て行く。こんな早い時間に、俺が眠れるわけがなく、リョーカもそれをわかった上で、あえて何も言わず、物音をたてず、いつも静かに出て行く。
俺は、1人取り残される涼ちゃんのベッドの中で、どうしようもなく寂しくなるのだった。
リョーカが出てきてからしばらくは、若井の部屋で2人は過ごしている。俺は、2人に気を遣い、その間にいつも自分の家へと帰る。
こんなにメチャクチャな状況にも関わらず、仕事はやってくるし、不思議と制作にも集中できる。いや、制作に集中していないと、正直気が狂ってしまいそうだった。
『そろそろ、俺たちも寝るから』
夜中をかなり回った頃、若井から連絡が入る。これもいつものこと。明日の朝、涼ちゃんが起きた時に俺がいないと不安になるだろうと、若井から連絡が入ると、俺は静かに3人の家へ戻り、涼ちゃんのベッドへと1人横になる。
今、リョーカは若井の腕の中で、安らかに眠れているだろうか。若井とリョーカの恋が期限付きである事を考えれば、俺がこの寂しさを1人で抱える事くらい、どうということもないのだ。今日もそう自分に言い聞かせて、無理矢理に意識を眠りへと連れて行く。
朝8時を回る頃、俺の腕の中に、涼ちゃんが静かに戻ってくる。俺は、ホッとして、彼を強く抱きしめた。こんな毎日をもう数週間続けている。
「行こうか…。」
「うん…。」
「おぃー…。」
ここまで生活リズムが崩れると、3人とも目に見えて疲れが溜まってきていた。朝食を取る気にもなれず、3人ともとりあえず水分だけを摂取して、ダンスレッスンへと向かう。
ダンスレッスンも、涼ちゃんに少し厄介な持病があるとわかった、とだけ関係者に伝え、完治するまでは時間短縮でお願いすることになった。
休憩中も、各々グッタリとソファーで横になったり、床にごろ寝したり、机に突っ伏したりして、周りのみんながこの3人は大丈夫か、とざわつくくらいの様子を見せてしまっていた。
ある時、ダンスレッスン中に、涼ちゃんが膝から崩れ、貧血のような症状で立ち上がれなくなった。その日はそこまででレッスンを切り上げ、すぐにかかりつけの心療内科へと足を運んだ。
「過労の症状が出ていますね…。」
部屋のベッドで点滴を受け、苦しそうに呼吸を繰り返す涼ちゃんの横で、先生が呟く。
「…俺のせいだ…リョーカに会いたくて、涼ちゃんもしんどいはずなのに、ずっと協力してくれて、俺たちの時間もたくさん確保してくれて…。」
若井が涙を堪えながら、懺悔する。
「やっぱり、1人の体で2人の生活を続けさせるのは、これ以上は…。」
俺がそういうと、先生も頷く。
「そろそろ、限界かと思います。このままでは、藤澤さんの体がもたないでしょう…。」
俺は、若井の背中にそっと手を添える。それは細かく震えていた。
涼ちゃんの処置が終わり、自力歩行できるということで、帰宅の許可が降りた。
帰宅前に、先生から涼ちゃんへ説明があるとのことで、診察室へと入っていった。
俺たちは、待合室でお互いに無言のまま、涼ちゃんの戻りを待つ。
若井の方を盗み見ると、何か思い詰めたような表情をして考えを巡らせているようだった。無理もないか、と俺は視線をまた床へと戻した。
3人で家に帰ると、若井がちょっとごめん、と言って1人自室へと消えていった。
涼ちゃんは心配そうにその様子を目で追っていたが、俺は涼ちゃんの方がよっぽど心配だった。
ソファーに座らせ、温かい飲み物を入れる。
「涼ちゃん、先生、なんだって?」
「うん、僕の身体が、ちょっともう無理しすぎて限界だって。だから、…急がないとってことで、明後日、人格統合をする事に、なっ…た…。」
涼ちゃんの言葉が詰まる。俺は、そっか、とだけ言って、2人で静かに温かい飲み物をそれぞれに飲んだ。
しばらく、涼ちゃんが俺の肩に頭を乗せて休んでいたが、若井が部屋から出てきて、涼ちゃんが顔を上げた。
「若井…。」
「涼ちゃん、大丈夫?」
「うん…ごめん…本当に、ごめん…。」
「涼ちゃんが謝る事じゃないでしょ。誰も悪くないんだから。」
涼ちゃんの目から溢れる涙を、俺が横から拭う。若井は、ソファーに座る涼ちゃんの正面に、膝をついた。
「涼ちゃん、元貴、お願いがあります。」
俺と涼ちゃんは、若井をじっと見つめた。
「…俺に、リョーカの最後の1日をください。」
涼ちゃんは、顔をくしゃくしゃにして両手で顔を覆い、声を上げて泣き始めた。俺は、涼ちゃんの肩をさすりながら、当たり前だろ、とだけ、答えた。
涼ちゃんが本格的な治療に入る、ということで、レッスンをしばらくお休みにしてもらった。涼ちゃんがレッスン中に倒れた直後だった為、二つ返事で了承してもらえた。
人格統合まであと2日。正しくは、あと明日の丸1日しかない。俺たちは、明日に向けて、若井とリョーカの最高の1日にするための案を練っていた。
夜になり、涼ちゃんが疲れた身体をお風呂でゆっくりと休ませている間も、俺と若井は話し合っていた。
「リョーカもさ、やっぱりずっとしんどそうにはしてて、俺たちもそろそろだなって覚悟はしてたんだ。」
「そっか…。」
