テラーノベル
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第31居住区へ入って最初にハルが思ったのは。
村に似ている。
だった。
家がある。
畑がある。
人がいる。
子供が走っている。
洗濯物が干されている。
境界の形も、建物の配置も違う。
それでも、暮らしの匂いは同じだった。
「もっと怖い場所想像してた」
ハルが小声で言う。
「聞こえる」
ミオが言う。
前を歩くレンが振り返った。
「何が怖い場所だ」
「何でもない」
「聞こえてる」
「そっちだって俺たち敵だと思ってたじゃん」
「まだ思ってないとは言ってない」
ハルは口を閉じた。
案内されたのは管理棟らしい建物。
17より大きい。
壁には古い工具や地図。
警備員が多い。
棒。
弓。
腰に刃物。
古い銃を持つ者は少ない。
「戦争するの?」
ハルが聞く。
レンが呆れる。
「しない」
「武器多い」
「外から人が来た時のため」
「俺たちみたいな?」
「そう」
ミオが周囲を見る。
「昔、何かあったんだね」
レンの足が止まる。
「何で分かる」
「何もなかったら、ここまで警戒しないと思っただけ」
ガイが扉を開ける。
「入れ」
部屋には机。
椅子四つ。
ハルとミオ。
向かいにガイ。
レンは壁際。
「どこから来た」
「第17居住区」
ハルが答える。
「それは聞いた。場所だ」
ミオが地図を出す。
中継所から南西。
ガイは地図を見て表情を変える。
「この中継所へ入ったのか」
「はい」
「何を見た」
「古い通信記録」
「他には」
「昔17から出た人の記録」
レンが反応する。
「人?」
「ソウさん。五十年近く前」
「31へ向かったみたい」
ガイの顔が硬くなる。
「名前は知らん」
「昔、南から来た人の記録ないですか?」
「ない」
答えが早い。
ミオは何も言わない。
ハルには分かった。
疑っている。
ガイが質問を続ける。
「17には何人いる」
ハルはミオを見る。
「答えないのか」
「そっちには何人いるんですか?」
ミオが返す。
ガイの眉が動く。
レンが少し笑った。
「何がおかしい」
父に睨まれる。
「別に」
「人数を聞く理由は?」
ミオ。
「脅威の確認だ」
「私たちも同じです」
「お前たちは二人でここへ来た」
「だから17が弱いとは限らない」
ガイはしばらくミオを見る。
「頭が回るな」
「普通です」
ハルは少しだけ誇らしかった。
結局、ガイは先に答えた。
「二百十前後だ」
「うちは二百五十八」
ハルも答える。
ミオが睨む。
「いいだろ。向こう言ったし」
「そういう問題じゃない」
レンが吹き出す。
「仲悪いのか」
「幼馴染」
「それが何」
「知らない?」
「知らない」
同じくらいの年なのに、知っている言葉まで少し違う。
質問は続いた。
水。
食料。
病気。
武器。
ハルは途中で止めた。
「何でそんなこと聞くんですか」
「互いを知りたいんだろ」
「武器の数まで?」
「大事な情報だ」
「戦うつもり?」
ガイの顔から表情が消える。
「戦わないために知る」
「どういう意味?」
「相手が何をできるか分からないことが、一番危険だ」
ハルはシンを思い出した。
似ている。
言い方は違う。
でも、分からないものを怖がるところは同じ。
「昔、外の人と争ったんですか?」
ミオが聞いた。
部屋が静かになる。
レンが父を見る。
ガイは隠さなかった。
「中央との連絡が途絶えたあと、北東の居住地から人が来た」
「何しに?」
「食料と部品を求めて」
「分けなかった?」
「最初は分けた」
ガイの声は淡々としている。
「次は人数が増えた。こちらも余裕がなかった。倉庫へ入ろうとした者を止め、争いになった」
「死んだ人は?」
「いた」
ハルは何も言えなくなる。
「向こうも?」
「いた」
「それで外の人は敵?」
「敵になる可能性があると学んだ」
ガイは言う。
「腹が減れば、人は変わる」
17では聞かなかった歴史。
31の壁にも理由がある。
「その人たち、今は?」
「知らん」
「確認しない?」
「必要ない」
また同じ言葉。
ハルは思わずレンを見る。
レンも父を見ていた。
夕方。
二人は帰るつもりだった。
しかしガイが止めた。
「今日は泊まれ」
「何で?」
ハルが立つ。
「日が落ちる」
「中継所まで戻れます」
「夜道は危険だ」
「帰る約束してる」
「明日帰ればいい」
ミオが聞く。
「私たち、拘束されてますか?」
レンが息を呑む。
ガイは少し間を置いた。
「保護だ」
「帰りたいと言っても?」
「今日は認めない」
「それを拘束って言うんじゃないですか」
部屋が静まる。
ガイは怒らなかった。
「そう呼びたければ呼べ」
ハルの胸がざわつく。
17の境界。
守るため。
閉じ込めること。
同じ言葉がここにもある。
「父さん」
レンが口を開く。
「帰すって言った」
「問題がなければ、と言った」
「何が問題?」
「17の状況を確認するまでだ」
「どうやって?」
「明日考える」
レンは納得していない。
ハルは立ったまま言う。
「俺たち、敵じゃない」
ガイは答える。
「敵は最初から敵の顔をして来るとは限らない」
