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――遥か遠い昔、とある世界の四つの国では、ひとりのお姫様を巡って戦いが起こっていました。
争っていたのは、四つ国の王子様たち。
彼らは美しいお姫様を自分の結婚相手にするために必死でした。
なかなか終わらない争いによって、民は苦しみ、国は衰退していくばかり。
困ったお姫様は、戦いを止めるためにひとりの王子様を選ぶことにしました。
その王子様は……――
「いてっ……!
あれ……。もう、朝……?」
ベッドサイドに置いていた絵本が落ちてきて私は目を覚ました。
しかも、頭上に当たったから痛い。でも、まだ眠気があってぼんやりとしている。
どうして絵本が落ちてきたんだろう。
きちんと置いたはずなのに……。
その絵本の表紙には、きれいなお姫様とかっこいい王子様が幸せそうに見つめ合う様子が描かれていた。
小さい頃から何度も読んでいてボロボロで黄ばみもある。
状態は悪いけど、大人になった今も手放したくないほど大好きな絵本だ。
最後の数ページが破れていて、この物語がどんな結末だったのか忘れてしまったけど……。
それはともかく、今は何時だろう。
目覚まし時計を手に取って見てみると、予想外の時間だった。
「八時か……。って、仕事が始まるまであと三十分!?」
私は花山かけら。工場で働いている二十一歳の女だ。
一人暮らしをしていて、古いアパートに住んでいる。
本当はもっと素敵なところに住みたいけど、給料が低いから引っ越しさえできない。だから、節約をしながら生活していた。
今日も働くため、急いで仕事に行く準備を始める。
朝ご飯を食べている余裕はないから、身だしなみだけ整えていこう。
黴臭い洗面所にある鏡で自分の顔を見る。
可愛いとはいえない顔、ひどい寝癖がついたセミロングの髪。
「うわっ、髪の毛が絡まってる。
目にクマもできてるし、最悪……」
あの絵本に出てくるお姫様に憧れるけど、こんな私がなれるはずがない。
彼氏もいなければ、恋愛経験もない。モテたこともないのだから……――
「とりあえず、急がないと……!」
化粧をして家を出て、なんとか仕事の開始時間に間に合った。
遅刻しなくてよかった……。
給料が少しでも減ってしまうと、生活が苦しくなる。
ふぅっと深呼吸して落ち着いてから、今日の作業内容をチェックする。
どうやら出荷数が多いから大変な一日になりそうだ。
最近、残業が続いていたから気が重い。
「花山さん」
名前を呼ばれて振り向くと、課長が手招きをしていた。
いつも挨拶しかしてこないのに、何の用事だろう。
課長はその場で用件を話さず、備品が置いてある狭い部屋に私を案内する。
背が高くて、スタイルがよくて、爽やかなイケメン。
職場の女性から人気で告白した人も何人かいるとか。
まさか、朝から課長とふたりきりになるなんて……。
「なぜ呼び出したか分かります?」
「私の仕事が遅いからでしょうか」
「いいえ。……実は花山さんのことが、ずっと気になっていたんですよ」
「えっ……!?」
これって……、まさか、告白……!?
課長は真剣な顔で距離を縮めてきて、私をじっと見つめてくる。
どうしてそんなに近くにくるの……――
「ネームプレートがいつも右に曲がっているんですよね。
不良品かもしれないので、新しい物を注文しておきますから」
「あっ……。はい……」
どうやら私の顔ではなく、ネームプレートを見ていたようだ。
告白だと勘違いした自分が馬鹿だった……。
肩を落としながら仕事を始めると、三人の女性がやって来る。
彼女たちは私の同僚で、いつも職場の人の噂話ばかりしている。
話し掛けられると毎回面倒くさいことになるから、正直にいうと関わりたくない。
「かけらちゃん。課長に呼び出されていたみたいだけど、告白でもされたの?」
「いいえ。注意されただけですから……」
「課長って、今度は他の部署の子にも手を出したらしいよ。付き合い始めたとか。
だから、かけらちゃんを浮気相手にでもするのかと思った」
「他の部署の子に手を出したってマジ?」
「つい最近、彼女と別れたのに早いよね。
これで課長が職場恋愛をするのは何度目かな。
盛りすぎていて笑っちゃう」
さっき、一瞬だけドキッとしたけど、課長のことが好きじゃないからどうでもいい。
毎日、こんなくだらない話をされてうんざりする。
自分の名前に花がついてるのに、花なんてない日々。
素敵な男性と出会って、恋をしたいのに……――
「ねぇ、聞いてる? かけらちゃん」
「えっ!? なっ……、なんですか……」
「今の話、聞こえていたでしょう?
