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Side 美緒
「美緒先輩、お昼ご飯、|Café des Arcs 《カフェ デ ザーク》に行きましょう」
ケガで長期にお休みをしてからの久しぶり復帰。どうにか無事に午前中の投薬をこなし、お腹はペコペコだ。
私は里美の提案に、満面の笑みで答える。
「久しぶりにいいわね。何を食べようかな」
|Café des Arcs 《カフェ デ ザーク》到着すると白いシャツに黒いパンツ、黒い長めのエプロンのギャルソンスタイルがよく似合う和成くんが、いつもの甘やかな笑顔で出迎えてくれる。
「こんにちは」と挨拶を交わす。
「いらっしゃいませ。久しぶりですね」
「ちょっと、お仕事お休みしていたから……。今日からまた、寄らせて頂きますね」
「はい、ぜひお立ち寄りください」
「MISAKIくんのイケメンを拝みにきたよ」
里美が普段と変わらぬ挨拶をすると和成くんもニッコリと微笑みを返す。お決まりの二人のやり取りにホッコリする。
「今日もご合席お願いしてもよろしいでしょうか」
と、いつもの窓際の席に案内してくれた。
その席には、三崎君が既に座っていて、こちらを見つけると優しい笑顔を浮かべている。
あの引っ越しの日以来の再会に、気恥ずかしさを隠してテーブルについた。
その席は、ガラス越しに温かな日差しが降り注いでいる。
「久しぶりに仕事をして、痛みとか出てない?」
三崎君は、私の体調を真っ先に心配してくれた。
「ありがとう、大丈夫。あっ、コレ。引っ越しのお礼に、入浴剤なの。ほんの気持ち」
私は、三崎君に紙袋を手渡した。
「ありがとう。でも、気を使わなくても良かったのに」
遠慮がちに受け取る三崎君に対抗するように、里美がエヘンと胸を張る。
「わたしも美緒先輩から、頂きました。すっごい可愛いくて、素敵な香りがするんですよ」
今日のランチセットが運ばれて来た。
トマトソースのパスタにガーリックトースト、サラダにスープ、それにデザートのティラミス。華やかに盛り付けされていて、見ているだけも楽しめる。
「二人とも、本当にありがとう。引っ越しも無事済んで、仕事にも復帰できたし、後はケガをさせられた件を片付けるだけになりました」
すると、里美の瞳がキラーンと光る。
本当にこういう時の里美は鋭い。
「あれ?先輩、緑の神様は召喚出来たんですか?」
「うん……。二人には、たくさん心配してもらったよね。わりとスムーズに書いてもらえたの。後は弁護士さん経由で、慰謝料を話し合ってもらって提出するだけになったの」
私の言葉を聞いて、里美は感慨深げに言う。
「やっとですね。よかったです」
そうだった。里美とライブに出かけた夜に、健治と野々宮果歩との不倫現場を目撃したのが始まりだった。
「一歩前進だね」
「三崎君にもたくさん心配してもらったけど、ようやく一歩進めました」
離婚が成立したら……。
三崎君との関係も変わるはず。
仕事が終り、駅まで一緒に帰る道すがら里美が意外な問い掛けをして来た。
「美緒先輩、自分の1年後の姿を想像して見て下さい。どんなですか?」
「1年後……。どうなってるのかなぁ」
正直言って、今の状況で1年後の自分の様子を想像出来なかった。
「私、会社を退職して、派遣の薬剤師でもしようかと思っているんですよ。日本全国、移り住むのも楽しそうだし、半年ガッツリ働いて、半年遊ぶとかもアリだと思うんですよね。地方の方がお給料良かったりしますし」
「えっ? 里美、辞めちゃうの?」
里美が、居なくなるなんて考えた事もなかった。けれど、会社に所属している以上、転勤にあたる店舗の移動だってあるし、仕事を辞めるのだって自由だ。
「今すぐじゃないですけど、そういう暮らしも面白そうでしょう? 型にはめて杓子定規に考えなくても色々出来るんです」
まるで、里美は背中に羽根でも生えているかのような身軽さで、自分が思いも付かなかった自由な発想に目から鱗というか、ただ驚くばかりだった。
一年後の自分を考え込んでいると、里美が言葉を続けた。
「美緒先輩の1年後のイメージの中に誰が居ますか? 楽しい暮らしをイメージできますか?」
駅で里美と別れ、電車に乗った後もさっきの里美の問い掛けの答えを探している自分がいる。
「1年後のイメージか……」
離婚がきまり、やっと独り暮らしを始めたばかりだ。
里美の自由な発想みたいにワクワクするようなものは無いけれど、仕事をして、特別ではない平穏に毎日暮らせるのが、大切だと知っている。
あっという間に、今まで積み上げて来たモノが崩れて行き跡形も無くなってしまうような怖さも……。
1か月後にどうなっているのかも分からない状態で、1年後の姿なんて想像もつかなかった。
でも、もし叶うなら、すべての憂いから解放されて、幸せに笑って居たい。
最寄り駅に到着し、駅前ロータリーを抜け、マンションをめざす。
私の小さなお城だ。
角を曲がり、住宅街の差し掛かると、夕食を調理しているのか、カレーの香りが漂ってくる。
温かそうな家族のイメージが湧いて、羨ましく思う。
住宅街の公園脇を抜け、後5分程の道のり、頼りない街灯の|人気《ひとけ》の無くなった路地を歩いていると、自分と同じ速度の足音が聞こえるてくることに気が付いた。
なんとなく気になって、速度を上げてみても、その足音も速度が上げ、ついてくるようだ。
「気持ちが悪い、どうしたらいいんだろう」
その足音が思い違いでは無く、誰かにつけられているとしたら?