「じゃあ、どうしたら敵じゃないって分かるんですか」
ガイは黙った。
ハルは続ける。
「何をしても疑うなら、ずっと分からないままじゃん」
レンがハルを見る。
その言葉は、父に向けられている。
でも。
レン自身にも向けられている気がした。
夜。
二人に小さな部屋が与えられた。
外に見張り。
鍵は外側。
「完全に拘束だね」
ミオが言う。
「保護らしいよ」
「17でも似たこと言われた」
ハルは窓を見る。
鉄格子はない。
外には31の家々。
灯り。
人の声。
敵の村ではない。
普通に暮らす人たち。
なのに、自分たちは外から来たというだけで閉じられている。
「レン、来るかな」
「何で?」
「納得してなかった」
しばらくして。
廊下から足音。
小さな窓の向こうにレンの顔が現れた。
「起きてるか」
「起きてる」
「聞きたいことがある」
レンは声を落とした。
「17では、外の人間を何て教わる?」
ハルとミオは顔を見合わせた。
「何も」
「何も?」
「外に人がいるって教わってなかった」
レンの顔が固まる。
「じゃあ、俺たちのことも?」
「知らなかった」
レンは黙った。
自分たちは17を知らなかった。
17も31を知らなかった。
それなのに。
31では、外の人間は危険だと教わっている。
レンの中で、初めて小さな疑問が生まれた。
管理棟を出たあと、レンは二人を宿泊用の部屋へ連れていく前に、短い範囲だけ31の中を歩かせた。
ガイの許可した経路だ。
「ここから外れるな」
「分かってる」
ハルは周囲を見回す。
工房から金属を削る音がする。
17ではあまり聞かない音だ。
一方、畑は小さい。
土の色も乾いて見える。
「畑、これだけ?」
ハルが聞く。
レンは少しむっとした。
「悪いか」
「悪いじゃなくて。うちはもっとある」
「その代わり、こっちは金属を加工できる」
「すごいじゃん」
素直に言われて、レンは拍子抜けした。
工房の前では、壊れたポンプの羽根を削り直している男がいた。
ミオが足を止める。
「これ、水の設備?」
「そう」
「17にも似たのがある」
「同じ規格?」
「分からない」
レンも覗き込む。
古い中央規格の刻印が残っている。
もしかすると、17の設備と共通する部品があるかもしれない。
「交換できるもの、あるのかな」
ハルが言った。
レンは反射的に答える。
「何と?」
「食べ物とか」
「勝手に決められないだろ」
「俺も」
二人は同時に言って、少し笑った。
その様子を遠くからガイが見ていた。
夜の取り調べが終わったあと、レンは父に呼ばれた。
「近づきすぎるな」
「何が?」
「17の二人だ」
「話しただけ」
「話せば情が移る」
「情が移ったら判断できない?」
「難しくなる」
レンは父を見る。
「父さんは、昔争った人を知ってるの?」
「直接は知らん」
「じゃあ記録?」
「記録と、前の世代から聞いた話だ」
「俺と同じじゃん」
ガイの目が細くなる。
「何が言いたい」
「俺もハルたちを知らない。父さんも知らない」
「だから警戒してる」
「それは分かる」
レンはそこで言葉を選んだ。
「でも、知らないまま帰さないなら、いつ知るの?」
ガイは黙った。
しばらくして、窓の外を見た。
「お前が小さいころ、配給が三割減った年があった」
「覚えてる」
「お前は腹が減ったと毎晩泣いた」
「そこまでは覚えてない」
「俺は覚えてる」
父は静かに言った。
「もしその時、外から二十人来たらどうする。子供もいる。食わせてやりたい。でも食わせれば、お前たちの分が減る」
レンは答えられない。
「警備は、人を嫌う仕事じゃない。選ばなければならない時に、内側を守る仕事だ」
ガイの言葉には重さがあった。
だからレンは、父を間違っているとは思えなかった。
ただ、一つだけ疑問が残る。
内側とは、どこまでなのか。
中央があったころ、17と31は同じ仕組みの中にいた。
今は互いを外と呼ぶ。
その線を引いたのは誰なのだろう。
部屋へ戻る前、レンは17の二人がいる扉の前で立ち止まった。
中から小さな話し声がする。
敵の声には聞こえない。
もちろん、声だけでは何も証明できない。
それでもレンは初めて、「警戒すること」と「敵だと決めること」は同じではないと思った。
コメント
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マジで今回のエピソード、じんわり胸に沁みた……😭💕 31居住区、最初は「村に似てる」ってハルが言うところでまず心掴まれた!SF世界なのに「暮らしの匂い」が同じって描写がもうね、すごく人間味あって好き。で、ガイとの問答シーンの緊張感やばかった……「敵は最初から敵の顔をして来るとは限らない」って言葉、重すぎる。でもハルが「何をしても疑うならずっと分からないままじゃん」って真っ直ぐ返すとこで泣きかけた💦 レンの「内側とはどこまでなのか」って自問もめちゃ響いた。17と31、壁の向こう側にいるのは「敵」じゃなくてただの同じ人間なのに……って思わされる。この回、閉鎖世界の中で通じ合おうとする登場人物たちの温度がすごく伝わってきて大好きです!続き気になる〜😭🌸