⚠︎ご本人様には一切関係ありません⚠
〘 カ タ チ 〙
「ねね、もふくんってさ…好きな人とかいる?」
突飛な質問は驚きと共に、緊張、不安、悲しみ、戸惑いを投げ掛けてきた。
返答に迷い、空白の時間が長くなればなるほど相手の不信感を高めて、より高難易度な質問が降り掛かってくるのは目に見えている。
どう返せばベストなのか?
彼は何を期待してこの質問を投げかけてきているのだろうか?眩しいし、プレッシャーを感じてしまうから、その眼差しをやめて欲しいものだ。
「…ん~、いないかな…」
「なに、そのあやふやな返事…笑」
そう彼がこぼした言葉で、自分の口から乾いた笑いが漏れていく。取ってつけたような乾いた笑いは所謂『苦笑い』というものだろう。
「えー、いないのかー…熱い恋バナを期待してたのにー。でも、もふくんだからマジで居ないんだろうね…」
「そういうヒロくんはどうなの?」
容姿端麗、優れた観察能力でうみだされる心遣い、一つ一つが美しい所作…数え切れない位の魅力を持ちあわせる彼なら女性に言い寄られる事も多そうだ。
きっと、恋愛経験も豊富なんだろうな…
「んー、僕は_____」
「おい、もふ〜。ヒロに嘘つくなよー。」
突如乱入してきた彼によって、話題は一瞬で ‘俺’ へと変わってしまった。声色は茶化しているような、冷やかしているよな、そんな雰囲気。
な、気がしているだけかもしれない。
つり上がった目や眉に、もう忘れかけていた事が頭の中から無理矢理引っ張りだされてきて、吐き気を催してしまう。
「嘘なんかついてないよ…」
「お前はあれだろ。隣のクラスの“うり”のことが好きなんだろ〜?」
ああ、
酷いや
「え、もふってあれなん?なんだっけ…?」
「あれだ!ホモ、ホモだ!!」
「マジで?…男子校だからって…笑」
かなりの大声だったせいか、周囲の人たちであっという間に人集りが出来てしまった。
その騒ぎを聞きつけ、また人が集まる。
ゴミ捨て場に群がる蝿のように、大量の人が集まってくる。
重なって、押し退けて、興奮しながら言葉の暴力を振るう彼らは、俺からすると恐怖でしかない。
何か言い訳をしなければと思うが、喉はきつく閉まっていて声を出そうとしても、掠れた呼吸がこぼれるだけだった。ピンポン玉でも詰まっているんじゃないか…?
その内に腹の奥が熱く熱く、苦しくなってしまい、思考する余地など無い。
目の前には呆然と立ち尽くすヒロくんの姿。
失望しただろうか。
引いているだろうか。
そんな恐ろしい事ばかりが脳裏をよぎり、目を向けることなんて到底出来やしない。なんだか、酷く冷たい視線を感じてしまうのは、きっと気の所為ではない。
「えーってことは、掘ったことあるの!!?」
「いや馬鹿かお前。もふは掘られる側だろ」
一瞬で俺はみんなの注目の的。
下品な言葉を投げ掛けられ、予想にすぎないような事を言われ、羞恥心はおさまるどころかただ肥大化する一方。
「ちょ、みんなやめなって…」
それまで一言も発していなかったヒロくんが、痺れを切らしたように言った。
気遣いで。
そして俺の肩を叩き、顔を上げるよう促してきた。
引き攣った顔で。
どうして、そんな無責任なこと出来るのか。自分には少しも理解できない。
いや、したくもない。
「ね、顔上げて?」
限界を越えかけ、肩を掴む手から身を捩り、人混みを掻き分け教室を飛び出した。
廊下は休み時間のせいか人でごった返していたが、そんなこと気にする暇もないくらいただ、がむしゃらに走った。
必死で。必死で。なぜか分からないけど、逃げれば何とかなると思ってしまっていた。
「待って、もふくん!!!」
嫌なくせに。
「もふくん…いる、?」
「来ないで。」
キッパリと言い捨てられてしまった…
屋上まで追いかけて来たが、どうしたものか。とりあえず、いや…何も考えずに追いかけてきてしまった。
屋上は普段、基本出入り禁止になっている。あの真面目なもふくんがそれを破るはずは無い。『いつも』なら。
余程心に余裕が無いのだろう。
掛ける声も見当たらず、真っ白な沈黙がただ時間と共に流れていってしまう。その内堪らなくなって、何か言い返そうとしても、傷口に塩を塗るだけな気がして気が引けてしまう。
「もふくん、そっち行ってもいい?」
声が聞こえるだけで、姿は見当たらない。どこにいるのかもあやふやなまま、沈黙を切り捨てるためにもふくんに問い掛ける。
