テラーノベル
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鳴海と無陀野が再び行動を開始してすぐ、街のどこかからドンという大きな爆発音が聞こえてきた。
2人が揃って目を向ければ、500m程先にあるビルが大量の煙に包まれているのが見える。
「無人くん、あれって…関係あるよね?」
「このタイミングで起こった以上、ないとは言い切れないな。」
「行って確かめるのが早そうだね。」
「そうだな。現場が荒らされる前に向かうぞ。」
「うん!」
行き先を変更すると、2人はまた猛スピードで走り出した。
だが走り出して数十分が経った時、不意に無陀野は足を止めた。
そしてポケットに手を入れながら、勢い余って背中にぶつかって来た鳴海を気にかける。
「へぶっ…!ごめん、無人くん!」
「悪い、大丈夫か?」
「平気ぃ…あ、電話?」
「あぁ、真澄からだ。」
そう言ってスマホの着信画面を見せると、無陀野は通話ボタンとスピーカーのアイコンをタップした。
鳴海にも聞こえるように手のひらに乗せて声をかければ、スマホの向こうから慣れ親しんだ声が聞こえてくる。
「どうした。」
《鳴海にも聞かせたい。スピーカーにしてあるか?》
「あぁ。」
《今さっきの爆発のことだ。》
「それなら今向かってる。」
「俺たち絡み?」
《そうだ。一ノ瀬が居場所を掴んだが、そこが爆破された。》
「四季ちゃんが…!」
「半グレは?」
《あの規模だ。恐らく全滅だろう。》
「そんな…」
《一旦立て直す。アジトに戻れ。》
「分かった。」
淀川との通話を終え、スマホをポケットにしまった無陀野は、何かを考え込んでいる鳴海に気づく。
静かに声をかければ、鳴海はゆっくりと自分の中にある考えを言葉にしていった。
「鳴海?」
「…四季ちゃんが行く先々で火にまつわる事件が起こってる。これで3件目だよ。いくら何でもおかしいよね…?」
「確かに、偶然にしては重なり過ぎてるな。」
「ぶっちゃけ心当たりが無いわけではないけど確証が無いから下手に口出し出来ないんだよね」
「今、真澄が情報を集めて整理してるところだろう。状況が見えてくれば、お前の気持ちももう少し落ち着くはずだ。とりあえず一旦戻るぞ。」
「うん…!」
鳴海と無陀野がアジトへ到着してから少しして、外に出ていた全員が再び顔を揃えた。
壁に背を預け座り込んでいる一ノ瀬が気になりつつも、鳴海は淀川の言葉に集中する。
偵察部隊の調査によれば、やはり半グレ集団は全滅したようだった。
「半グレは全滅。練馬の桃は警戒を強化。これで俺らは完全に受け身状態だな。唯一の収穫は神門って桃とその上司の存在だな。」
「あー…神門ちゃんが、桃太郎…やっぱりね…全部の辻褄が合った」
「あぁ。鳴海も知ってんのか?」
「まぁ…潜入してる時からの仲で他の子に比べて温厚な子だったのにな…変装してたのも何か理由があったからってのは薄々思ってたけど」
「さっき一ノ瀬から聞いた話だと、皇后崎をさらった桃はその神門って桃の上司だな。多分隊長で、一連の放火もそいつの仕業だろう。恐らく放火の目的は、最初から神門って奴に誤解させるため。とにかく神門って桃とお前を意図的にぶつけたかったって感じか?狡猾な奴だ。病院を放火するだけじゃなく、姉妹の家まで燃やすなんて。しかも全部一ノ瀬に疑惑が向くように計画されてる。とどめは凄惨な現場で出会わせて、一ノ瀬を極悪な鬼に仕立て上げた。おかげで向こうはやる気満々になったみてぇだな。」
そこまで聞いて、鳴海はようやく一ノ瀬が黙り込んでいる理由を理解した。
自分が教えた場所が悉く火事になるとあれば、神門が一ノ瀬に疑惑を持つのは当然のことだろう。
今回の半グレの居場所も、きっと神門を頼ったに違いない。
そしてそこで2人は出会わされてしまったのだ。
「一ノ瀬、お前ははめられたってことだ。知り合いが実は桃だったって話はなくもねぇ。つってもよくある話でもねぇけどな!はは!」
「何が面白ぇんだよ!ヘラヘラしやがって!俺は別に神門が桃だからショック受けてんじゃねぇ!誤解して話も聞かず、一方的に殺意向けられたことに腹がたってんだ!」
「四季ちゃん、落ち着いて…!」
淀川の言葉にイラだった一ノ瀬は、バッと立ち上がると偵察部隊隊長の胸倉を掴む。
だが胸倉を掴んだその腕に、すぐに第三者の手が添えられた。
反射的にそちらに目をやれば、慌てて駆け寄って来た鳴海の姿。
悲しそうな、不安そうな表情の天使を見て、一ノ瀬は力が抜けたように手を離した。
