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僕は兄が羨ましかった。
幼い頃から、ずっとそう思っていたんだ。
兄の誠一と僕、龍一は双子としてこの世に、平等に生まれ落ちた。
瓜二つとまでは言えない、二卵性双生児として。
お母さんとお父さん、誠一と僕、一般的な四人家族だ。
お母さんは僕たちを平等に愛し、優しくしてくれる素晴らしい人。
お父さんは少し傲慢で、威圧的な態度を取る人。
そんな両親の元で育っていった僕たちは、少しずつ性格が分かれていった。
小学生になった頃だろうか、僕は家で遊ぶのが好きで、たまに誠一を誘った。
しかし、誠一はほとんどの誘いを断り、僕を置いて外へ出かけて行った。
「友達と約束してるから」
「外の方がのびのびできる」
そうやって友達ばかりで、のけ者にされているみたいで、内心悲しかった。
僕は、二人きりの食卓で、お母さんに相談した。
「誠一は僕と遊びたくないのかな」
お母さんは僕の頭を優しく撫でる。
「龍一、誠一の誘いにも応えてあげるのよ」
僕はお母さんと、そして誠一と一緒に遊びたいだけなのに、そう言いかけて必死に抑え込んだ。
「分かった」
この時はこの言葉しか出なかった。
小学校高学年になっても、僕たちの性格は正反対に分かれ続けていた。
僕は相変わらず、お母さんのそばについて回るだけだった。
お母さんは洗い物しながら、時には洗濯物をたたみながら僕の話を聞いてくれた。
ふと、リビングを眺めていると、黒い細長いケースが埃を被っているのを見つけた。
「お母さん、あれは何?」
僕の指差した方向を見るなり、お母さんは微笑んだ。
「あれはね、フルートっていう楽器よ。気になるなら、少しだけ教えようか?」
お母さんは丁寧に、吹き方を教えてくれた。
「とりあえず慣れるまでやってごらん」
僕は吹き口が付いている管だけをひたすら吹き続けた。
掠れたこもるような音を出していると、誠一が様子を見に来た。
「俺もやってみたい」
お母さんは「はいはい」といって、僕には別の、一回り小さい楽器を渡し、誠一にはさっきまで僕が吹いていた楽器を渡した。
「お母さん、これは?」
「こっちはピッコロ。フルートで音が出せたから、龍一は次これを頑張ってみて」
僕の時と同じように、誠一に教えたお母さんは、夕食の用意に行ってしまった。
「音出ないな」
誠一がしゅんと呟いた。
僕がすぐに音を出せたのとは逆に、誠一は全く音が出せなかった。
中学生になり、僕たちは揃って吹奏楽部に入った。
誠一はサックス、僕はフルート。
お母さんは平等に、「頑張ってね」と俺たちの頭を撫でた。
お父さんは、誠一の頭だけを撫でた。
「フルートなんて女々しい楽器、一人だけで充分だ」
僕にはそう吐き捨てた。
この頃から両親の様子がおかしくなった。
お母さんは、いつもお父さんの顔色を窺うように怯えていた。
お父さんは、そんなお母さんをいつも怒鳴っていた。
それに釣られるように、誠一と僕も、部活以外で関わることがなくなった。
どうしてこうなってしまったのか、今になっても理由は分からない。
離婚という結末が訪れるのに、時間はかからなかった。
最後に四人で話したのは、親権をどうするかだった。
「僕は、お母さんについていく」
お母さんの隣に座る僕は開口一番そう言った。
「じゃあ、誠一は父さんが預かる」
お父さんの言葉に、お母さんが反応する。
「それは……! 誠一も私の子供です……!」
「お前にそんな経済力があるのか? 所詮は人の金で食ってきたくせに」
さすがに聞いていられなかった。
「お父さん……!」
お母さんもお父さんも誠一ばかりで、またのけ者になったような気がした。
そんな中、誠一が口を開いた。
「俺は、父さんについていく。だから話はこれで終わりにしよう」
その日のうちに、お母さんと僕は家を出ていった。
そこから時は経ち、僕は今、高校生だ。
家に帰れば、弱々しいお母さんがいる。
「ただいま」
「おかえり。夕飯作るから……」
「いいんだよ。お母さんは座ってて」
僕は目が虚ろになったお母さんを座らせ、スーパーで買ってきた食材で夕飯を作る。
それが僕の色褪せた日常。
離婚した直後は、お母さんがいつも美味しい料理を作っていた。
しかし、お母さんは徐々に物忘れがひどくなり、それがままならなくなった。
