花街炎上
武器商人松金屋とグレイトの陰謀を阻止するため、女衒と売られていく娘に扮した一刀斎と志麻。
妓楼の遣手婆の協力で二人を追い詰めるが、思わぬ反撃により絶体絶命の窮地に追い込まれる。
果たして燃え上がる妓楼から一刀斎と志麻は脱出できるのか?
一年間のブランクを経て、物語はクライマックスに突入する。
「今、男衆を松金屋とグレイトの所へ行かせたよ」トラ婆は戻って来るなり一刀斎に向かってそう言った。
「すまねぇ、造作をかけるな・・・」一刀斎が神妙に頭を下げる。
「なぁに、花街は御公儀のお墨付きを貰って商売やってんだ、協力は吝やぶさかじゃぁない。ただ、痛くもない腹を探られるのだけは、ごめん被りたいんだよ」
「分かってる、あの二人さえ抑える事が出来たら、ここにゃ迷惑はかけねぇよ」
「それを聞いて安心した・・・」トラ婆は火鉢の側にペタリと座り込むと、懐からたばこ入れを取り出し、旨そうに吸い始めた。紫色の煙がゆらゆらと立ち昇る。そして、目を細めてふ〜と煙を吐き出すと、志麻に視線を投げた。
「志麻って言ったかい?」
「は・・・はい」志麻が顔を上げた。
「惜しいねぇ、あんただったら太夫を張れたのに」
「え・・・?」
「あんた、うちに来ないかい?」
「え・・・えええ!」いきなりの事で志麻は狼狽する。
その様子が可笑しかったのか、トラ婆は目尻に皺を寄せた。「ははは、冗談さ」
「ああ、びっくりした・・・」
「だがね、そこの旦那に惚れるのだけはよしておきな」
「そそそ、そんな・・・惚れるだなんて」志麻は慌てて否定する。
「きっといい結末にゃならないよ」トラ婆の目は笑っていなかった。
志麻は膝に置いた手に視線を落とした。
その時・・・二階の座敷の方から爆竹の爆ぜるような音が聞こえて来た。
パン・パン・パンと、都合三回その音は鳴った。
「あの音はピストールの音に違ぇねえ!」一刀斎が、背負ってきた薬箱に隠した脇差を掴み出す。
「志麻、ここに居ろ!」
「嫌だ、私も行く!」志麻は仕込み杖を手に持って立ち上がる。
「ダメだ!トラ婆、志麻を頼む!」言うが早いか、一刀斎は化粧室を飛び出して行った。
「待った!」
後を追おうとした志麻の前に、トラ婆が立ち塞がる。
「あいつの気持ちが分からないのかい!」
「どいて!私は行かなくちゃ!」志麻がトラ婆を押し除けようとした。
途端に志麻の頬が鳴る。
「あいつはあんたの目の前で自分の正体を明かした、もう二度とあんたに会えない事を覚悟しての決断だ!」
「そ、そんな、だったら尚更・・・」
「馬鹿ッ!隠密が正体をバラすって事は、それだけ腹を括ったって事なんだ。あいつの仕事を邪魔しちゃならない、あとはあいつの任せるんだよ!」
「わ・・・私」志麻は急に膝の力が抜けて、ガクリと崩折くずおれた。「聞かなきゃ良かった・・」
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雁木楼は広い、さすが港崎みよさき遊郭一の妓楼である。
中庭をぐるりと取り囲むようにして二階建ての建物が立っており、一階は宴会場、二階は妓女と客が一夜を共にする部屋が並んでいる。
先ほど一階は見て回った、奴らが居るとしたら二階に違いない。右手の奥に階段があった。
一刀斎は階段を駆け上がろうとして立ち止まる。悲鳴を上げながら女が転げ落ちて来たからだ。
「何があった!」腰を抑えて呻いている女に訊く。
「お、男衆が三人撃たれたんだよ・・・うう」
トラ婆が行かせた雁木楼の男達に違いない。
「客やほかの者は!」
「みんな部屋から出られないんだよぅ、あの毛唐けとう、獣のような目で周りを見回して、動けば撃つと言ったんだ。あちきはたまたま階段のそばにいたから必死で・・・」
「分かった、もういい」
一刀斎は手に持った脇差を腰に差すと、静かに階段を登り始めた。
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その頃、雁木楼の外では銀次と慈心が待ちくたびれてあくびをしていた。
「兄ぃ達、遅いな・・・」銀次がポツリと呟いた。
「ふむ、中に入ってからもう一刻は経つ」慈心が応える。
「ちょっと見てこようか?」
「よせ、下手に動くと計画がフイじゃ、あやつらが動くまで待とう」慈心が張り店の方に顎をしゃくった。
張り店の前には松金屋の用心棒と思しき男達が、まだ何人もウロウロしている。
