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暗い暗い海の中を漂う様に、体が何処かに流されている。冷たくは無い。暑くも無い。苦しくも無い。
そんな中、声が聞こえる。
いや、聞こえるのか、感じるのか、伝わってくるその意志は威圧的だ。
「欲しいか?」
何がだろう。
「全てが」
それはそうだ。この世の全てが手に入るのならそれに越したことはない。
「他者の上に立ちたいか?」
当然。私は頂点に立つべき人間なのよ。
「支配を望むか?」
望む、ではない。なるのだ。そう決めている。昔から。
「くれてやろうか」
他から恵まれるなんて私じゃ無いわ。お断りだ。私は私の力で全てを成すの。
「良き心意気。共に行こうぞ」
どこへ?あんたは何?
暗闇が濃くなる。私にまとわり付く。嫌な感じだ。払い除けても退かない。イラつく。ふざけるな、離れろ。
掴めるだけを集めて握り潰す。それでも消えない。減らない。苛立ちは強くなる。私は奇声を上げて噛み付いた。感触がある。
噛んで、噛んで、咀嚼する。
暗闇が震える。触れられた所がチリっと熱くなる。焦げる。
腹が立ってもっと噛んだ。すると更に焦げる。熱が広がる。痛みに変わる。
痛い痛い。畜生。やられるもんか!
集めて噛む。噛みちぎって飲み込む。繰り返し繰り返し。
そのうちに、暗闇と私は互いを食い合う様に一つになった。
身の内に強い感情が溢れる。
怒り、欲求、焦燥感。
閉じ込めて、須田愛海の姿の中、胸の内側に仕舞う。
行こう。私が女王だ。
起き上がる。カーテンを開ける。保健室だ。
室内には怪我の治療をする生徒達の姿があった。
「どうしたの?何をしているの?」
私は聞いた。聞きながら足を進める。8人いる。4人の旨い餌と、人間2人、それと・・・。
見回した視線が1人の少女の上で止まる。
「朝から噛まれる生徒が何人か出ているの。その治療よ。あなたは登校中に倒れて、ベッドに運ばれたんだけど、覚えてる?」
人間が答えた。座る餌の手に包帯を巻いている。
「須田愛海さんよね?大丈夫?」
もう1人の人間が言った。こいつには覚えがある。あの時「ミアナ」と呼ばれていた。うるさい、蠅の様な小娘。いつも我等の邪魔をする。ここでも邪魔立てするのだろうか。ああうざったい。殺してしまいたい。だが今は・・・。
私は少女を見つめ続ける。2年の先輩だ。
欲しい。腕の中に閉じ込めたい。髪に触れて爪を立て、溢れる血に歪む顔が見たい。
欲望が溢れる。体に自然と力が入る。やり方は分かる。私は、周囲に甘い匂いを行き渡らせた。
「うっ・・・」
餌4人と、人間が鼻と口元を抑えて疼くまる。影響を受けない1人は放置していいだろう。どうせ何も出来まい。
私は、足に力を込めて先輩の元に詰め寄った。
手に入れた・・・!
そう、気を緩めた時、横からの攻撃に弾き飛ばされた。
「シャーーー!」
受け身を取りつつ本能で威嚇をする。見ると、いつの間にか現れた、新たな人間が1人。両手で長い棒を持って構えている。3年の、確か剣道部の主将。
こいつ、こいつは!
あの時も邪魔をしてきたやつだ。ミアナを仕留めようとした時に邪魔をした男。我等の魅了が届かない特異な人間。
そうだ、「アスラン」と呼ばれていた。ここでも、こいつまでもが邪魔をするのか。
目の前に欲しいモノがあるというのに!
「愛海ちゃん・・・どうしちゃったの?」
立ってるだけしか出来ないでいた男子が私を見て言う。「哲平」と呼ばれているのを聞いた事がある。
「死に損ない風情が、勝手に口を利くんじゃ無いよ」
「ええっ!また死に損ないって・・・」
視線をアスランに戻して睨み合う。
「ミアナに手を出すな!」
私と他の生徒達の間に立って、その背に守る様に長い棒、剣道の竹刀を持って構える。
「どうしてくれようかねぇ」
私が、そう呟いた時だ。ドアと反対側にある校庭に直に出られる様になっている掃き出しの窓が、外側から蹴り破られた。
飛び散るガラス片の中、2本の腕が伸びて来て、それぞれが私の腕を掴んで校庭へと引っ張った。
「山内!」
死に損ないの哲平が外に向かってそう叫んだ。
外には2人の男子生徒。そのうちの1人に対しての呼び掛けだろう。2人共私の可愛い子供。
「一度引きましょう」
山内と呼ばれた方が、私の耳元でそう進言する。
「シャーーー!」
一歩踏み出したアスランに向かって、もう1人が威嚇する。
「そうだねぇ」
私は、両側から抱えられて、連れられるがままに校庭へと出る。
待っているが良い。必ず手に入れるから。
うっとりと先輩を見詰めながら、私は2人と逃げ出した。