「ね、せんせ
私学校辞めたい」
一番上のボタンまで止められたシャツ
一切折られた形跡の無いスカート
踝の少し上まで上げられた靴下
切り揃えられたぱっつん前髪
傷みの少ないさらさらストレート黒髪
そして砕けることのない敬語
此等は人々を優等生と言う他無い
「… は?それまじ?」
強張っていく表情を無視して、小悪魔的な笑みを魅せつけた。
ほんとは本音だったなんて此の学校を卒業する迄言えない秘密だ
「なーんてね、冗談だよ
せんせが私の事どう思ってるのか知りたくて」
優等生は珍しく目上の人を友達のように砕けた口調で扱う
其れでも優等生だと言う印象が消えないのは先生を手伝いをしているからだろうか。
「俺は賀東が居なきゃ困るからなあ」
其の言葉が欲しかった。
優等生と言えど優越感に浸りたいし、
どうしようもなく負けず嫌いだ
だから求められていると解る其の一言で憂鬱でしかない学校にも足を運べる
今日も誰かが私を待っているんだ
「あはは、賀東サンは死なない限り学校来ますからね」
そう、‘死なない限り’。
其れでもふと考える
優等生じゃない私はもう必要では無いのだろうか
此れは唯の社交辞令なのでは無いだろうか
此の言葉は私にだけ掛けている言葉なのだろうか
目に映らない鎖はじわじわ首を絞める
私にとって必死も頑張りも
他からすれば媚売っているし馬鹿げてる。
私なりの戦略をして何が悪い?
そんな汚らしい思考は、せんせ嫌い?
「おー頼んだぞ!
でも賀東、しんどかったら何時でも俺んとこ来いよ」
貴方はどれだけ生徒思いなのでしょうか
今迄求められなかった私ですが
今の私は求められる、此れだけで涙を堪えているとか可笑しいですか
もう既にしんどいと言ったら
貴方はどんな微笑を貼り付けますか
此の問は何時答えてくださるのでしょうか
私が求めている答をきっと当てられるのはせんせだけ
どの数式を解くより難しいけれど
貴方は貴方の儘で居ればきっと解るよ
処で本当に賀東求めているのは結局どっちなんだろうね
「何時もありがと」
照れ臭くて声が小さくなる。
耳がほんのり紅く染まる。
歩幅が小さくなってせんせに追いつかなくなる。
貴方が教師で居てくれて心底良かった
そうでないと私恋に堕ちてた
「何か言ったか?」
ストレスの所為で片耳が聞こえにくい、
そう言っていた
其れを解ってて伝えた御礼
だから前言撤回
「んーん、しんどいことなんて無いよって言っただけ」
唯其れだけ。
しんどいなんて私知らない。知らなくていいの
今は唯せんせの優しさに溺れるの
誰だって猫を被る
本当の気持ちを言い続ける奴はきっと少ないだろう。
そして人は誰しも好きと嫌いを持っている
叫び足りないほどの辛さも。
バッグにはぎゅうぎゅうとはち切れんばかりに、ペットボトルに入った灯油が隙間なく詰められていた。
ポケットには安価で手に入れたマッチも入っている。
物から何をするなんて想像できるだろう
けれど彼女が他人に付けられた評価は‘優等生’
そんな子が到底放火しようなんて考えられない。
其れを見越して彼女は決行するのだ
寒い時期だからストーブ近辺を燃やせば其れっぽくなるかな
右肩が重くても今は足取りが軽い。
母は仕事
迷惑がかかると思うけど完璧な娘を一生妬むだなんて可哀相な人生を変えてあげる。
ペットボトルを開けてきつい匂いを我慢しながら水音を鳴らす
灯油だけでなく燃えやすい物達も巻いた。
その中にはテストも成績表も殴り書かれた暴力的言葉の手紙も入っていた
手がベタベタになりながら
私は扉を全開にした近くの寝室へと寝る準備を整わせ、
マッチを付け灯油の上から落とす
急いで寝室へと戻り毛布を掛け、瞼を閉じる。
恰も眠っていたかのような配置であれば怪しまれる事はない
そして本当に眠ってしまえば痛いのを知らないで済む。
煩い
熱い
暑い
痛い
臭い
恐い
怖い
辛い
寝室で寝ていた筈なのに、やけに身体が揺れる
「あっつ … 」
声を漏らしてしまっていた
恐る恐る目を開けると頭の直ぐ上にせんせが見えた
改めて揺れている原因が分かった
抱き抱えられているという事実が恥ずかしくて外に出たら身体をじたばたさせた。
「おっ、賀東やっと起きたな。何処か痛くないか?」
不意に目が合う
暑さなのか、羞恥なのか、嬉しさなのか、将又緊張なのか顔が熱くなっていく
両腕から降ろされてなんとなく不思議な感覚になる
「なんで居るんですか」
「賀東の家から学校迄近いだろ。学校から火見えてもしかしたら、って思って来てみたんだよ」
泣くから笑わないでほしい
「だからって入りますかね。不法侵入じゃないですか」
勘違いするから助けないでほしい
「賀東が助かるなら其れでいいんだよ」
かっこよく見えるから話し掛けないでほしい
「あの今相談いいですか」
首を傾げられた
まあ今じゃないかもしれないけど此れを逃すことはできない
「死のうとしたんです。なんか全部嫌でどうでも良くなって」
其れだけ伝えて黙りこくった
俯いて幻滅されたと涙を堪えた
せんせは何も言わず私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
これじゃあ自慢の黒髪ストレートロングが消えちゃうじゃないか
「俺が居るからな、俺の為に生きてくれないか」
其れだけ言って手を止めなかった
「私ねせんせが好きなの」
流石に動揺したのか手が止まった。
俯いていたけれど顔を上げるか悩んで辞めてしまった
それでもせんせは何か考えたのか、私の手を引いた
されるがまま全身があったかい温もりに包まれた
お母さんにちゃんとごめんなさい言おう
消防隊員さんにちゃんとありがとう言おう
そしてもっとせんせを愛してみよう
せんせの為に生きてみよう
fin.
コメント
3件
ねーーー待って天才すぎる💧 最初の1言目でもうギュインって世界観に引き込まれました 先生沼過ぎ🤦🏻♀️🩷 語彙力半端なくて読むの楽しすぎた!!! せんせ呼び名の超絶可愛いですねありがとうございます 私はぐみちゃのこどせんせって呼ぼうかな