その時、破裂音が三度夜空に谺こだました。
「なんだ、あの音は?」銀次が首を捻る。
「はて、どこかで聞いた事のある音じゃが・・・」
「見ろ爺さん、奴ら動き出したぞ」
張り店の野次馬の中から数人の男たちが慌ただしく走り出すのが見えた。路地や木の影からも人影が湧いて出る。
何処に隠していたものか、みな長ドスや刀で武装している。
「思い出した、さっきのあれはピストールの音じゃ!」自身の顔に緊張が走る。「わしらも行くぞ、あやつら雁木楼に乗り込むつもりじゃ」
「お、おう!」
銀次と慈心は男達の後を追って、雁木楼に向かった。
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再び雁木楼の内部(一刀斎)
階段の端から覗くと、廊下が右に折れ曲がるその角に松金屋とグレイトが立っていた。廊下には三人の男が倒れている。二人はすでに事切れているようだが、一人が苦しそうに呻いていた。
狭い廊下で左右に部屋が三室づつ。左側の部屋は表通りに面しており、右側は中庭に面している。一番奥の右側の部屋だけが開いており、松金屋とグレイトはそこで密談を交わしていたらしい。
後の部屋は襖を閉め切って客達は中で息を潜めているようだ。
グレイトがピストールを構えて、まだ息のある男に狙いを定める。
「待ちな!」一刀斎が脇差を抜いて階段を上りきると、グレイトが銃口を向けた。
「お、お前は一刀斎、なぜここにいる!」松金屋が叫んだ。
「俺は御公儀の密命を帯びた密偵さ。この国の事などこれっぽっちも考えていない武器商人めらが!」
「おいグレイト、こいつを生かして帰すな!」
いきなり銃声が響いた。左の脇腹に焼け火箸を押し込まれたような痛みを感じて、一刀斎は蹲る。
「コンドハ、ハズサナイ!」グレイトが再び銃口を向けた。
一刀斎が左手で脇腹を押さえて、ゆらりと立ち上がる。
「ここを狙え、絶対に外すんじゃねぇぞ」仁王立ちになり、心臓の上を拳で叩きながら言うと、ズイと前に出た。
「グレイト、せっかくああ言ってるんだ、遠慮なく殺してやるがいい」松金屋が北叟笑ほくそえむ。
「ソノツモリダ!」
グレイトは慎重に一刀斎に照準を合わせると、息を詰めて引き金を引いた。
その一瞬の呼吸を、一刀斎は見逃さない。襖を突き破って右側の部屋に飛び込んだ。中では客と女が抱き合って震えている。
「おっとすまねぇ、飛んだ野暮をしちまった」顰めた顔で無理に笑顔を作って立ち上がる。
一刀斎がゆっくりと廊下に出ると、松金屋とグレイトが呆然とこちらを見ていた。
ピストールは五連発、これで弾切れの筈だ。
「今の弾で最後だったんだろう?今度はこっちの番だ覚悟しな」
痛みを堪えて一刀斎が床を蹴る。倒れている男衆を飛び越えた時、慌てて松金屋が部屋に飛び込んだ。
着地と同時に脇差が閃く。
喉を斬り裂かれたグレイトの身体が音を立てて転がった。
部屋に飛び込んだ松金屋の姿を目で追って、心臓が凍りついた。松金屋が油を部屋にぶちまけている。遊女が補充用に持ち込んだものだろう。
一刀斎が部屋に飛び込むと同時に松金屋が行燈あんどんを蹴り倒す。一気に火が燃え広がった。
「わっははははは!これで俺を捕まえる事はできまい」
炎の向こうから松金屋が嘯うそぶく。
「てめぇ、死ぬ気か!」
「もとより、お前に捕まれば死罪は免まぬがれまい。だが俺は死ぬ気はない!」
そう言うと松金屋は、格子窓を突き破って外に飛び出した。
「待て!」
一瞬の躊躇の後、一刀斎は炎の中に飛び込んだ。
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化粧部屋の中で、志麻がハッと顔を上げる。
「婆さま、また銃声が!」
グレイトが一刀斎を撃った銃声である。もとより、志麻はその事を知らない。間を置いてさらに銃声が轟いた。
「こりゃ只事じゃないね」トラ婆が立ち上がる。
「私、やっぱり行きます!」
「待った、ここは私が取り仕切ってるんだ、私が行く」
「でも・・・」
「着いて来るのは止めやしないよ」
そう言い残すと、トラ婆は化粧部屋を飛び出して行った。
志麻も仕込み杖を握りしめると部屋を出た。トラ婆の背を追って妓楼の奥へ入って行く。
廊下の奥からは客と遊女が、悲鳴を上げながら逃げて来る。
トラ婆が遊女の一人の袖を掴まえた。
「何があったんだい!」血の気が失せた遊女に、トラ婆が厳しく問い詰める。
