テラーノベル
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翌朝、レンは父に嘘をついた。
「南の見張り、代わります」
本当の目的は別だった。
古い記録庫へ入るため。
31の管理棟地下。
中央との通信が途絶えたころの記録が残っている。
普段、十五歳の見習いが読む場所ではない。
鍵は警備室にある。
レンは父の鍵束から記録庫の鍵を覚えていた。
盗むつもりはない。
管理担当の母エナに頼んだ。
「昔の記録見たい」
「何の?」
「外の人との争い」
母の顔が変わる。
「どうして」
「昨日の二人が来たから」
「お父さんに聞けば」
「父さんが知ってる話じゃなくて、記録が見たい」
エナは息子を見た。
「何が違うの」
レンは答えに詰まる。
ハルの言葉が浮かんだ。
どうしたら敵じゃないって分かるんですか。
「自分で確かめたい」
母はしばらく黙った。
そして鍵を出した。
「一時間」
「いいの?」
「読んだら、ちゃんと戻す」
記録庫。
埃。
古い紙。
レンは争いの記録を探した。
中央通信停止から十数年後。
『北東区域より避難者十一名』
最初は受け入れている。
食料を配給。
一部は31で作業。
次の年。
さらに二十三名。
備蓄不足。
受け入れ制限。
その後。
『倉庫侵入』
『警備員負傷』
『衝突』
死者。
31側三名。
相手側二名。
レンは紙を握る。
父から聞いた話は嘘ではない。
外から来た人間と争い、死者が出た。
だが。
その前に一年以上、一緒に暮らしていた人もいる。
記録の続き。
『北東区域との接触を停止』
さらに後。
『外部者への警戒を強化』
次の世代。
『外部者は資源奪取の危険あり』
さらに後の教育資料。
『外部者は居住区の安全を脅かす』
そして現在。
外から来る人間は敵かもしれない。
言葉が少しずつ変わっている。
レンは寒くなった。
嘘ではない。
でも同じでもない。
午後。
ハルとミオはまだ部屋にいた。
ガイは17へ偵察を出すか検討している。
レンは食事を運ぶ役を引き受けた。
扉を開ける。
「昨日の質問」
ハルが言う。
「何?」
「紙書いたの、本当にレン?」
「そうだ」
「何で?」
レンは食事を置く。
「足跡を見つけたから」
「怖くなかった?」
「怖かった」
「じゃあ何で呼んだ?」
レンは答えられない。
知りたかった。
17に人がいるのか。
どんな人間なのか。
それはハルたちと同じだ。
ミオが聞く。
「中央と最後に話したの、いつ?」
レンの手が止まる。
「何?」
「31の中央通信」
「知らない」
「調べたことある?」
「ない」
「17では、何十年も前に止まってる」
「こっちも同じだろ」
「同じ日?」
レンは顔を上げる。
「何で同じ日だと思う」
「同じ中央につながってたなら、確認する価値あるでしょ」
「そんな昔の日付」
「覚えてる」
ミオは、17の記録で確認した最後の通信日を言った。
レンは何も答えなかった。
その足で記録庫へ戻った。
通信記録。
最後。
日付を見る。
同じだった。
一日も違わない。
内容も似ている。
『現状の安全手順を維持。次回指示を待機』
その後。
通信なし。
待機。
物資便なし。
区域内備蓄へ切替。
17と同じ。
レンは紙を持って父のところへ行った。
「これ知ってた?」
ガイが見る。
「何だ」
「最後の中央通信」
「昔の記録だ」
「17も同じ日だ」
父の顔が変わる。
「誰から聞いた」
「ミオ」
「余計なことを」
「何が余計なの」
「お前は警備見習いだ。外部者の話を簡単に信じるな」
「記録と同じだった」
「だから何だ」
「同じ中央につながってた。同じ日に切れた。17も31も」
「昔はな」
「じゃあ何で敵なの」
ガイが黙る。
「争いがあったのは本当だった。でも最初は受け入れてた。何年か一緒に暮らしてた人もいた」
「記録庫へ入ったのか」
「母さんに鍵借りた」
ガイの顔が険しくなる。
「レン」
「自分で確かめた」
その言葉に父が止まる。
「父さんは言ったよね。外から来る人は危険だって」
「危険になり得る」
「それは本当。でも、全員が敵って意味じゃない」
「俺は全員が敵だとは言ってない」
「じゃあハルたちは?」
父は答えない。
「何をしたら帰していいの?」
「17の意図が分かれば」
「どうやって?」
「偵察する」
「向こうから見たら、それこそ敵じゃない?」
ガイは息子を睨んだ。
「お前は二人に影響されすぎだ」
「違う」
レンは首を振る。
「二人が言ったからじゃない。記録を見たからだ」
夕方。
レンは再び二人の部屋へ行った。
今度は見張りを下がらせた。
「父さんはまだ帰すって言ってない」
「じゃあ何?」
ハルが聞く。
「最後の通信、同じだった」
ミオが立つ。
「本当に?」
「同じ日。同じような内容」
「見せて」
「無理」
「なんで」
「持ち出せない」
「じゃあ私が見る」
「もっと無理」
ハルが笑う。
「ミオ、こっちでも変わらないな」
