それから少ししてなーくんは帰っていった。俺に、「気が向いたらオフィスに来てね」とだけ残して。まぁ、このまんまじゃダメだよな。
「はぁ、なんで何も言わなかったんだよ」
ずっと頭の中にあるのは後悔だけ。こんだけ傍に居ながら気づいてあげられなかったことへの。なんでそんなに隠すのが上手いんだよ。気づけねーだろ。気づいてやれたら助けられたのに。なんて、言っても仕方のないことばかり浮かんでくる。
ニャー
「ん?どうした?」
お前、ほんと人懐っこいな。
スリスリ
なぐさめてくれてんの?お前、人の言葉がわかんの?それとも気持ちがわかんのか?なんにせよ、癒しにはなるのでありがたい。こんな精神状態でもここまでやれてるのはここに居る猫たちのおかげだろう。
〜赤視点〜
「赤くんがこんなことになるなんて思ってなかった」
「ここには赤は居ないってことを」
「病院だよ。毎日行ってるの?」
「たくさんのコードに繋がれたまま全く動かない赤を見ただけ」
「このままあと3日、目を覚まさなかったらもう可能性は低いって」
そんな言葉たちが二人の会話の並べらていく。さすがの俺でもわかる。人間の俺がどんな状況なのか。きっと病院で眠っているのだろう。おそらく長い間。でも、どうして突然こちらに意識が来たのかも分からない。けど、俺が危険な状態だということだけはわかった。そして、さとちゃんに元気がないわけも。とりあえず俺には時間がない。きっともうすぐ峠なのだろう。それまでにあちらに意識を戻さないといけない。
なんて考えてたら、
「気が向いたらオフィスに来てね」
その言葉と共になーくんは帰っていった。
「はぁ、なんで何も言わなかったんだよ」
そう言う君の顔はすごく悲しそうで。自嘲気味な笑を浮かべてるんだ。君はなにも悪くないよ。ほんとに申し訳ないな。どうにかして慰めてあげられないかな?……うーん。甘える、とか?俺、人間のとき、あまり甘えたことないけど。
スリスリ
とりあえずやってみた。効果はまあまあみたい。
「ん?どうした?」
そう言って撫でてくれて。俺の方が慰められてるみたいで。猫ってこんなにできないことだらけなんだね。早く元に戻りたいな。
あれ?俺、今なんて?
『戻りたいの?元に?なんで?あんなことあったのに?絶対に猫の方が楽だよ?』
誰?
『さぁね。そんなことどうでもいいでしょ』
どうでも良くないけど……。
『はぁ、めんどくさいなぁ。で?元に戻りたいの?』
…………正直言うと怖い。戻ったらまた同じことが起こるんじゃないかって。でも、それは俺の心が弱かったからで。誰も悪くなんてなくて。それに、桃ちゃんにあんな顔させたくないし…………
『お前めんどくさいなぁ、まじで。』
な、ひど。
『ふん、好きに言え』
なんで上から目線なんだよ
『お前が元に戻りたいのなら急いで自分のところへ行くことだな』
無視かよ。
『あと3日なんだろ?なら急げ。間に合わなくなるぞ』
間に合わなかったときはどうなるの?
『お前は猫のまま一生を終える』
……わかった。俺のところへ行けば元に戻れるの?
『ほんとに戻りたいと心から思っていたら、だがな』
心から………
俺、ちゃんと心から思ってるかな?元に戻らないとみんなが心配してるはずだよね。
俺は、俺は、
桃ちゃんと話したい。笑い合いたい。一緒にご飯食べたい。配信したい。みんなに会いたい。歌を届けたい。想いを届けたい。
…ちがう、届けないといけないんだ。これ以上俺みたいな人が出ないようにするために。みんなを元気にするために。何より俺が存在してることを証明するために。
桃ちゃんのそばに居たい。1番近くで一緒に過ごしたい。
戻らないと。早く。
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最高でした。ぶくしつです!