「お、男衆が三人撃ち殺されて、そしたら男がいきなり刀を抜いて、そしてそして・・・」
「一刀斎だ!」志麻が言った。
「それからどうした!」トラ婆が先を促す。
「男が撃たれたけど異人の客を斬って、そしたら連れの客が行灯を蹴って、火が火が・・・」
「男は?」
「わからない!」
支離滅裂だが凡およその事は分かった。
「分かった、行きな」
トラ婆が袖を離すと、遊女は一目散に走って行った。その時、港崎みよさき遊郭の夜空に半鐘が鳴り響いた。早鐘が火の勢いの強い事を知らせている。
「チッ、なんてこったい」
トラ婆が階段を見上げると早くも煙が流れてきた。
「二階に上がるのは無理だ、志麻、引き返すよ」
「お婆さん、逃げて。私は一刀斎を助けに行く」
「あんた死ぬ気かい?」
そう言われて志麻は唇を噛んだ。そして一気に言い放つ。
「私はやっぱり一刀斎が好き。もうこの先一生逢えなくても・・・いえ、だからこそもう一度逢いたい。あの人を見殺しにするくらいなら死んだ方がマシよ!」
志麻はトラ婆を突き飛ばして階段を駆け上って行った。
「あ、待ちな・・・」トラ婆は呆然と志麻の後ろ姿を見送った。
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銀次と慈心が男達の後を追って中に駆け込んだ時、雁木楼の中は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
奥から逃げてくる客や女。それを押し除けて奥へ進もうとする男達。
その間にも二発の銃声が楼内に響き渡る。男達の動きが更に慌しくなった。
雁木楼の男衆が闖入者を止めようと必死に応戦していたが、あっという間に血だるまになった。
慈心も一刀斎同様脇差しか持っていない。銀次も匕首あいくちを懐に隠していたがそれだけだ。男達を迎え撃つ装備としては、何とも心細い。
慈心は柱の影に隠れながら男達を伺う。
「どうやら奥で火の手が上がったようじゃな」逃げてきた者達が口走る事と、期せずして鳴り出した半鐘の音で慈心はそう判じた。だがまだ煙はここまで届いていない。
「爺さん、嬢ちゃんを助けねぇと!」銀次が言った。
「慌てるな、志麻は自分の身くらい自分で守れる。それより、奴らが何処へ向かうか確かめよう」
慈心と銀次は、そっと柱の影から抜け出して男達の後を追った。
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雁木楼中庭(松金屋)
松金屋は雁木楼を頻繁に利用している。従って建物の構造は知り尽くしていた。
一階は大広間の宴会場が東西南北に配されており、中庭に面してぐるりと渡り廊下が設けられている。
中庭はほぼ正方形で一辺が約十間(18メートル)ほどだ。
ここは南側の棟で格子窓の外は中庭の築山だ、柔らかい苔が密生している事も織り込み済みである。
そこに飛び降りた松金屋は、急いで大きな庭石の陰に身を潜める。
雁木楼の中庭は、緊急の際に落ち合う場所に指定してあった。グレイトが撃ったピストールの音を聞きつけて、すぐに用心棒の男達が駆けつける筈だ。こんな日の為に、日頃から十分な金子を与えて荒くれ者達を飼っているのだから。
庭石の陰から覗き見ると、今まさに一刀斎が窓枠を蹴って暗い中庭に身を躍おどらせた所だった。
「早く来い・・・」松金屋は、男達の到着を歯軋りしながら待っていた。
(一刀斎)
着地の時、天地がグラリと揺れて膝をつく。腹の傷は思ったより深そうだ。
「チッ、早ぇとこケリをつけなきゃ血が無くなっちまうぜ・・・」
見ると柔らかい苔の上に深い足跡が残っている。「ここに飛び降りやがったな・・・」
そこから庭石の方向に苔を踏みしだいた跡があった。
「そこに居るのは分かってるんだぜ」一刀斎はゆっくりと庭石に近づきながら声をかけた。
松金屋は息を潜めて蹲うずくまっている。指先が小刻みに震えていた。
「さあ、おとなしく縛につけ!」
庭石の影からおずおずと松金屋が出て来た。「た、助けてくれたら金は好きなだけやる」
「お前ぇは自分のした事が分かっちゃいねぇ、下手すりゃ異国にこの国を乗っ取られっちまうとこだったんだぜ」
「そんな大それた事だとは知らなかったんだ、頼む助けてくれ、そうすりゃ一生恩に着る」
松金屋は苔の上に額を擦り付けた。その背中に二階の屋根から火の粉が舞い落ちてくる。見上げると火は西側の棟に燃え移ろうとしていた。