「…でも、これ俺が色々やらせてもらっちゃっていいの?」
「相手はリョーカだし、ノーカンだよノーカン。」
「ふん、元貴も器『は』大きいじゃん。」
「じゃあなにが小さいんだよ、お前良い加減にしろよ。」
お互いにははっと笑う。
涼ちゃんがお風呂から上がってきて、俺たちの元へ戻ってくる。
「じゃあ、今日はしっかりと睡眠をとらせてもらうね、明日に向けて。」
「うん、無理言ってごめんな。」
「いや、うまくリョーカくんに伝えられるかわからないけど、やってみるよ。」
「もしリョーカが起きてきたら、俺が説明して寝かせとくよ。」
「うん、よろしくね。」
じゃ、寝よう、と涼ちゃんが俺の手を引く。俺は若井に手を上げて、若井も軽く手を振って応えた。
涼ちゃんのベッドに横になり、涼ちゃんが深呼吸する。
「リョーカくん、怒るかなぁ…。」
「どうだろね、あいつなら大丈夫かなって思うけど。」
「うん…。」
涼ちゃんが、窓の方を見て、
「明日、良い天気だと良いね。」
と呟いて、俺の腕の中へと入ってきた。俺は、優しく抱きしめ、涼ちゃんを眠りの中へと誘った。
今日は、苦しむことはなかったが、なんだかすごくもどかしいような、モゾモゾとよく動く。今、リョーカと話をしているのだろうか…、と様子を見ていると、不意に目がパチッと開かれた。
「…大森くん。」
「あ、リョーカ…」
俺はパッと離れる。
「涼ちゃんと会えなかった?」
「いや、なんかいつもと違う感じではあったけど、多分うまくいかなかったのかな…。」
「…若井が待ってるから、部屋に行ってあげて。」
「あ…うん、ありがとう。」
いつも通り、部屋から出て行く際、リョーカが立ち止まった。俺はその様子につい顔を向ける。
「…大森くん、色々ありがとう。俺、ちゃんと幸せだったよ。」
リョーカがドアを向いたまま、鼻を触って言う。俺は、ふっと笑った。 俺の方を向いて、笑顔を見せると、部屋を出ていった。
リョーカは昨夜、若井の説得により、出てきてすぐに睡眠を取った。これ以上無理をさせると、この1日が無駄になってしまう。
朝になり、涼ちゃんと若井が部屋から出てきた。
「ごめん、結局昨日リョーカくんとは会えたりはしなかったよ。なかなか難しいね。」
「そりゃ無理でしょ。大丈夫だよ気にしないで。あの後ちゃんと睡眠とってもらったから。」
「うん。」
じゃあ、と涼ちゃんがまた、俺の手を取って自室へと戻る。若井は、出かける準備をし始めた。
「僕、なんだか寝てばっかりだ。」
涼ちゃんがベッドに入りながら苦笑する。
「…今日が、最後だから…。」
俺は涼ちゃんの髪を撫でて、またその身体をそっと包み込む。
「…元貴にこうしてもらってると、いつでも、いつまででも寝られそう。」
「治ったら、ダンスレッスンが待ってるんだからね、寝てばっかりもいられないよ。」
俺が言うと、はぁーい、と涼ちゃんが返事をして、目を閉じた。俺は頭をポンポンとなでる。
リョーカを、こうして朝から意識的に呼び出すことはないため、果たしてうまく交代できるだろうか、と俺は涼ちゃんの様子を注視していた。
しばらくして、深く息を吸うと、ゆっくりと目が開いた。
「リョーカ?」
「…おはよう、大森くん。」
リョーカが今までで一番穏やかな笑顔で応えた。俺はそっと身体を離し、一緒に部屋を出る。
「滉斗。」
「リョーカ、おはよ。」
若井とリョーカがハグをする。
「んじゃ、早速だけど、お出かけの準備して!」
「え?うん…。」
リョーカは戸惑いながらも、少し嬉しそうに準備をし始めた。
「若井からはなんも言ってないの?」
「1日をもらったよって、だからデートしよって言っただけ。詳しいことは内緒ー。」
「ふーん、まあ、楽しんでおいで。」
「おう。」
リョーカが着替えを済ませて部屋から出てきた。若井が好みそうな、ブラックを基調としたコーデだ。
「お、カッコい!」
「ふふん、こーいうの好きだろ。」
「すきすきー。」
若井が隣に行き、リョーカの腰に手を回す。
俺は、本当は目を逸らしたかったが、今日はリョーカの最後の日なので、ずっとその様子を見守る。
「んじゃ、行きますか。」
「うん。」
2人が手を繋ぎ、若井が玄関に向かおうとすると、リョーカが不意に戻ってきた。見送ろうと立ち上がった俺の方へ駆け寄ると、ハグをしてきた。俺は驚きで固まっていると、耳元でリョーカが囁く。
「…俺、あの歌好きだよ。」
「え?」
「庶幾の唄。」
リョーカが、俺の頬にキスをすると、若井の元へとかけて行った。
2人が手を取り合って玄関を出た後、俺も、自宅に帰る準備をし始めた。
ふと、スマホのプレイリストから、『庶幾の唄』を選択して、流す。
俺は、この歌を好きだと言ったリョーカを想って、1人部屋の中で涙をこぼした。
good morning,good night
I love youでgood-bye
傷は絶え間ない
お気に入りの服で
今日くらいは幸せになろう
ほら 愛に満ちたこの日々
では また会いましょう
コメント
4件
更新ありがとうございますー!! 相変わらず文を作るのがうますぎます、、