「…こっち、壁の裏。」
少し躊躇う様子が伺えたが、気にする暇もない。思考するより先に言われるがまま足を進めた。
屋上へ出る階段を覆うように造られた箱型の建物。日陰になっている壁は苔が生え、より静けさを際立たせていた。
壁を伝って行くと、駄々をこねる子供のように小さく、それは小さく膝を抱えて俯いていた。
「あの、えっと…」
自分には、無理だ。もふくんの傷を癒せない。掛ける言葉も見つからない。
つう、と汗が額を走り抜ける。ぞわりと背中に鳥肌。酸素が上手く回っていないようだ。
苦しい。
「何も言うな。」
「え、…。」
つい声が漏れる。
きっと不自然に聞こえているだろう。
「何も、いらないから。慰めの言葉も全部、全部うざったいだけだから」
もふくんのこの一言ではっと気付かされた。たった今、かけようとしていた言葉
大丈夫。変じゃない。普通だよ。気にしてないよ。
そんな言葉、あまりにも不自然すぎじゃないか。変じゃないと言うのは、俺が「変」だと思っているから。気にしてないとか言うのは「気持ち悪い」と思っているから。
あまりにも、俺の言葉は無責任すぎる。
いつも、いつもそうなんだ。
人が喜ぶ言葉なんて、だいたい同じ。それを理由にその言葉を乱用して、頷くだけの機械になってしまっていた。
自分の意見なんか表向きにせず、人の顔色ばかり伺って…
変化と安定の、安定ばかり取ってしまっていた自分が恥ずかしい。平和ばかり求めてしまって、ただ害がない人間になっただけじゃないか。
「うん。何も言わないよ。」
「…。」
「俺…キモイ?」
キモイ…否定すべき?
肯定すべき?
何が正解?どれが優しい?
返答に困り、緊張と焦りから音を立てて唾を飲み込んだ。
「ごめん、困るよね。こんなこと聞いても。忘れて…」
「自分のことそんな卑下すんな!!!!」
精一杯の、否定と肯定。
「卑下…そ、そんなつもりじゃ…」
「さっきの事…興味無いわけでもないけど、変だとも思ってない。もふくんが好きだと思うなら、その気持ち…捨てちゃ駄目でしょ」
もふくんが、顔をあげた。
俺の目を見ている。
心をみている。
その充血した眼で。
「…急に、そんなくさいこと…」
「くさいって何?!精一杯の、100点満点の否定と肯定!!!」
「…俺、別に男の人が好きとかじゃないんだ。」
彼は高い空を見つめていた。ただ、じっと、ひたすらに高い初夏の空。
だが、俺はもふくんから目が離せない。言葉、吐息1つ聞き逃さないよう、聞き間違えてしまわないよう。穴があくほどに、見つめている。
もふくんは、トレードマークである眼鏡を外した。いつもなら、レンズは下向きに置いちゃ駄目だ!と、眼鏡教を発症しているが…まるで投げ捨てるように置いていた。今は、それすら気にならないようだ。
瞼を一度擦ると、いつもより深く長く息をした。まるで、覚悟を決めたように。
「性別とか、気にしないっていうか…」
「ただ好きになっただけなんだ。それが、そんなにも悪いことだなんて、知らなかった。」
「分からなかった。愛情を向ける、正しいベクトルが。ずっと、間違えてることに気づけなかった。」
「もう、いいんだ…別に。」
間違えてる?
正しくない?
悪いこと?
自分には、どうして…どうして自分伊賀の誰かに恋愛のあるべき場所を、決められなければならないのか、わからない。
でも、それが普通なのだろうか。
世間では、人の価値観に過剰に踏み入ることが普通なのだろうか。
そうだとしたら、僕はもふくんの意見を肯定する資格が無い。
きっと、否定しきることもできない。もふくんの気持ちを、完璧に理解したような事を言えないかもしれない。
もし、彼を傷つけたら。もし、彼の思いを歪ませてしまったら。
僕は一体どうすればいいんだろうか。
己の無力さに落胆してしまう。
「世の中のルールを理解するのは、僕にとって難しい。正解とか不正解とか、清さとか汚れとか、僕にはわからない。」
「でも…自分以外の誰かが、自分の気持ちを歪ませてくるのは、違うと思う。」
「俺だって、そう思ってるよ…でも、もう耐えられそうにないんだ。もういいんだよ。」
なぜだか分からないけど、もふくんが好きに恋愛をすることを諦めて欲しくない自分がいる。
純粋に、自分を貫いて欲しいと思ってしまう。
これは傲慢?無責任?
