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「残ってる隊員はいねぇな!?別アジトに行ったな!?したら俺らも移動すんぞ!」
緊急の引っ越し作業が終わり、すっかり人気がなくなったアジトに、隊長である淀川の声が響く。
これから羅刹の生徒達を連れて、彼自身も別アジトへと移動を開始する。
場の後方で無陀野の隣を歩く鳴海も、少し緊張気味な表情で足を進めていた。
と、そんな鳴海の頬を突然無陀野がスッと撫でる。
驚いて顔を上げれば、穏やかな表情の彼と目が合った。
「! 無人くん?」
「表情が硬いな。」
「…人治すの慣れない」
「京都の時にしてなかったか?」
「してた…けど本当に少しだけ。ほとんど前線にいたし。でも今回は皆がメインで戦うでしょ?当然大ケガをする可能性もあるわけで…皆がボロボロになった姿を見た時に、落ち着いて治療できるか…ちょっとだけ不安」
“今回は援護部隊が俺の部隊だけだし…”
そう言ってまた表情を曇らせる鳴海に対し、無陀野はいつもの落ち着いた口調で語りかける。
「お前と同じぐらいの歳で、ここまで活躍出来る奴を俺は知らない。」
「えっ。」
「援護部隊としての実績から言えばもう…というか元隊長だからなお前。その中で、知ってる顔を治療したこともあっただろ?」
「それは…もちろん、ある。」
「重症患者の治療だって、100は超えてるはず。鳴海がそれを必死に乗り越えてきたのを俺は知ってる。お前は自分が思ってるよりもずっと優秀で、精神的にもタフだ。援護部隊が1人でも、京夜がいなくても、ちゃんとやれる。俺や真澄、それにあいつらが鳴海のことを信じてるように、お前も自分をもっと信じろ。大丈夫だ…俺の奥さんなんだろ?」
「! うん。頑張る!」
最後に笑顔でお礼を伝えれば、無陀野は優しく鳴海の頭をポンと撫でた。
前方からは、矢颪がこれからの動きについて淀川に文句を言っている声が聞こえてくる。
桃太郎との接触が近いにも関わらず、練馬の戦闘部隊が動かせない今、頼りになるのは羅刹の生徒たち。
淀川は矢颪の文句を受け流しながら、そんな言葉を彼らに送った。
「だから1つだけ言っておく。死ぬんじゃねぇぞ、ちんちくりんども!」
「…あいつらは未熟で、無謀な戦い方をするかもしれない。悪いが、その時はフォローを頼む。」
「らじゃ!援護部隊として戦闘部隊隊長として、無人くんの奥さんとして、しっかり皆を守るよ。もちろん、旦那様のこともね!」
かつて同じ戦闘部隊のエースと呼ばれた自分を、何の躊躇いもなく”守る”と言ってくる目の前の鳴海。
その真っ直ぐな言葉と想いは、いつも無陀野の心を解きほぐす。
キスしたい欲望を理性で抑え、彼もまた鳴海にお礼を伝えるのだった。
そうして新アジトへ到着した一行は、淀川から今回の作戦の全容を聞かされる。
リラックスした状態で耳を傾ける生徒たちの中で、鳴海だけは1人自身の部下と連絡を取りあっていた。
一通り話し終えると場は一旦解散になったが、鳴海はすぐに淀川の元へ駆け寄り何やら話し始める。
興味からその後を追おうとした一ノ瀬を、無陀野はすかさず止めた。
「行くな。」
「え、何で?」
「今あいつは真澄とこの後の動きについて大事な話をしてる。お前が行ったら邪魔になる。」
「大事な話って…鳴海は今、援護部隊なんだしそこまで熱心に聞かなくてよくね?」
「援護部隊だから聞くんだ。鳴海は作戦の細かい部分を知ってなきゃいけない。」
「それって俺らが知っときゃいいんじゃねぇの?」
「…じゃあお前が桃と戦ってる時に、鳴海が突然現れたらどうする?」
「そんなの守るに決まってんじゃん!」
「自分の命が危険に晒されてもか?」
「当然!鳴海は表立って戦えないんだから俺が守らなきゃ死んじまう。」
「援護部隊は、自分たちを守ることで戦闘部隊が死ぬことを一番恐れてる。」
「えっ…」
「この戦争において、戦える人員が減ることは鬼の絶滅に直結する。そんな中で、本来彼らを救うべき存在の援護部隊が原因になることは許されない。」
「じゃあさっき言ったみたいな状況になったら、鳴海を見殺しにすんのかよ。」
「そうならないように、今鳴海は真澄と話をしてる。仲間と自分の身を守るために。」
無陀野に倣って一ノ瀬も鳴海の方へ視線を向ける。
ノートを片手に淀川と話す鳴海の表情は、普段の穏やかさからは程遠い、怖いくらい真剣な顔だった。
「援護部隊は戦いで傷ついた鬼を治すのが仕事だ。鳴海は現場に出てその仕事をすることが多い。今誰がどこにいて、どの桃を相手にしているか。もし今ケガ人が出たらどこで治療ができるか。そういうことを考えながら動く必要があるんだ。」
「だからあんなに真剣な顔で…」
「分かったら大人しくしてろ。」
「…でもさ、いつも作戦通りいくわけじゃねぇだろ?あれだけ俺らのために頑張ってくれてても、どうしたって巻き込まれることはある。そん時は…」
「全力で鳴海を守れ。」
「!」
「不測の事態は当然起こり得る。その時に自分と鳴海を守れるぐらい強くなれ。それがお前の仕事だ。」
無陀野の言葉を受けた一ノ瀬は、鳴海の方を見つめながらグッと拳を握る。
自分からの視線に気づき、ふわっと微笑みかけてくれた天使の姿に、一ノ瀬は改めて想いを強くするのだった。
30分後、新アジト内に侵入者が確認される。
VRゴーグルをつけた皇后崎と、その能力で彼の姿を隠していた淀川が出迎えたのを皮切りに、鬼側が一斉に姿を見せた。
「よお。会いたかったぜ、クソ野郎。」
「こいつが一般人巻き込むカスか。顔に滲み出てんな、カス具合が。」
「なんで…!」
「あれれー?深夜君、これってさー…一杯食わされたかな?」
侵入者は練馬の桃太郎・桃華月詠と桃角桜介、腰を抜かしている桃巌深夜に、その部下・桃寺神門の4人。
事前録画した映像をVRで皇后崎に見せることで深夜を騙す淀川の作戦は、見事にハマった。
自分が見ていたのと違う状況に焦りと恐怖の表情を見せる深夜に、皇后崎はお返しとばかりに睨みをきかせる。
「俺を拉致った時はずいぶんと楽しそうだったよな?今はどうだ?俺からのサプライズだぜ?笑えよ。」
「(迅ちゃん、めっちゃ悪役の顔してる…)」
「はは!ダセェな、深夜の奴!」
「まぁいいんじゃないの?どっちみち対面できたことに変わりないんだし。…決着つけようか。」
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