「お前ぇには火つけの罪も償って貰わなくちゃならねぇ。命が一つしか無い事をありがたく思うんだな」
松金屋が一刀斎を拝むようにして顔を上げた途端、松金屋の顔が薄ら笑いに変わった。
視軸の先に待ちに待ったものが見えたのだ。
廊下を乱暴に走る音がして、北東の角の廊下から男達が中庭に雪崩れ込んで来た。
「どうやら形勢逆転のようだな」
松金屋が立ち上がって怒鳴った。「そいつを殺せ!」
男達は一刀斎を囲むようにして、両側に広がった。
「フン、あと少しだったのによ」一刀斎が自嘲気味に呟いて男達に向き直った。
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雁木楼内部(志麻)
炎より先に煙と熱気が志麻を襲った。思わず身を低くして口元を袖で覆う。それでも熱気は容赦なく肺に流れ込んできた。
両側の襖には既に火が広がっており、梁に燃え移るのに時間はかかるまい。
志麻は這うようにして奥に進んだ。
しばらく行くと人の呻き声が聞こえた。
「だれ・・誰かいるの?」それまで煙に阻まれてよく見えなかったが、廊下に数人倒れている。
「た・・助けて・・・」
「他の人は?」
「死んでいる・・・そこに・・転がっている異人に撃たれたんだ」
見るとグレイトが喉を斬られて死んでいた。
「一刀斎が斬ったのね」炎の先を透かし見たがそれらしい人影は見えなかった。
気は焦るがこの人を見捨てる訳にはいかない。志麻は男を引きずって廊下を階段の所まで戻った。
そして階下に向かって大声を上げた。「お婆ちゃん、まだ居る!」
「ああ、まだ居るよ。あの男は居たのかい?」トラ婆は志麻を案じてそこに居た。
「ううん、まだ見つからない。だけど男の人が倒れていてまだ息があるの。誰か助けを呼んできて!」
「あんたはどうするんだい!」
「行く!」振り返って廊下の奥を見るとさっきより火の勢いが強くなっていた。
一刀斎はこの奥にいる。志麻は蛍のように舞う火の粉を着物の袖で払いながら、ゆっくりと前に進んだ。
「まったく、しょうのない娘だよ」トラ婆が呟いた。
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雁木楼中庭付近(慈心・銀次)
「おい、あれは一刀斎ではないか?」
男達の後を追っていた慈心が銀次に言った。男達が左右に展開した事で中庭の様子が見えた。
「間違いない、兄ぃだ!」
「どうやら怪我をしているようじゃ」
「早く助けようぜ!」
「待て、奴らが一刀斎に襲いかかったところを後ろから襲撃する」
「でもよぅ・・・」
「馬鹿者!急いては事を仕損ずる、確実に一刀斎を助けたければ機を待つのじゃ!」
「そ、そうだな・・・」
慈心に諌められて、銀次は逸る心をなんとか抑えた。
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雁木楼中庭(一刀斎)
「ひぃふぅみぃ・・・十人か、この状態じゃちっとばかしヤバそうだな」一刀斎は腹の傷に手をやった。なんとかこの窮地を脱さねばならない。
(そういえば昔、俺の祖父じいさんが言ってたっけ。『痛・い《・》と思うから痛いんだ、ただの痛・み《・》だと思えば他人事になって、痛みは自分のもんじゃなくなる』ってな。ここは祖父さんを信じてやってみるか・・・これは痛いんじゃない、ただの痛みだ)
「痛み、痛み・・・痛み」
三度唱えると、なんとなく痛みが遠のいたような気がした。一刀斎は傷から手を離して胸を張る。
「さあ、命が惜しくねぇ奴は、かかってきな!」脇差を右手に構えて前に出た。
さして広い庭ではない。まして北東には瓢箪の形をした小さな池があり、南西の角には石灯籠、東南には松金屋が隠れていた大きな庭石や松が配してある。一刀斎の立つ築山は小高い丘のようになっており、敵を見下ろす絶好の場所だ。更に南側は火の勢いが強く、敵が回り込む余地はない。立ち位置としてはこちらが有利。
数で勝る敵は動きが制限され、心理的には誰かが先に行ってくれることを望むようになる。
ジリジリと迫ってはくるが、まだ誰も斬りかかって来ない。
「来ねぇんならこっちから行くぜ!」
一刀斎は北西に僅かに空いた平地に向かって築山を駆け降りる。
この誘いに、敵は堰を切ったように一刀斎に殺到した。