異常を感じた僕は、お母さんを病院に連れていき、検査を受けてもらった。
診断結果は『若年性アルツハイマー型認知症』というものだった。
祖父母にも相談し、ヘルパーさんにもたまに手伝ってもらうようことになった。
「誠一?」
「違うよ、僕は龍一」
そんな会話を、1日に何十回も繰り返していた。
「お買い物に行かないと」
「お母さん、家にいないとダメだよ」
勝手に外に出ようとするお母さんを引き留めるのは大変だった。
祖父母は僕たちに優しかった。
病院の院長である祖父、看護婦長の祖母。
お母さんがこうなってからは、資金の援助や、よく介護にも来てくれた。
僕の楽器を買ってくれたのも祖父だった。
そのおかげで、僕はフルートを続けられている。
僕は中学を転校し、誠一とはそれ以来会っていない。
僕と同じように、高校でも吹奏楽部で頑張っているのだろうか。
お父さんとどう過ごしているのだろう。
コンビニのバイト中、そんなことを考えていると、名前を投げかけられた。
「誠一?」
違う、これは僕の名前じゃない。
振り向いた先にいたのは、知らない制服の知らない男子高生。
「あ、すいません、人違いでした。お会計お願いします」
礼儀正しく謝ったその人の会計を済まし、僕はまた品出しに戻った。
高校生活も一年が過ぎ、ヘルパーさんと話をしていた。
「龍一くんも大変でしょう? そろそろ施設に入れることも考えてみない?」
それは少し前から考えていたが、僕の考えはもう決まっていた。
「いや、母は僕が面倒見ます」
僕の言葉に、ヘルパーさんは静かに頷く。
「それなら、おばちゃんも頑張らないとね」
ただただ、感謝しかなかった。
いつも通り、虚ろな目をしているお母さんに、僕は話しかける。
「体調はどう?」
「うん、元気よ。私はいつでも元気だから」
焦点の合わない目を、少しだけへの字にさせて、お母さんは優しく笑う。
「そっか。もう少ししたらお昼寝の時間だよ」
「そういえば、お昼ご飯がまだねえ」
僕は深呼吸をして、ゆっくり答える。
「ご飯はもう、食べたでしょ?」
「あら、そうだったかしら」
このやり取りも、もう慣れてしまった。
「じゃあ、ベッドに行こうか」
「あ、まだお買い物に……」
「お母さん……」
いつもの事だ、そう言い聞かせても、虚しさがこみ上げてくるだけだった。
とある日の、学校からの帰り道。
僕はフルートを持ち帰り、最寄りの公園で基礎練習をしていた。
しかし、僕とは別に、どこからか力強く響く、楽器の音がする。
それは懐かしい、聴いたことのある音色。
「龍一?」
声を掛けてきたのは、サックスを持った男子高生。
「もしかして、誠一?」
その男子高生は間違いなく誠一だった。
僕たちは楽器そっちのけで話をした。
「実は、父さんが再婚したんだよ」
あのお父さんなら、あり得なくはないと思う。
「それが父さんの高校時代の後輩でさ、梅さんっていうんだけど、母さんと同じフルートだったらしいんだよ」
「ってことは、お母さんの直属の後輩なんだね」
世間は広いようで狭いというけれど、それを痛感する時が来るとは思っていなかった。
「まあ、お見合いで決まったらしくてさ、俺何にも知らされてないから、いきなり家に住むって言われてびっくりしたんだよ」
「あはは、それは災難だね」
誠一は笑顔で話しているが、僕だったら普通に耐えられない。
「そっちはどう?」
その問いかけに、僕は重い表情になる。
僕は意を決して、母さんの病気について話した。
誠一はその事実を、とても深く受け止めているようだった。
「俺、何も知らなかった」
「当然だよ。僕もお父さんがどうなってるかなんて知らなかったし」
お互い黙り込み、気まずい空気が流れる。
「そ、そういえば、フルート続けてたんだな」
「誠一こそ、サックス続けてたんだね」
誠一がその沈黙を破り、これからの事について話し始める。
「俺、音大に行って、本格的にサックスしようと思うんだ」
「僕も、音大でフルートを続けようと思ってる」
どうやら僕たちの進路は、同じ先に向いているようだった。
「じゃあ、また会えるな」
「そうだね」
僕たちはしばらく話し込んだ後、連絡先を交換して解散した。
僕は誠一が羨ましかった。
幼い頃からさっきまで、ずっとそう思っていたんだ。
でもその考えは、いつの間にか心の奥からすっきりなくなっていた。