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「クレアのお母様も私を励ましてくださったわ」
「ご家族とも良いお付き合いだったんですね」
「そうね。アーリックと長いこと交易をしていたこともありましたが……クレアのお母様も、なかなか子に恵まれなかった過去があったそうよ。だから、親身になってくれたのです」
「お子が授かれないというのは、とても、辛いことなのですね」
「アーリックと貴族、立場は違えど血を大切にすることは同じです。気持ちを分かってくれたのでしょう。それでも……」
なかなか赤子を授かることがなかったと、言葉にしないでも伝わってきた。
「何もかもが無駄に終わり、落胆していた私に、クレアのお母様が仰られたわ。産まなければいけないという重圧が、受胎の邪魔をしているのだろうって」
重圧という言葉にドキッとした。
無意識にお腹のあたりを擦り、脳裏に継母の歪んだ笑みを浮かべ、あの人が言い放った「無能な子を産むのよ」という台詞が耳の奥で響いた。
侯爵家ともなればその責務と重圧はなおのことだろう。ロックハート家ともなれば、どこぞの骨とも知らない養子を迎える訳にもいかなかったのだろう。その重圧と比べて、私に課せられた役目は、なんて小さいのだろうか。
私はどんな顔をしてローゼマリア様を見たらいいか分からず、視線を肖像画へと移した。
「一人でも良いから、跡継ぎが出来れば気が楽になるのではないか。養子を受け入れてはどうかと言われたのよ。でも色々と考えたら、それは難しかった」
「……諸侯から魔力の強い子を迎え入れたら、跡継ぎ問題に発展すると、考えられたんですね?」
私の返答に驚いた顔を見せたローゼマリア様は、すぐさま笑顔に戻る。
「ふふっ、ヴェルヘルミーナは本当に頭が良いわ。そう、その通りよ。跡継ぎは嫡子と決まっています。本来、養子や庶子に侯爵位を渡すことはしません。ただ特例として、嫡子が生まれなかったり魔力がうんと低い場合のみ、養子に跡目を継がせます」
「でも、一族の総意でなければならない」
「本当によく学んでいますね。それだけでも厄介ですが、養子を迎えた後に子を授かった場合も問題になるわ。魔力の高い息子を養子に出した家は、どう思うかしら?」
「……疎まれるかと」
嫡子を疎まれるくらいならまだいい。最悪、暗殺まで企てる者が現れてもおかしくない。それくらい、跡目相続は重要だ。分家として領地の一部を得るのとわけが違う。
侯爵家ともなれば出産も仕事の内ということか。
ローゼマリア様は、その重圧に打ち勝ったのだろうか。子どもを授かることが幸せと言えるようになったのだろうか。
手を握りしめて息を飲んだ私は、涙でかすむ視界の中、ローゼマリア様を見た。
「……ローゼマリア様、お辛かったのですね」
「本当に、優しい子ですこと。泣かないで、ヴェルヘルミーナ」
バラの刺繍の施されたハンカチが、そっと私の涙を拭った。その先には、優しく微笑むローゼマリア様がいる。この方は、聖母なのかもしれない。
「あなたと同じように、クレアも涙を流して私に言ったのです……『許されることなら、旦那様の子を産ませてください』と」
「クレア様、が?」
「あらっ。驚いて、涙が引っ込んだわね」
「えっ……冗談、だったんですか?」
「まさか、そんな質の悪い冗談を言ったりしないわ」
上品な微笑みの中、少しだけ悪戯の成功を喜ぶような、子どもっぽさを見せたローゼマリア様は、私の手を取ると優しく握ってきた。
「クレアは、ひそかに夫を慕っていたそうよ。でも、アーリックが一族以外の子を産むことは許されない。それどころか、相手は交易相手である侯爵の配偶者」
「許されない恋心だったんですね……」
「秘密にしておくつもりだった。でも、クレアは私のことも慕ってくれたから、長いこと悩んだ末……導き出した答えだったそうよ」
──許されることなら、一夜の思い出を。
私にはその感覚がよく分からないけど、いつぞや、屋敷の若い侍女が教えてくれた流行りの恋愛小説が、そんな話だった。恋が叶わないと思うほど燃え上がるのだとか。
そうまでして産んだ子をローゼマリア様に預けたクレア夫人は、どんな思いだったのだろうか。それに、旦那様はどんなお気持ちでクレア夫人と夜を過ごされたのか。
私には、何もかもが想像のつかない世界だわ。
「夫は私以外を抱くなど無理だと言って、泣いてくれたの。あの人、泣き虫で弱虫で……」
「……ローゼマリア様」
「その言葉で、十分でした。私は侯爵としてこの家を守らなければならないのですから」
だから、クレア様との間に子どもを作るよう言われた。それが、ヴィンセント様の出生の秘密なのね。
ローゼマリア様たちの気持ちを理解することは難しい。
この短い会話の中で話せることは、きっと数少ないわ。ここにいないクレア夫人と旦那様の気持ちを知ることだって出来ない。でも、家族を思って辛い決断をされたってことだけは、なんとなく想像がついた。
私には、ローゼマリア様の手を握りしめることしか出来なかった。
その優しい手に刻まれたシワは、長年、侯爵として闘ってきた証のように見えた。
コメント
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ローゼマリア様の重圧と優しさ、どちらも感じられるお話でしたね…「優しい手に刻まれたシワは、侯爵として闘ってきた証」っていう表現がすごく刺さりました。クレア夫人の秘密の恋心も切なくて、ヴェルヘルミーナがただ手を握ることしかできなかった場面、胸がぎゅっとなりました🥀🤍
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