多敵の戦闘において、一刀両断に命を奪う斬撃を繰り出す必要はない。刃が数寸身体に潜り込むだけで、敵は戦意を喪失して動けなくなるのだから。
一人に対して大きな動作で動いていたら、次の敵に隙を突かれて一巻の終わりだ。
一刀斎は目の前に飛び込んできた敵の攻撃を躱すと、籠手を打つ要領で右手親指を斬り落とした。
敵は武器を落として蹲る。親指がなければ刀を持つこともできない。
長ドスを振り上げて右から斬り込んでくる敵には、刃の下を潜り抜けざま脇の下を掬すくってやった。そこは血管の集まる場所で浅手でも相当な出血となる。敵はそれに驚いて戦意を無くす。次にかかって来た奴は、剣術の心得があった。青眼に構えて真っ直ぐ一刀斎の腹を突いてきた。左に身を躱しながら、脇差の棟で敵の刀の棟を渡って懐に飛び込んだが、ここで突きは使えない、刃を抜いている間に他の敵にやられてしまうからだ。そのまま刃を返して顎の下を軽く斬り上げる。それでもう敵は二度と立ちあがろうとはしなかった。
一刀斎は瞬きをほんの数回する程の間に、これだけの事をやってのけたのだ。
敵は何が起きたのか分からず動きを止めた。
その間に一刀斎はまた築山の上に位置を移す。
「ふふ・・・(祖父さんあんた嘘つきだ、やっぱ痛ぇじゃねぇか)」祖父の笑っている顔が目に浮かぶ。
その時、池の側にいた敵が呻き声を上げた。
「一刀斎、無事か!」慈心が脇差の血を振るいながら言った。
一刀斎に気を奪われていた敵が一斉に振り返る。
「兄ぃ!」
「慈心の爺さん、銀次」
「遅くなってすまん、そこの案内人が不調法でな」慈心は揶揄するように男達に顎をしゃくった。
「なんだ、手前ぇは!」
「見ての通りただの爺いじゃが少しはできる。心してかかってくるがよい」
思わぬ伏兵の出現に敵はたじろいだ、どちらに刃を向けるべきか決めかねているようだ。
「さあ一刀斎、一気に片をつけようではないか」慈心が言った。
そうは言っても数の上での敵の優位は動かない。さっきのように無闇に斬り掛かって来る事が無くなった分、片をつけるには手間取りそうだ。
そうしている間にも火の勢いは強くなる。炎によって巻き起こる風で、火の粉が夜空を焦がした。
火は東の建物にも燃え移ったようだ。
「何をしている、たかが爺いと若造が増えただけではないか、とっとと殺せ!」庭石の後ろから松金屋が叫ぶ。「いったいいくらお前達に払っていると思っている!」
男達が互いに顔を見合わせ頷き合うと、三組に分かれて動き出す。一刀斎に三人、慈心と銀次には四人の敵が向かい、ジリジリと間合いを詰めて行った。
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雁木楼内部(志麻)
グレイトの骸が転がっているところまで戻った。廊下の突き当りが右に折れており、その角の部屋あたりが一番火の勢いが強い。
「あそこが火元ね」
しかし、火勢が強すぎて近づく事ができない。
「あそこに一刀斎がいたとしたら、今頃・・・」
志麻はブンブンと首を振った。
「こんなんで、一刀斎が死ぬ筈はない」不吉な思いを振り切るようにキッと炎を睨む。
その時、怒鳴り声が聞こえた。『とっとと殺せ!』
「あの声は松金屋、あの炎の向こう側だ!」
炎の先に格子窓が開いているのが見えた。
「どうとでもなれ!」
志麻が炎に飛び込むと、髪の毛がチリチリと音を立てた。
そのまま部屋を突っ切り、夜の闇に身を踊らせる。
志麻は一瞬フワリと宙に舞って真っ逆さまに落ちて行った。
地面が急速に近づいて来る。
激突の瞬間、志麻はしなやかに身を捻ると、肩から背へと転がった。
思ったほどの衝撃は無い、柔らかい苔が衝撃を吸い取ってくれたのだろう。
受け身をとって立ち上がった時、目の前に一刀斎が居た。
「志麻・・・」
「一刀斎・・・」志麻は一刀斎をじっと見つめた。
「馬鹿野郎、この火が見えねぇのか!ここはもうすぐ焼け落ちる、そうなる前になぜ逃げねぇ!」
もっと喜んでくれると思ったのに、いきなり怒鳴られてしまった。
「何よ!私一刀斎が一緒じゃなきゃ絶対にここを出ないから!」
「手前ぇ俺の気持ちが分からねぇのか!」
「分かるわけないじゃない!」
「この分からず屋が!」
「分からず屋はどっちよ、この唐変木!」
志麻と一刀斎は周りの事も忘れていがみあう。
「おい、何をイチャついてやがる!」呆れて敵の一人が怒鳴った。