黙ってないで混ざりなよ。
同じ職場で働く仲間なんだからさ」
「そうよ。こっちは、せっかく混ぜてあげてるっていうのに。
もしかして、うちらの話がくだらないとでも思ってるわけ?」
「えっ……。あっ……、そういうわけでは……」
心の中では、くだらないと思ってるけど……。
「あたしたちの話を聞いても、いつも何も言わないよね。
静かで“いい子”っていう感じ?」
「いつも真面目だし、本当にいい子だよね。優等生のかけらちゃん」
“いい子”だと言われたけど、褒められている気がしない。
毎日こんな感じだから、この場にいたくないと思ってしまう。
でも、私は皆と笑い合うのが好きだ。
そして、話を聞きながら、自分の意見も言いたい。
いつからそれができなくなってしまったんだろう。
学生時代はこんなことで悩むことがなかったから、この会社に就職してからかもしれない。
本当は、相手の都合に合わせたいい子でいたくない。
自分らしく生きたい……――
「いい子のかけらちゃんねぇ。
それって、名前に関係してない?」
「なるほど! “かけら”だから、人として欠けているところがあるってことね」
「消極的なところもそうだよね」
ひどい……。私がいないところで言って欲しかった。
苛立ちと悲しい感情が一気に押し寄せて、ギリッと噛み締めから両手に拳を作った。
今すぐ言い返したいところだけど、余計な揉め事を起こしたくない。
どんどん湧いてくるネガティブな感情を抑えて仕事に戻る。
「あっ! かけらちゃんに頼もうと思っていたことがあった!
二階の資材置き場にある空のダンボールを取ってきてくれない?
一番大きいやつだからすぐに分かると思う」
名前を馬鹿にしたあとに、面倒な作業まで押し付けてくる。
指示をしてきた同僚の女を睨みつけてから、仕方なくダンボールを取りに行く。
二階に行くためには、足場が不安定の階段を通る。
降りるのも一苦労で、誰もが嫌がる場所だ。
イライラしながらその階段を駆け上がって、同僚が指示した場所へと向かう。
そこに着いてから知ったけど、頼まれたのは重たそうな大きなダンボールだった。
なんとか持つことができるけど、足元が全く見えない。
「そのダンボールを早く持ってきてー!
課長が来る前に用意しておかないといけないの」
「これでも早く歩いてますよ……。きゃっ……!」
急いで階段を降りようとした時、誤って階段を踏み外してしまった。
ダンボールと共に勢いよく転げて、固い床に叩きつけられるように落ちた。
一瞬だったから詳しくは分からない。
そして、強い痛みを感じてから、体が動かなくなってしまった。意識も朦朧としている。
「かけらちゃん!? かけらちゃん……!」
私を馬鹿にした同僚たちが近くにいて、必死に声を掛けてくる。
無事かどうか確かめるように、トントンっと肩も叩いて。
「しっかりして!」
すぐに動いてみせるから、これからはもう傷つくような事を言わないで……。
はっきりとそう言ってやりたい。
でも強い睡魔に襲われているように目を開けていられなくなって、意識もなくなっていく。
私の人生……。
終わるのが……、早かったな……。
大人になってから嫌なことばかりあって……。
恋愛もできなかった……。
自分らしく生きて、愛する人と一緒に過ごして……。
幸せになりたかった……――