それでもいい。これは自分の、自分だけの気持ち。自分のための気持ち。
「本当に、それでいいと思ってる?」
「…いいとは思わないよ。」
「今、僕の目には、もふくんが控えめすぎるように写ってる。もふくんが自分の気持ちを、胸に抑え込んでるように見えるよ。」
「それを見ていると、すっごく辛い。ひたすらに胸が痛い。」
「異性愛でも同性愛でも、相手を心の底から愛しているのは変わらない。純粋に相手をすきになる、それってどんなに美しいと思う?」
「好きなるって、全然簡単な事じゃないんだ。自分を見失う程愛しくて堪らない…その一瞬の間の気持ちでも、一生の思い出になる。」
「なら。もふくんが周りの目ばかり気にして、自分を押し殺すなんてこと、許せない。何よりも許せない。」
「…そう、思わない?」
もふくんの顔は見えない。いや、見れない。
自分でも恥ずかしい事ばかり言っているのは、十分分かる。この沈黙で、頬が熱を帯びていっているのが、より鮮明になる。
物語のセリフのような言葉が次々と飛び出してしまった。黒歴史覚悟。
天を仰ぐと、いつの間にか太陽が傾き掛けていることに気がついた。
初夏ならではの冷たい風で、熱を帯びた頬が冷めていく。ひたすらに心地よい。
「…ヒロくんはそう思ってくれるかもしれない。それは凄く嬉しい。ヒロくんが、俺の気持ちを代弁してくれたみたいで嬉しい。」
「でも怖いんだ。友達とか、親とか、先生からどう思われるかが。うりに気持ち悪いと思われるかもしれない事が、怖い。」
「嫌われたら、と思うと息が出来なくなってしまいそうで。」
顔を上げたもふくんの目には、しずくがこれでもかという程溜まっていた。あと数回瞬きしただけで、こぼれてしまいそうでハラハラしてくる。
「ヒロくん。」
「俺、もういいや!」
「え、何?!どういうこと?!」
「ヒロくんの話聞いてたら、怯えてる自分が馬鹿らしくなっちゃった…まだ、周りの視線は怖いし、耐え切れないかもしれない。それでも、」
「自分の気持ちに嘘はつきたくない。」
「馬鹿正直に生きてみるのも、悪くないかもしれないや。」
「ふ、….。もふくんらしくていいんじゃない?真面目のふりした不真面目で。」
「なっ、不真面目じゃないわ!!」
「嘘じゃんっ、冗談じゃんっっっ!!」
たとえ歪んでても、間違いでも、愛は愛。
遠慮してたらきっと何も始まらない。
愛に、相手が異性か同性かとか、年齢とか関係ない。純粋に愛せたならば、それでいい。
それだけで十分。
それだけで完璧。
僕には、そもそも恋心を持つことが難しいけれど。僕はそれでいい。それがいい。
僕にはパートナーじゃなくて、仲間で十分。
自分を偽らなくていい。自分の心は自分にしかわからない。
間違いがなんだ、周りがなんだ。気にすることなんてない。
僕には、そう思える。
失踪した奴が言うセリフじゃ無いんですが、コメントくださああああい😭
今作品は、同性愛・無性愛をテーマとしております(ご本人様には全く関係がありません。)
コメント
17件
久しぶりの投稿嬉しいです! いつも楽しみにしてますෆ
初コメ失礼します! もう一つ一つのお話が最高で 最近テラーを入れたばっかり なんですけど入れる前から 読んでました✨ もふくん大好きです!! 色々大変だと思いますが無理せず 頑張ってください🫶🏻️︎💞
初コメ失礼します…! いつも影からコソッと見てました> < 久しぶりの投稿とても嬉しいです.ᐟ.ᐟ 主様が書く物語大好きです(つ🕶) これからも影でコソッと応援してます💪🏻❤️🔥