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湊視点「おいし……っ」
鶏ときのこの炊き込みご飯に、やわらかく煮込まれた根菜。
優しい味が、空っぽだった胃に染みわたる。
「ほんとに、一人暮らしですよね? これ、プロじゃないですか」
「え、うれしいな。料理、好きなんだ。人に食べてもらえるの」
悠真先輩は少し照れたように笑って、湯呑みを差し出してきた。
あたたかい麦茶の湯気が、二人の間にふわっと広がる。
心地よかった。
全部がおいしくて、優しくて、あったかくて。
今までの“嫌なこと”が、少しだけどうでもよく思えた。
(……なんか、落ち着く)
ふと時計を見ると、22時を回っていた。
「……うわ、やば。もうこんな時間……帰らなきゃ」
椅子を引こうとした瞬間――
「ん。ちょっと待って」
悠真が、静かに俺の腕を掴んだ。
「今夜は……泊まっていけば?」
「えっ」
「こんな時間だし、外寒いし、明日も一限ないでしょ?」
確かに、明日一限はない。
バスももう終電ギリギリだ。
「……じゃあ、遠慮なく。布団借ります」
「うん、湊ならいつでも歓迎だよ」
悠真の部屋にはベッドがひとつだけ。
俺には布団が敷かれていたけど、壁際のスペースで狭く、距離は近かった。
「なんか……近いっすね、思ったより」
「狭くてごめん。壁と俺の間、狭すぎたね」
「いや、全然いいです」
俺は毛布をかぶって横になった。
でも、なかなか眠れなかった。
隣から聞こえる悠真先輩の寝息。
寝返りの音、布のこすれる音。
(変なこと、考えるなよ)
でも――
ふと肩にかかった毛布の重みで、身体が跳ねた。
「……寒そうだったから」
悠真の声がすぐ耳元で聞こえた。
「……っ、あ、すみません……起きてました?」
「ううん。湊のこと、ちゃんと見てただけ」
その言葉に、どきりとした。
寝ぼけたような声。
でも、その手は静かに、俺の髪に指を通していた。
「……すごく、かわいい」
囁かれた言葉に、身体がこわばる。
「え……?」
「……ふふ、ごめん、冗談」
笑ってごまかす悠真。
けどその声は、どこか熱を帯びていた。
(……え、何これ)
わからない。
でも、どこか喉の奥が乾いて――妙に、胸がざわついて。
目を閉じると、悠真先輩の指の感触が、まだ髪に残っていた。
悠真視点
湊の寝息を聞きながら、俺はそっと彼の頬に触れる。
毛布の隙間から手を差し入れて、腕の細さをなぞる。
一気に手を出したら、逃げられてしまう。
だから、少しずつ、少しずつ。
“ここにいるのが当たり前”になるように。
“俺に触れられること”が自然になるように。
あと少し。
あとほんの少しで、湊は“俺のもの”になる。