「何が」
「証拠」
レンは二人を見る。
敵。
そう思おうとしてみる。
できなかった。
だからといって、味方とも言い切れない。
ただ。
知らない人。
それだけだ。
「一つ聞きたい」
レンが言う。
「何?」
ミオ。
「17では、中央から次の指示が来なかったあと、誰が境界を閉じ続けるって決めた?」
ハルとミオは黙った。
「分からない」
ハルが答える。
「昔からそうだから」
レンは笑えなかった。
31も同じだった。
父が決めたわけではない。
祖父でもない。
もっと前。
中央との通信が切れたあと、その時の人たちが決めた。
そして次の世代が引き継いだ。
「自分で確かめたことある?」
ミオが聞く。
「何を」
「外の人が敵だって」
レンは彼女を見る。
昨日までなら腹が立った。
今日は答えが違う。
「ない」
その一言を口にした瞬間。
レンの中で、境界の位置が少しだけ動いた。
レンは記録庫で、争いの前後だけでなく、そのさらに古い資料も探した。
中央との連絡がまだあったころの区域間輸送記録。
C-17から穀物、乾燥野菜、種子。
C-31から工具、金属部品、修理済み機器。
数字は欠けているが、何年も往復していたことは分かる。
「敵どころか、交換してた」
思わず声が出た。
エナが棚の向こうから顔を出す。
「何?」
「17と31」
母は資料を見て、驚かなかった。
「知ってた?」
「似た記録は見たことある」
「何で教えないの」
「聞かれなかったから」
「学校でも習わない」
エナは困った顔をした。
「今の生活に必要なことを優先して教えてるのよ」
「外の人が危険っていうのは必要?」
「警戒は必要」
「交換してたことは?」
母は答えるまで少し時間を置いた。
「それも、今思えば必要だったかもしれない」
レンは資料を戻した。
誰かが意図的に歴史を消したわけではない。
今日の暮らしに必要だと思われた部分が残り、使わなくなった部分が落ちていった。
その結果、警戒だけが強く残った。
17では中央という言葉が教材から薄れ、31では交流した記録が薄れた。
違う場所で、似たことが起きている。
レンは最後の通信記録をもう一度開いた。
日付。
2081年6月17日。
その下に、短い文。
『現状の安全手順を維持。次回指示を待機』
「次回って、いつだったんだ」
返事は紙のどこにもない。
翌日。
通信なし。
その翌日も。
やがて確認の間隔が一日から一週間、一か月へ伸びる。
そして通信設備の保守記録自体が減っていく。
17で起きたことをレンは知らない。
けれどミオの話が本当なら、同じような時間が流れたのだろう。
午後、ガイは偵察計画を広げていた。
「二人を帰す前に、17の位置だけでも確認する」
警備員の一人が言う。
「向こうの境界へ近づくんですか」
「遠方から見る」
「見つかったら?」
「退く」
レンは横から聞いていた。
父の計画は慎重だ。
侵入するつもりもない。
それでも、ハルたちに黙って行けばどう見えるかは想像できた。
「父さん」
「何だ」
「ハルたちに言おう」
「必要ない」
「向こうも俺たちを怖がってる」
「だから情報を増やす」
「黙って近づいたら、向こうから見た俺たちの情報は『31はこっそり偵察する』になる」
ガイの手が止まった。
レン自身、言ってから驚いた。
警備とは、相手を見ることだけではない。
自分がどう見られるかも考えなければならない。
「じゃあどうする」
父が聞いた。
初めてだった。
命令ではなく、意見を求められた。
「二人を帰す。途中まで警備がついていく。17の境界には近づかない。二人が帰って、向こうの大人に31があるって伝える。そのあと、場所を決めて話す」
「17が兵を連れてきたら?」
「その可能性はある」
「食料を要求したら?」
「それもある」
「なら危険は変わらん」
「変わらない。でも、こっちが先に敵みたいな動きをしないことは選べる」
ガイは長く息子を見た。
「お前、警備に向いてないかもしれんな」
レンの胸が沈む。
しかし父は続けた。
「俺より向いてる可能性もある」
「どっちだよ」
「まだ分からん」
レンは思わず笑った。
その答えは、ハルやミオがよく使う言葉と同じだった。
夕方、レンは二人の部屋へ向かった。
扉の前で鍵を握る。
まだ父から解放の許可は出ていない。
けれど、話は動き始めた。
外の人間が敵かどうかではない。
知らない相手を、知らないまま敵にするのか。
知ろうとしたうえで、必要な警戒を続けるのか。
31が次に選ぶのは、その違いだった。
コメント
1件
第25話、じっくり読みました。レンが記録庫で事実を確かめに行く姿勢、とてもよかったです。「敵」という言葉が世代を経て少しずつ意味を変えていく描写が丁寧で、胸に残りました。特に「自分がどう見られるか」を考え始めたラストの父子の会話、あの距離感が好きです。知らない人を、知らないまま敵にしない——その選択肢をレンが掴みかけた、静かな一歩に励まされました。