「なんで…話聞いてくれねぇんだ…俺はあいつと戦いたくねぇのに…」
「四季ちゃん…それは…」
「鳴海、下がってろ。戦いたくねぇけど話は聞いて欲しい?馬鹿かお前。お前の話なんか誰も聞かねぇよ。なんでか分かるか?お前が弱いからだ。弱い奴の話なんか聞いちゃくれねーんだよ。」
「どーゆうことだよ…?」
「四季、俺たち鬼はなんで桃と戦うかわかるか?」
「そりゃ桃が鬼を殺そうとしてくるからだろ…?」
「確かに鬼を絶滅させようとする桃に抵抗するためでもあるが、本質はそこじゃない。」
“話し合いの席に座らせるためだ”
淀川からバトンを受け取った無陀野はそう言って、この戦争の本質について話し始めた。
このまま殺し合いが続けば、最悪の場合、双方が絶滅する可能性もある。
だからそうならないように、互いに納得できる”落とし所”を決めるための話し合いが必要なのだ。
しかし桃太郎は自分たちが正義だと信じ、鬼を格下に見ている。
弱い奴の話は聞く必要がないと、そう思っているところに問題があった。
つまり鬼側が今しなくてはいけないのは、武力を見せつけ、このまま戦争を続けることは得策じゃないと理解させること。
「わかるか?戦わないと、話し合いの席にすら座ってもらえない。弱いと話も聞いてもらえない。弱者の話を聞いてくれる程、世界は優しくできてない。どんな理由であれ、お前は誤解され殺意を向けられた。そうなったらもう今のままじゃ話は聞いてもらえないだろうな。じゃあどうする?声をかけ続けるか?一度出した殺意を収めるのは簡単じゃない。戦わなければ殺されて終わりだ。極悪のレッテルを貼られたまま死ぬだけだ。嫌なら戦え!耳を引っ張ってでも話を聞かせるんだ。戦わない奴の言葉は誰にも届かない。話し合いの席に座ってほしいなら、戦う覚悟を決めろ。」
無陀野にそう言われたものの、一ノ瀬は納得できずにいた。
輪から外れた彼は、誰も通らなそうな廊下に再び座り込む。
“何故戦いたくない人と戦わなければいけないのか”
その答えが出ないまま、どのぐらいの時間が経っただろう…
不意に隣に人の気配を感じる。
そちらを見なくても、隣から感じる優しい空気で誰だかすぐに分かった。
「…爆破された現場に神門が来てさ、”ナツ君?”って呼びかけてきたんだよ。俺それに普通に反応しちゃって…おまけに神門の名前まで言っちゃってさ。でも振り返った時、あいつすげー悲しそうな顔してて…もうそっからは一方的に敵だとか、嘘つきだとか言われて…全然話になんなかった。」
「そっか。…お祭りの時に神門ちゃんが言ってたこと覚えてる?」
「言ったこと?」
「うん。神門ちゃんさ、”その人が悪かどうか自分で見て判断したい”って言ってたんだ。」
「あー確かに言ってたかも。」
「今神門ちゃんは、仕組まれたとはいえ、自分の目で見て四季ちゃんは悪い奴だって判断した。だから全力で拒絶しようとしてる。」
「…」
「でもだったら、その逆もできると思うんだよね。」
「逆?」
そう言いながら隣へ顔を向ければ、”そう!”と明るい声で答えた鳴海が微笑んでいた。
いつも自分を助けてくれる鳴海の言葉を、珍しく静かに待っている一ノ瀬。
そんなワンコのような姿に、鳴海はまたふわっと笑いかける。
「自分の目で見れば、神門ちゃんは悪だけじゃなくて善の方もちゃんと判断できる。だから自分は何も悪いことはしてないし、神門ちゃんが思ってるような奴じゃないって、アピールし続けるの。」
「でも俺の方見てくんねーし…」
「見てくれないなら、四季ちゃんの方から神門ちゃんの視界に入っていけばいい。無人くんや真澄くんは強い言葉を使ったけど、相手の目の前に立たないと始まらないってことを言いたかったんだと思うよ。目を見てしっかり伝えれば、神門ちゃんは必ず分かってくれる。彼はそういう人だと思う。…違う?」
「違わない。俺も…そう思う。」
「うん!…相手の前に立てば、当然攻撃されることもある。でもほら男子ってさ、ケンカしても次の日すぐ仲直りしてるじゃん。あれと同じだよ。だから神門ちゃんとちょっとケンカしてくるつもりで、ねっ?」
「ケンカなら得意だわ!」
「ふふっ。それでこそ四季ちゃんだよ!」
「…鳴海ってすげーな。」
「え?」
「体だけじゃなくて心も治せるとか、マジで天使じゃん!」
「て、天使話は今いいから…!」
照れくさくなって急にワタワタする鳴海に笑顔を向ける一ノ瀬は、どこかスッキリした表情をしていた。
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