そのまま、帰えれば部屋の位置を知られてしまう。
ひとり暮らしの部屋を知られてしまったら……。
そう考えるだけでも、怖い。
遠回りになるけれど、道を曲がり広いバス通りに出ようと思った。
足を速めても、まだ、気配を感じる。
「こわい、何だろう……まだ、足音がする……」
夜の住宅街は、歩いている人は無く、各家には明かりが灯っている。
いざとなったら明るい家のインターフォンを押そう。
そう、心を保ちながら足早に歩みを進めた。
聞こえてくる足音に神経を集中させ、バス通りを目指す。
不意にスマホの通知音が鳴った。
一瞬、驚いて肩が跳ねたが、慌ててスマホを取り出した。縋るような思いで画面を確認する。
『お疲れさま。復帰一日目で疲れていない?』と言うメッセージ。
思わず、その画面の右上の電話のマークを押した。
2コール目で声が聞こえる。
「美緒さん?」
「三崎君、助けて!」
「どうした?」
「なんだか、つけられているみたい」
「近くにコンビニは?」
「今、バス通りに向かっているから、その道沿いにセブンがあったと思う」
「通話を切らないで、そのままコンビニを目指して!今、病院を出た所で車だから迎えに行く、どこのセブンか教えて」
「北山田店だったと思う」
「今、カーナビに入れた到着予定時刻13分後って、10分もあれば着く」
「うん、ありがとう」
「バス通り出れた?」
「後、少し」
ハンズフリーで話をしているのだろうか、時々雑音が入るものの、話をずっと続けてくれる。
「交差点曲がったよ」とか「もう直ぐ着くよ」など、”繋がっている” スマホから聞こえる三崎君の優しい声が、安心をくれる。
バス通りに出ると人通りがあり、少ししたらお目当てのセブンの明かりが見えて来た。
コンビニがこんなにもありがたいなんて!
「三崎君、セブン見えたよ」
「そう、良かった。俺もあと少しだから待っていて」
「うん、待っている」
「美味しそうなお菓子探してくれる?」
「どんなお菓子が好き?」
コンビニの入り口のドアを開けた。
それでも、通話を切らないまま、話を続けていると、さっきまでの恐怖心が和らいでくる。
「ポテトチップスとか好き」
「コンビニに着いたよ。ポテトチップスね。探して置く」
「それと、チョコレートも美緒さんの好きなのをチョイスして」
「チョコあったよ。どんなのが好き?ビター?」
「イチゴの入ったのも好きだよ」
「私も好き」
コンビニの店内で、お菓子を選びながら通話を続けて、耳に三崎君の声が聞こえる。
「今、着いたよ」
「えっ!」
顔を上げるとガラスの窓の向こうに、車から降り立つ三崎くんの姿を見つける。
三崎君も私を見つけて、視線が絡むとホッとした表情になり、小さく手を振った。
そして、繋がったままのスマホから優しい声が聞こえる。
「美緒さんが、無事で良かった」
スマホを耳にあてたまま、店内に入って来た三崎君から視線が離せない。
「美緒さん、大丈夫? ケガしていない?」
スマホを持ったまま三崎君を見上げて、自分の心の奥で沸々と湧き上がる何か不思議な感情に戸惑っていた。
さっきまで、恐怖で怯えていたのに……。
そんな事が吹き飛ぶような、不思議な感情。
スマホを持った手を包み込むように三崎君の温かい手が触れた。
「大丈夫? 怖かったよね」
ダークブラウンの瞳が私を見つめている。
切れずにいたスマホの画面が私と三崎君の重なる手の中で光っていた。
「三崎君……」
「ん? 」
「ありがとう」
三崎君の手の熱さを感じて、心の中に温かな感情が溢れる。
ようこそ、いらっしゃいませー。と言う店員さんの声が聞こえて、ココがコンビニだった事を思い出し、急に恥ずかしくなって慌てて手を引いた。
「チョコレート、やっぱり定番のイチゴの挟んであるのが美味しいと思うの」
と誤魔化すように視線を移し、チョコレートを手に取って、振り返るとすっぽりと胸元に入り込むような体制になってしまった。
三崎君の後ろには狭い通路を他のお客さんが通り過ぎる所で、道を譲るように三崎君が避けたところへ振り返ってしまったみたい。
ち、近い……。
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