「るせぇ、手前ぇにゃ関係ねぇ!」
「お前の相手は俺たちだぞ!」
志麻が仕込み杖を男に向けた。
「今度は私が相手よ!」
「志麻!」
脇差で敵を制しながらその様子を見ていた慈心が、池の側から志麻を呼んだ。
「あ、爺ちゃん、それに銀ちゃんも!」落ちてきたばかりの志麻には、慈心と銀次は見えていなかった。
「志麻よく聞け、せっかく空から舞い降りたんじゃ、ならば天女のように美しく舞って見せよ」
「どういう意味?」
「存分に暴れろという事じゃ!」
「あ〜あ、そんなこと言っていいのかよ」銀次が呆れた。
「もう止めても無駄じゃろ、だったら志麻に発破をかける方が得というものじゃ」
「それもそうだ」銀次が妙な納得の仕方をする。
「爺さん、余計なことを言うんじゃねぇ!」一刀斎が慈心を見て怒鳴った。
「了解、爺ちゃんありがと!」慈心の言葉に勢いを得た志麻は、腰に仕込み杖を引きつけ、真っ直ぐ敵に向かって駆け出した。慌てて長ドスを振り上げる敵の眼前で右に転移し、抜刀と同時に胴を薙ぐ。
敵はフラフラと二、三歩歩いてツンのめるように前に倒れた。
それを合図に中庭は敵味方入り乱れた斬り合いとなった。
怒号が飛び交い悲鳴が響いた。折からの強風に煽られて炎が獣のような咆哮をあげて燃え上がる。
辺りは灼熱地獄と血の池地獄を一緒くたにしたような凄まじい光景となった。
中庭(慈心)
慈心は瓢箪池を背にして二人の敵と対峙する。これで背後を取られる事は無い。さらに瓢箪のくびれの部分に立つ事で左右の敵も見えやすくなった。慈心は脇差の切先を右の敵に向けながら言った。
「お主たち町人の形なりはしているが、元は武士であろう」
「どうしてだ?」
「身についた所作は隠せるものではない、おおかた最近改易になった旗本の家臣だったのであろう」
「・・・」
「それがついに用心棒にまで落ちぶれたか、哀れじゃのぅ」
「うるさい、お前に何がわかる!」
「分かるさ。俸禄を失って荒み切った下品な面を見ればな」
「問答は無用だ!それよりお主、そんな脇差で我ら二人を相手にするつもりか?」
「あいにく儂は小太刀が得意での、お前たちの苦界を救ってやろうと思っている」
「ぬかせ!」右の敵が刀を上段に構えた。
同時に左の敵が突いてくる。
慈心は右に飛んだ。すかさず上段から刃が落ちてきた。
慈心の脇差が刀を止めるように動いた。脇差と刀がぶつかると見えた時、慈心の左半身が開いて脇差の切先が下を向く。鎬しのぎで刀の刃が流れ、敵は半身を慈心の前に晒す。
「さらばじゃ」慈心の右手が落ちると、敵は首から噴水のように血を吹き出し前に倒れた。
突きを外された敵は、慈心の方に切先を向けたが、倒れた仲間の身体が邪魔で前に出られない。
慈心は右に回り込み、敵を瓢箪のくびれに追い込んだ。
「さあ、もう逃げ場はないぞ」慈心が切先を真っ直ぐに敵に向けた。
「誰が逃げるか!」敵は青眼に構えたまま慈心の攻撃を待っている。
「来ないのか?」
「小太刀は待ち技が得意と聞いた事がある」
「そうでもないのじゃがな・・・では、こちらから行く」
慈心は右手に脇差を構えたまま前に出る。同時に鎬を寝かせて敵の刀を強く押し下げた。
「うぬ!」
敵は上からの圧力に抗するように、グッと刀を持ち上げる。
その途端、慈心の力が抜けた。
「なにっ!」
いきなり抑えの圧力が消えて刀が跳ね上がり、胸から下がガラ空きとなった。
慈心は敵の左腋に刃を添えると、スッと左に転移した。その動作で敵は右の脇腹までを斬り下げられ、力無くその場に両膝をつき、うつ伏せに倒れ込んだ。
中庭(志麻・一刀斎)
志麻は一刀斎の前に立ちはだかって、二人の敵に対していた。
だが、なぜかそのうちの一人が間合いをとって傍観しているのが不気味だ。
「志麻、俺は一人で大丈夫だ。今ならまだ間に合う、早くここから脱出しろ!」
火はまだ北側の棟には燃え移っていない、だがそれも時間の問題だ。
「ダメよ、その怪我じゃまともに戦えないじゃない!」
一刀斎の股引きは、腹から流れ出る血で真っ赤に染まっていた。
「うわっ!」
突然叫び声が聞こえた。
「銀次!」
観ると銀次は二人の敵に追い回されて逃げ惑っていた。匕首だけでは長ドスを持った二人の敵には到底対抗しきれない。
「志麻頼む、銀次を助けてやってくれ」
「でも・・・」
「俺のせいで奴を死なせたとあっちゃ、後生が悪ぃや。たとえ生きてここから出られたとしても一生後悔しちまう」
