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保健室に戻ると、校庭側の窓が見事に割られていた。室内にガラス片が散乱している。
「何だか大事件だね。大丈夫だった?」
中に居る生徒は9人。ガラスによる怪我は無いようだ。
「先生!須田さんが!」
3年の女生徒が言う。須田さんとは、須田愛海、1年女子。登校の際、突然意識を失った為保健室に運んで横になっていた筈だった。脈も呼吸も落ち着いてるから午後迄様子を観ようと思っていたのだが。
ベッドの方を見てみると、目隠しのカーテンは開けられて無人な事が分かる。向かいのベッドも無人だ。そこで寝ていた、同じく登校時に倒れた剣道部の男子生徒は、今は起き上がり、竹刀を割れた窓に向かって構えている。
「須田さんは、どうしたのかな?」
私は静かに聞いた。
起き上がってガラスを割って逃げたにしては、室内にガラス片があるのはおかしい。
「様子がおかしかったんです。突然襲い掛かってきて・・・」
2年の女生徒が答える。確か、水川弥生。『この子』か、『須田愛海』か、どちらかだと思っていたが、須田愛海の方だったか。
「危ない所だったのを、そこで寝てた剣道部の先輩が助けてくれたんスよ」
2年の男子が言った。この子は『アレ』か。懐かしい匂いがする。来ていたのか・・・。運が良いのか、悪いのか。
「ミアナ」
呟くように言って、剣道部男子は弥生を抱え込む様に抱き締める。名前は、高嶺スバル。そうか、この2人は『あの2人』か。
「ヒィッ!」
弥生が小さく悲鳴を上げて固まる。
「せ、先輩?えっ?2人はそういう関係だったの?」
焦った声を上げるのは、2年の領寺沙奈だ。
「違う!喋った事も無いのに!」
「ミアナ・・・」
「離して下さいー!」
私は溜息を吐きながら2人を離した。相変わらずだ。
「で、須田さんはどうなったのかな」
改めて聞くと、3年の女生徒が答えてくれた。
「外から男子生徒が2人、ガラスを割って入ってきたんです。その2人に連れられて須田さんは・・・」
「2人のうち1人はウチのクラスの山内だったぜ」
2年男子が言う。なるほど、状況は大体分かった。
「ここは片付けるから、怪我の無い人は帰りなさい。早く食事を済ませないと、休み時間が終わってしまうよ」
私の言葉に、固まっていた生徒達が動き始める。
「噛まれたと言う生徒は、念の為中等部の先生に診てもらおう。向こうで軽食を用意してくれるそうだから」
4人の生徒が返事をしながら私の方へとやって来た。
「では、失礼します」
そう言って、3年の生徒を筆頭に無傷の5人は引き揚げて行った。中の1人が振り返る。私に向かって頷いた。「宜しく」と言っていると分かる。私は「了解」の意を込めて頷き返した。
「午前中はずっと寝ちゃったなぁ」
中等部に向かう途中、連れて行く4人の生徒達が話している。全員女子だ。
「私も!」
頷き合う全員。私は先頭に立って歩きながら耳を傾けていた。
「水の中で泳いでてさ、凄い気持ち良かった」
「私もそんな感じ。人間じゃ無いみたいにスピード出して泳いだ」
「水面から飛び出して跳ね上がったりね」
「そうそう!何か同じだね」
盛り上がって話し合う様子に気持ちが揺らぐ。止血はしっかりとされている筈なのに、良い匂いが漂う。
辛い役割だ。
そう思いながら先を急ぐ。
角を曲がった時だった。3人の生徒がこちらを睨んでいる。男子が2人、女子が1人。学年はバラバラ。もう少しで中等部棟だが、そこに行くためにはその3人の前を通らなくてはならない。
後ろの4人の女子達が前の様子に気付いた。
「な、に?」
無意識にだろう。それぞれが傷の上に巻かれた包帯を隠す様に押さえる。漂う良い匂いが少しだけ収まるが後の祭り。
間を詰めてくる3人に向かって、私は威嚇をする。
立ち止まる3人。格の違いが分かったのだろう。すごすごと引き下がって行った。
「き、りや先生?」
振り返ると、付いて来ていた4人の女生徒が、怯えた顔をして足を止め、身を寄せ合っている。このままでは私に付いて来ないだろう。
仕方が無い。
私は甘い匂いを行き渡らせる。途端に虚な表情になる4人。
「行こう」
言って、私は中等部棟へと入って行った。