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『えー、本日午後1時23分、当時12歳だった佐藤孝之君の拉致監禁容疑で、花崎祐樹容疑者が再逮捕されました。
繰り返します。午後1時23分、佐藤孝之君の拉致監禁容疑で、花崎祐樹容疑者が再逮捕されました』
筒井美穂は木村浩一と共に立ち寄った定食屋に設置された、今時珍しい小さなテレビに映し出された映像を見つめた。
頭から申し訳程度にジャンパーを被せられた男が、警察官に挟まれて歩いていく。
『えー、花崎祐樹容疑者は、今月19日、母親である花崎聡子さん当時56歳の殺害および死体遺棄容疑、さらに、当時12歳だった少年への拉致監禁暴行容疑ですでに逮捕されており、余罪に関しての調査が続けられています』
「ねえ」
ラーメンをすすりながら美穂はテレビを指さした。
「この顔って、どこかで見たことない?」
面倒くさそうに振り返った浩一がテレビを見上げる。
「―――ああ。あれじゃない?あの俳優に似てるよ。なんつったかな。え…江本…じゃないし……」
「ああ。江波俊彦?」
「そう!それだ」
言いながら浩一は向き直るとラーメンを啜った。
『また、昨年の夏から続いている連続少年誘拐死体遺棄事件の関与もほのめかしているということで、警察では慎重に余罪の調査を進めています』
「―――まあ、似てなくもないけど……」
やっとラーメンに視線を戻し、麺を箸でつまんだ美穂の目の前に、リングケースが差し出された。
「―――え?」
「こんなとこでなんだけど」
浩一が鼻をすすりながら微笑む。
「結婚しよ、美穂」
呆気にとられた美穂は、一つ息を吐いてから言い放った。
「………あり得ないんだけど」
まさか断られるとは思っていなかったのか、浩一は怒りで顔を真っ赤に染めると、乱暴に立ち上がった。
そしてリングケースをジーンズの尻ポケットに突っ込みながら、定食屋を出て行った。
「――――」
美穂はふっと笑った。
―――あれ?なんで私、断ったんだっけ?
思いながら箸で麺を掴み直す。
―――てかなんで私、付き合ってたんだっけ?
「……はは」
今度は声に出して笑いながら、美穂は豪快に麺を啜った。
◇◇◇
「今日の夕食は何?」
学校から真っ直ぐ帰宅した土井尚子は、祖母の肩越しから鍋を覗き込んだ。
「トン汁と、鮭のこうじ焼きと、メンマと油揚げの煮物」
「―――」
尚子は祖母を睨んだ。
「酒のツマミじゃないんだから……」
「あ」
祖母が笑う。
「長年の癖は抜けないわね……」
「まあいいや。お祖母ちゃんのメンマ好きだしー」
言いながら尚子は祖母を割烹着ごと後ろから抱きしめた。
「お父さんもその方が喜ぶからいいんじゃない?」
「……………」
祖母は少し寂しそうに微笑んでから、小皿に菜箸で摘まんだメンマを乗せた。
「はい。じゃあ、尚子が持って行って」
「えー、なんで私―」
「お父さんもその方が喜ぶからいいんじゃない?」
祖母の言葉に苦笑しながら、尚子は小皿を受け取り、冷蔵庫からソレを取り出した。
居間を通り抜け、仏間に行くと、照明の紐を引っ張り灯りを付けた。
仏壇の前に小皿とソレを置くと、父の遺影に向かって微笑んだ。
「飲みすぎないでね!お父さん」
置いた缶ビールは、小さな水滴を纏っていた。
◇◇◇
「ただいま!!」
仙田隆太は、北欧風の木製ドアを開け放った。
ドタドタと重い足音が響き、奥から杏奈が駆け寄ってきた。
「パパー!!」
抱き上げて頬ずりをする。
「迎えに行けなくてごめんなー?」
言うと、奥から男が出てきた。
「仕事で行けないのはしょうがないけど、もう少し早めに連絡くれないかな!」
健介はこちらを睨み上げた。
「悪い悪い……。急に雨なんか降ってくるもんだから、養生しないといけなくてさ」
「急にじゃない。朝のニュースで夕方から雨だって言ってただろ。大工のくせに天気予報も見ないのか?」
健介は馬鹿にしたようにため息をついた。
「ごめんて。悪かったよ。感謝してるってすげー」
言いながら弟の肩に肘を置くと、健介はすぐさまその腕をふり払った。
「何度も言うけど、兄貴のためじゃなくて、杏奈のためだからね!俺も嫁も!
あんたなんかに育てられたらろくな女にならないから!」
「わってるってー」
隆太は苦笑いしながら杏奈を下ろした。
「――感謝してます。ありがとう!」
すると、杏奈は隆太の前に立ちはだかり、健介を睨んだ。
「――めっ!!」
隆太と健介は顔を見合わせ、
「ぷっ」
「クッ」
同時に吹き出した。
◇◇◇
「こちらが退院後、通院していただく堀内医院の紹介状になります」
大学病院の受付で、それを受け取った尾山雄次は小さく頷いた。
「お薬は2週間分出ていますが、出来るだけ早く受診してくださいね」
「わかりました」
「介護タクシーの手配はお済みですか?」
受付嬢が薬を袋に入れながら聞く。
「あ、いえ。普通のタクシーで帰ろうと思ってまして。松葉杖でなんとか歩けるようになったものですから」
「あ、そうでしたか。失礼しました」
受付嬢が微笑む。
尾山も微笑んで頭を下げた。
「お世話になりました」
入院の荷物を入れたボストンバックを肩に背負いながらきょろきょろとあたりを見回す。
「あれ?どこいったんだ?」
言うと妻は、
「売店に行ったわよ」
と答えながら出入口を見た。
「あ、あれじゃない?タクシー」
「お、きたか?」
「ちょっと確かめてくる!」
妻が軽い足取りで走っていく。
尾山は売店を振り返った。
店先にある自動販売機で彼は、入院中と思われる少年と何やら話していた。
「あなたー!やっぱりそうだったー!」
出入り口から妻が手を振る。
尾山は彼女に手を上げると、口元に手を添え、息子を呼ぶべく、売店に向かって大きく息を吸い込んだ。