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町の人からの電話を切った後も、アオイの動悸は収まらなかった。
「ナギ君のお母さんが、ずっと絵を隠していた…」
ナギの抱えていた孤独は、学校でのいじめだけでなく、家族との心の隔たりに起因していたのだ。
夢を否定され、理解されず、唯一の居場所である海猫軒の裏の岩場で密かに描き続けた少年。
彼の心の闇は、アオイが想像していた以上に深いものだった。
翌朝、ポストを覗くと、やはりナギからの手紙が届いていた。
アオイは、昨日の不安を打ち消すように、震える手でそれを開く。
アオイさんへ
僕の絵が、未来の人たちに届いていると聞いて、信じられない気持ちでいっぱいです。
嬉しくて、少し泣きました。 *でも、実は、僕が絵をポストに入れたことは、*お母さんには秘密です。
お母さんは、僕が絵を描くことを好きではありません。「絵なんて、ご飯を食べさせられない。
新しい町では、もっと役に立つことを勉強しなさい」と、いつも言います。
だから、僕の絵は全部、お母さんに見つからないように隠していました。
*今回、町を離れる前に、*誰かに見てほしいと願ってポストに入れました。
あと3日で町を出ます。新しい町に行ったら、
僕は絵を描くのをやめて、お母さんが喜ぶような子になろうと思っています。
本当に、僕は未来で笑っているでしょうか。
アオイは、手紙を強く握りしめた。
ナギの言葉の端々から、自己否定の感情が滲み出ている。
彼にとって、絵を描くことは「役に立たないこと」であり、
未来の幸福とは、絵を諦めて母親の期待に応えることだとすり込まれていたのだ。
(ナギ君が救いを求めているのは、未来の成功の予言じゃない。今の自分を肯定してくれる言葉だ!)
アオイは、東京で夢を追っていた頃、
自分の才能を否定する上司や、理解のない世間からの評価に心が折れた、過去の自分自身の姿をナギに重ねた。
自分にはあの時、誰も未来から「君は正しい」と励ましてくれる人はいなかった。
今こそ、アオイがナギの未来の証明とならなければならない。
アオイは急いで、SNSの画面を開き、
ナギの絵に寄せられた数千件の「いいね」と感動のコメントを印刷した。
そして、それをナギへの手紙に添えることにした。
ナギへ
まず、君のお母さんの気持ちを少しだけ考えてみて。
*お母さんは、君が将来苦労しないように、*不器用な愛情で、君を守ろうとしているだけだよ。
でも、君の才能を押し殺す必要は、絶対にない。
*見て。これは、君の絵を見た、未来の人たちからの*感動のメッセージだよ。
*SNSの投稿は、君の絵が*2000人以上の人の心を動かしたことを証明している。
美術のプロの人たちも、君の才能を認めている。 「絵はご飯を食べさせられない」かもしれない。
でも、絵は人の心を救い、勇気を与えることができる。そして、それが、君の才能だよ。
*君が町を出るまで、残り*二通の手紙しかやり取りできない。
*だから、どうか約束して。新しい町に行っても、*筆だけは絶対に手放さないこと。
君の絵は、未来で必ず必要とされている。 未来の私は、君の絵で救われたから。
アオイは、ナギが新しい町で孤独に耐え、筆を折ってしまうことだけを恐れた。
この手紙が、彼の人生の転機となるよう、全身全霊の想いを込めてポストに入れた。
手紙と、印刷された未来の「証明」は、音もなくポストの闇に消えた。
ナオイの旅立ちの「さよならの時期」まで、あとわずか。
アオイは、この文通が、もうすぐ終わりを迎えることを予感し、胸が締め付けられるのを感じた。