志麻は一瞬迷ったが、すぐに頷いた。
「分かった、絶対に死なないでね」
「俺を誰だと思ってやがる」一刀斎がニヤリと笑う。
「じゃあ・・・行くね!」
志麻は全速力で敵の間をすり抜けて、銀次の方へ駆けて行った。
「さて、ここからは俺が相手だ」一刀斎が脇差を構え敵を見据えた。
中庭(志麻・銀次)
銀次は石灯籠を盾にして攻撃を凌いでいたが、いつの間にか前後を敵に挟まれていた。
「観念しな」前に立った男が言った。
「ちっ、ちくしょう・・・」
「これで終わりだ!」
長ドスを片手斬りに叩きつけてくる。
「ひっ!」
思わず蹲ると刃が石灯籠を叩いて火花が散った。
「下手くそめ、今度は俺の番だ!」
後ろにいた男が銀次に狙いを定めて振りかぶる。
頭を抱えてゴロゴロと転がった。
「あ、待て手前ぇ!」
男が盲滅法に振り下ろした刃が脛に当たった。
「うわっ!」銀次が叫び声を上げた。必死で立ち上がり足を引き摺りながら逃げたが、ついに北西の角まで追いつめられた。
「観念しな!」
男達が舌なめずりをしながら迫ってくる。
「南無三・・・」銀次は観念して顔を伏せた。
「待ちなさい!」
志麻が走り込んで来た。
「嬢ちゃん!」銀次が顔を上げて志麻を見た。
振り向いた男の額に、脇構えの剣を回して真っ向から斬りつける。
悲鳴をあげた男の額から血飛沫が飛び散った。
「野郎!」もう一人の男が長ドスを腰溜めにして突っ込んでくる。
志麻が男の正面に身を晒す。
ニヤリと笑って男が両腕を突き出した瞬間、志麻が視界から消えた。
気がついた時には志麻の剣が男の首筋にあった。
「私、野郎じゃないから」
志麻が両手に力を込めると男の首から血が噴き上がる。断末魔の絶叫が中庭に響いた。
「嬢ちゃん・・・」
「お礼は後でいいわ、傷を見せて」
「あ、ああ・・・」
「あちゃー骨が見えてる!」
「よ、よしてくれ、気が遠くなっちまう」
志麻は懐から手拭いを取り出して、傷の上をきつく縛った。
「とりあえずこれで我慢して、無事外に出られたらお医者に連れてってあげるから」
「おう・・・」
「私一刀斎のところに戻る、じゃあね!」
志麻は急いで築山に引き返した。
中庭築山
築山に戻ると敵が一人倒れていた。
その向こうに、一刀斎が左の肩から血を流して蹲っているのが見える。脇差の切先だけが生きているようにピタリともう一人の敵を狙っていた。
「一刀斎!」
一刀斎が顔を上げて志摩を見た。
「志麻か、気をつけろそいつかなりできるぞ」
志麻は敵を見て青眼に構える。
「やっと戻ったか」男が言った。「これで心置き無くお前と戦える」
「あなた武士なの?」
「いんや、百姓の次男坊だ」
「それが・・・なぜ?」
「百姓が剣術やっちゃおかしいか?」男は薄気味悪く笑った。
「志麻、そいつは柳剛流だ」一刀斎が言った。
「柳剛流?」
「脛斬りを得意とする実戦剣法だ、近頃じゃまともな武士は滅多にやらねぇ。俺はそれを警戒し過ぎてこのザマだ」
志麻は剣尖を下段に落とした。
「志麻、そんなんじゃだめだ。やつの剣は変幻自在、上を守れば下に、下を守れば上に来る。下手に構えれば裏を掻かれる」
志麻はジッと男を見つめた。一刀斎の言った通りどう動くか予測がつかない。
「分かったわ」
「何が分かった?」男がスンと鼻を鳴らす。
「構えても無駄って事」
「ならばどうする?」
「こうするのよ」
志麻は右手で剣をダラリと下げると、肩を少し捲き気味にして躰の力を抜いた。
「無構えか、無駄な事だ」
「やって見なくちゃ分からないでしょう?つべこべ言わずにかかってきなさい」
男は上段に剣を引き上げた。なんの変哲もない上段の構え。
そこから大きく右足を踏み出して真っ向から志麻の頭を狙って打ち下ろす。
明らかに誘いと知れた。だが十分な気迫が込められている。受ければ変化することは分かっている、しかし受けなければ・・・
志麻の右手が反射的に動いた。剣が相手の剣を迎えるように上がって行く。
途端に男の身が縮んだ、否、身を屈めて志麻の左太腿を斬ってくる。
思わず大きく退いていた。
男はさらに一歩踏み込むと、今度は水平に右脛を払ってくる。
その足を引いて斬撃を躱す。
「志麻下がるな、下がればそいつの思う壺だ!」一刀斎が叫ぶ。
(なら・・・)一瞬にして身を捨てる覚悟を決めた。
志麻は踏みとどまる。同時に躰を前傾させて剣尖を地面につくほどに下げた。
自然と頭を突き出す形になった。
