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某月某日
カウンセリングデータ
氏名 小柳 ロウ
相談内容
前回カウンセリングで話した同僚と話し合いたいが、感情的になってしまいそうで出来ない。
回答
小柳さんの優しさ故に葛藤している部分が多いように思えます。話を聞く限り、仲が良く無遠慮になりがちな部分も気遣えている様子ですし、相手にもその思いやりは十分に伝わっているのではないでしょうか。
無責任に聞こえるかと思いますが、ここまでの信頼関係があるなら感情的になってもいいのではないでしょうか。お聞きした話では理屈で結論の出る話ではないようでした。その同僚とも少しお話しましたが、小柳さんをかなり信用しているようでした。
距離感は確かに大事です。しかし、距離の取りすぎで相手に声が届かなければ勿体ない気遣いになり得ます。
小柳さんは相手の話をちゃんと聞いて理解しようとする優しさがあります。カウンセラーから見てきちんと話し合いが出来る状態です。
もし、話し合いが拗れたら2人をよく知る方を頼ってもいいと思います。それが憚られるなら第三者である私が間に入ることも出来ます。
今まで同僚を大事にしてきた自分を信じて話し合えば大丈夫です。
制服が煩わしい年頃。
陽炎が如く揺れる夏の記憶。
あの時、互いを好き合って恋人同士だった2人。
制服を放ってエアコンのない部屋で初めて体を重ねた。
成熟しきっていない獣どうしのぎこちない大人の真似事。
察しの悪いガキだったから彼が泣いていることに気がつかなかった。
「へ…?…ごめん…ごめん!…大丈夫?!」
「……うん」
必死になって謝って彼の大きな目から流れる涙を拭って、どうすればいいか分からなくなってとにかく安心させたくて抱きしめた。
「セックスなんか簡単に出来るもんだと思ってた」
ぽつん、と彼が掠れた声で言った。
事前にしっかりと調べて慣らしてきたにも関わらず彼の体は痛みとしてこれを受け取った。
若いせいで求めて止まらない肉欲に満足のいかない結末。ぽろぽろと涙を零す彼に安心させるようにそっと口付けた。
慰めるようにキスした。
指を絡めて握った。
華奢な体を抱きしめた。
肌を触れ合わせれば吸い付くような感覚が心地良かった。
「……ごめん。痛かったよな」
「思ってたのと違ったからびっくりしただけ」
「無理しないで言ってくれよ」
「ふふ、無理なんかしてないよ。ロウが優しくしてくれたのよく分かってたから」
「だから言えって」
「ごめん、ごめん」
さっきまで泣いていたのに少し嬉しそうにしていたのが理解出来なかった。
「ねぇ、もっとしよ」
せがむようにして彼が言う。
「キス?」
聞けば頷く。傷を塞ぐように深く口吻した。穴を埋めるように、足りないものを分け与えて凌ぐように。
「…ろう」
「ん?」
「……もっと」
「…くっつきながらしよっか」
彼が手を伸ばしてくるから手を握った。背中に腕をまわしてぎゅっと抱き寄せる。
蒸し暑い空気と汗と柔らかい石鹸の匂い。
もう俺にしかない、背伸びをし過ぎた2人の記憶。
その後、行方不明になった彼。でも、なんとなくふらっと帰ってきそうな気がして待っていた。
でも、帰って来なかった。彼との思い出は幸せな過去のものになっていく。苦しかった。てっきり、ずっと今を一緒に生きていくものだと思っていたから。
何十年か経って再会した彼は記憶喪失になっていた。
「どうしましたか?幽霊でも見たような顔してますね」
死んだとは思っていなかったが、信じられない思いで彼を見た。
姿が変わっていているのに声や喋り方は同じで、俺に初めましてと挨拶してきた。
「初めまして」
思い出は思い出のままにしよう。その時決めた。
古傷はある。分厚く擦れた酷い傷。でも、あまりにも時間が経ちすぎていた。
どれだけ明けない夜を望んでも勝手に明日が来てしまうのを知ってしまっていた。