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「……憧れなんて生やさしい気持ちだけじゃ、あの先生になんか近寄れないとわかったのよ…」
彼女が低く声を吐いて、吸い切ったタバコの吸い殻を、灰皿にぎゅっと押し当てて揉み消した。
「ひと月ももたないわ、笹井さんだって、きっと……。……あの先生はね、ただ優しくして気を持たせるだけで、自分から気を許すこともないんだから……」
新たに頼んだお酒が来るまでの間、松原女史はいかにも口惜しそうな顔つきで、コップの水をグッと含むと、
「……そんな男なのよ」
そう、ぽつりと一言を呟いた。
「……だけどどうして、誰にも気を許さないんでしょうね?」
こないだの夜に、感情をふいにあらわにする姿を見せられたこともあり、あの医師の本当の心の内が知りたくなった。
「……前に、少しだけ聞いたことがあるわ。……先生はエリート医師の家系で、厳格に育てられたからだとか……」
松原女史から、そんな答えが返って、
「それほど、厳しく……?」
どんな子供時代をあの人は過ごしてきたんだろうと、さらにまた興味が湧いた。
「確かなことまでは、わからないけど……」
そう前置きをすると、
「……幼い頃から人間関係までコントロールされるようなことが続いて、それがあの寄せ付けなさを作ったみたいな話を、ちょっと小耳に挟んだことがあって……」
女史は、話の場繋ぎに何本目かのタバコに火を灯した。