「もらった!」男が北叟笑ほくそえむ。
男の剣が志麻の首を斬るためにフワリと浮いた。
志麻が瞬時に膝を抜く。躰を落とす力で剣をバネのように刎ね上げた。
剣が男の股下から顎までを切り裂きながら昇って行く。
最後の敵がゆっくりと後方に倒れていった。
男が動かなくなったのを確かめると、志麻は一刀斎に駆け寄った。
「よくやったな、志麻」
「それより傷を見せて」
肩の傷はそれほどでもない、それより腹の傷からの出血が酷い。志麻は着物の袖を引きちぎって一刀斎の腹に押し当てた。「これで押さえておいて」
一刀斎は黙ってそれに従った。
「おい、こやつはどうするのじゃ?」
慈心が松金屋を庭石の影から引き摺り出してきた。銀次もひょこひょこと歩いてきた。
「幕府の海軍操練所に奉行が出張って来ているはずだ、そこに連れて行く」
一刀斎が苦しげに答えた。
「ならばまずここを出ることを考えねばな」
慈心が言うように、すでに火は北の棟まで燃え広がっていた。
「俺が見回った時、北の建物の一階に台所があった、そこに裏口があって通りに出られるはずだ」
「よし分かった。銀次、その辺に転がっている奴の帯を解いて持ってこい、こやつを縛り上げて連れて行く」
「分かった」
銀次が一番近くの骸の帯を解く。
慈心が松金屋を後ろ手に縛り上げ帯の箸を握った。
「銀次は自分で歩けよう、志麻は一刀斎に肩をかしてついてくるのじゃ」
「お、俺は一人で歩ける」
「意地張らないで!」志麻は強引に一刀斎の右腕を抱えると自分の首に回した。
「立って!」
一刀斎がヨロヨロと立ち上がるのを、志麻が支えて一緒に立ち上がる。
「では行くぞ、遅れずについて来い!」
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北の渡り廊下の前に瓢箪池がある。
「池の水を被れ。多少なりとも気休めにはなる」
皆が全身を水で濡らすと、慈心は松金屋を先に立たせて建物の中に入っていった。
次に銀次が、その後を一刀斎と志麻が追った。
銀次が二人の盾となりながら火の粉を払う。
火の燃え移った梁が不気味な音をたてていた。
「すまねぇ、飛んだ迷惑かけちまったな」一刀斎が言った。
「ばか!そんなこと言わないで」
煙が目を刺した、涙で視界が滲む。それが煙のせいなのかは志麻にも分からない。
廊下を突き当ると、別の廊下が両側に伸びていた。慈心は立ち止まって松金屋に訊いた。
「お前さんはこの楼に詳しい、台所はどっちだ?」
「ひ、左だ」
「嘘ではなかろうな?」
「俺の命もかかってるんだ、嘘なんかいうものか」
「それもそうじゃ」
慈心が左に曲がろうとした時、一刀斎が苦しげに言った。
「爺さんそっちじゃねぇ、右に曲がれ」
慈心が松金屋を睨むと、薄笑いを返してきた。
「そいつは捕まれば死罪は間違いねぇ、俺たちを道連れにしようって魂胆だ、騙されるな」
慈心は松金屋を睨み返して右の廊下を前に進んだ。
東の棟に近づくにつれ、火の勢いが強くなった。
梁が悲鳴をあげ火の粉が滝のように降ってくる。
両側の襖の向こうはすでに炎が舐め尽くしているのだろう。熱気で胸が焼けそうになる。
廊下から伝わる熱は、戻れば死ぬと警告してくる。
急に肩が重くなった。一刀斎の意識がなんだか怪しい。
「一刀斎、しっかりして!」
「早く来い!」廊下の先で慈心が叫ぶ。
「嬢ちゃん早く!」銀次が大きく手招きをした。
志麻は一刀斎を抱え直して足に力を込める。
その時、両側の部屋から炎が吹き出した。今まで耐えてきた襖が、ついに力尽きたのだ。
躊躇していると、背中を強く押されて、志麻は前に転がった。
炎で燃え上がった梁が、志摩の後ろで大きな音を立てて崩れ落ちる。
「一刀斎!」
志麻が振り返ると、炎の向こうに笑みを浮かべた一刀斎が立っていた。
「達者で暮らせ・・・」
さらに崩れ落ちてきた柱が視界を塞ぐ。
「いやぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・!!」
志麻の絶叫が炎がたてる轟音にかき消される。
強く腕を引かれて振り返ると慈心がいた。
「お爺ちゃん、一刀斎が一刀斎が・・・」
慈心は黙って首を振る。
「いやだぁ!」
志麻が炎に飛び込もうとした時、鳩尾に衝撃があった。
「許せ志麻、こうするしかなかったのじゃ」
慈心は志麻を担ぎ上げると裏口のある台所へと向かった。







