テラーノベル
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推理小説というものを書いていると、時々奇妙な依頼が舞い込む。
今回もそうだった。
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昭和三十四年九月。
東京の出版社で担当編集者と顔を合わせた私は、一枚の封筒を差し出された。
「取材旅行だと思ってください。」
編集者はそう言った。
「瀬戸内海の沖に潮鳴島という島があります。そこの旅館が開業五十周年を迎えるそうで。」
「旅館の取材ですか?」
「ええ。それと――」
編集者は少し笑った。
「御堂真一郎先生も来られるそうです。」
私は思わず顔を上げた。
その名を知らない者はいない。
警察がさじを投げた難事件を解決し、
「東洋の名探偵」と呼ばれる男である。
もちろん私も何度も新聞記事を読んでいた。
「本物ですか?」
「偽物の名探偵なんて聞いたことありませんよ。」
そう言われると確かにそうだった。
私は招待状を受け取った。
その時はまだ知らなかった。
この紙切れ一枚が、私の人生を変えることになるなどと。
潮鳴島へ向かう連絡船は小さかった。
甲板には十人ほどの乗客がいる。
九月とはいえ海風は冷たい。
私は手すりにもたれながら煙草に火をつけた。
「一本いただけますか。」
声を掛けられた。
振り向く。
背の高い男だった。
四十代後半だろうか。
白いパナマ帽。
細身のスーツ。
穏やかな目。
新聞で何度も見た顔だった。
御堂真一郎。
本人である。
「あ……どうぞ。」
慌てて煙草を差し出す。
御堂は受け取り、火をつけた。
「神崎修一さんですね。」
私は驚いた。
「ご存じなんですか。」
「小説を読ませていただきました。」
「私の?」
「ええ。」
名探偵に自分の小説を読まれていた。
作家冥利に尽きる。
その時の私は純粋に嬉しかった。
本当に。
心から。
さて読者諸君。
ここで一つ覚えておいてほしい。
私はこの男に好感を抱いた。
むしろ尊敬していた。
事件が起きた後も。
殺人が起きた後でさえ。
私は”御堂真一郎を信じている“ということを…。
潮鳴島は夕方に見えてきた。
海霧の向こうから現れる小さな島。
断崖に囲まれた不気味な姿だった。
島の中央には木造三階建ての旅館が建っている。
(つきかげそう)
今回の舞台である。
旅館には既に何人かの客が到着していた。
実業家の大河内栄三。
(おおこうち えいぞう )
元新聞記者の河野正彦。
(こうの まさひこ)
元警察署長の佐伯忠雄。
(さえき ただお)
海運会社元幹部の宮本敬介。
(みやもと けいすけ)
そして旅館の女将、高瀬静江。
(たかせ しずえ)
全員が五十代から六十代。
宿泊者の中では、私と御堂だけが比較的若かった。
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その夜、宴会が開かれた。
広間に長机が並ぶ。
刺身。
煮魚。
徳利。
島酒。
昭和の旅館らしい光景だった。
話題は自然と昔話になる。
戦争のこと。
景気のこと。
海のこと。
誰もが笑っていた。
ただ一人。
大河内だけを除いて。
彼は酒を飲むたび顔色を悪くしていた。
何かに怯えているようだった。
やがて耐えられなくなったのか。
大河内が立ち上がる。
「ふざけるな。」
広間が静まり返る。
誰も何も言っていない。
なのに彼は怒っていた。
「今さら蒸し返してどうなる!」
誰に向かって言ったのか。
誰も分からない。
しかし。
数人の顔色が変わった。
河野。
宮本。
佐伯。
そして女将。
御堂はそれを見逃さなかった。
「何かあるんですか。」
私が尋ねる。
御堂は盃を置いた。
「ありますね。」
「何が。」
「過去です。」
「過去?」
「人間が最も恐れるものですよ。 」
そう言って笑った。
私はその時。
この言葉の意味を理解していなかった。
宴会がお開きになったのは午後十時過ぎだった。
部屋へ戻る途中。
私は廊下に落ちている紙を見つけた。
誰かが落としたらしい。
拾い上げる。
そこには一行だけ書かれていた。
私は息を呑んだ。
いたずらだろうか。
脅迫だろうか。
その時。
背後から声がした。
「それを見つけましたか。」
御堂だった。
私は紙を渡した。
御堂はしばらく眺める。
そして言った。
「面白くなってきましたね。」
読者諸君。
あなたならどう思うだろう。
脅迫状が見つかる。
過去に怯える客たち。
孤島の旅館。
そして名探偵。
ここまで揃えば。
誰だって事件を予感する。
私もそうだった。
しかし 私が予感した事件は 実際に起きる事件よりずっと単純だった。
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翌朝。
午前六時四十分。
島中に響く悲鳴で私は目を覚ました。
着替えもそこそこに部屋を飛び出す。
廊下には宿泊客たちが集まっていた。
女将の顔は真っ青だった。
「展望台です!」
誰かが叫ぶ。
全員で駆け出す。
朝霧の中。
海を見下ろす展望台。
その中央で。
一人の男が倒れていた。
大河内栄三。
昨夜まで生きていた男。
その頭部は。
鈍器のようなもので何度も殴られていた。
死んでいた。
そこで御堂は静かにしゃがみ込んだ。
死体を観察する。
血痕。
足跡。
周囲の地面。
誰も口を開かない。
数分後。
御堂が立ち上がる。
そして 奇妙なことを言った。
「おかしいですね。」
「何がです?」
私は尋ねた。
御堂は海の向こうを見たまま答える。
「この人は、ここで殺されていません。」
さて。
読者諸君。
第一の謎である。
大河内は展望台で発見された。
しかし御堂は、
と言う。
では 大河内はどこで殺されたのか。
そして、 なぜ死体は展望台へ運ばれたのか。
さらに 脅迫状の「二十年前の罪」とは何なのか。
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るしゅ
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#推理
橘靖竜
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保谷東
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コメント
1件
**はる。:** おお、昭和の孤島ミステリー、めっちゃ雰囲気出てるやん! 御堂真一郎って名探偵の登場が渋すぎるし、「ここは殺害現場じゃない」とか第1話からして謎が重なっててワクワクするわ。二十年前の罪と招待状…この先どう転ぶかめちゃ気になる🔥 次話も楽しみにしてる!