栄市の春見地区は、市の北西部に位置する中規模の行政区である。
おおむね平坦な土地柄は、暮らしの便にも事欠かず。 ちょうど街道筋にあたることから、人や貨物の流入が古くから盛んな地域でもあった。
中でも、地区の中心部。 “春見大社”の周辺は、中古代から市街化を推進し、鳥居前町として発展してきた歴史をもつ。
参道には往年のアーケード街があって、大型スーパーとの競合にもめげず、種々の店屋が景気よく商いを続けていた。
「顔見知りなの? 春見さんの御祭神」
「いんや、会ったこた無えな」
春見大社を訪れようと提案したのは大将だった。
ふゆさんがこの土地に縁のある者なら、何かしら手助けを請えるのではないかと。
「いきなり行って、大丈夫なもの?」
「ん? ほれ、友達が家来ても追い返したりゃしねえだろ?」
「でも、友達じゃないんでしょ?」
「まぁ……、手土産くらい持ってくか」
アーケード街を抜けると、神社の参道に似つかしい景観が広がっている。
老舗の団子屋に、土産物を扱う店。 最近では、古都の風情に肖って、浴衣のレンタル店なども見受けられるようになった。
「この辺来るのも久しぶりだねー……」
「滅多に来ねえもんなー、春見の方は」
「私はこないだ来ましたね。定例会で」
「定例……。あ、巫女さんの? いつも大社でやるの?」
「や、まちまちだよ? 高羽でやる事もあるし、その辺でやることもあるし」
ジリジリと照りつける陽光は、今が梅雨期とは思えないほど容赦のないものだった。
うっすらと陽炎が立つ参道は、よそ者の私からしてもどこか懐かしく、鄙びて見える。
あれはたしか初詣だろうか。 祖父に手を引かれ、この道を歩んだ幼い日のことが、ふと思い起こされた。
不意に、伸びやかな銀光に鼻先を擽られた気がして、そちらに意識を向ける。
「何か思い出しそうですか?」
「はぁ………」
黙々と歩む彼女の足付きに、どうやら迷いは無いようだ。
当て所なく歩き回った午前中の様子とは、明らかに様変わりしている。
ちょうど、長いドライブの末に、ようやく地元の風景を目にした時の安心感と言おうか。
いまの彼女は、どこかそれに似たものを感じさせた。
「ヤベ。 神御衣持ってきてねえや、そういや」
「私だって持ってきてないよ巫女装束。 けどまぁ、正式のアレじゃないから、そんなに」
「お前、会ったことあんのか?」
「御祭神? ないよそんなの。 あ、でも肖像画? は前に一度見せてもらった……、こと……、あ」
「あん?」
それは、大社の周りに配された豊かな杜に差し掛かった時のことだった。
「ひめ……っ!? 姫さまぁ!!」
「うわ……」
玉垣を勢いよく飛び越えた女性が、いきなり私たちの前に躍り出た。
一般的な巫女装束を身につけた年若い女性。 片手に塵取を、頭には無数の枝葉をあしらっている。
どうやら当の大社に奉仕するものらしい彼女は、唖然とする私たちを余所に、ふゆさんに飛びついて“姫さま!姫さま!”と連呼した。
「お前……、その肖像画見たんか?」
「え? あ……、見まし、たね?」
「へぇ? どんなだった?」
「や、いい絵でした。とても」
「んなこた訊いちゃいねえや」
程なく、騒ぎを聞きつけた他の巫女衆に神官らが、鳥居の方からドタバタと血相を変えて飛び出してくるのが見えた。
「姫さま!」
「お上!」
「よくぞご無事で……!」
「とにかく、とにかく境内へ!」
口々に快哉を叫び、渦中のふゆさんをもみくちゃにした。
正直なところ、この場所で何か手掛かりの一つでも見つかればいいと、私たちは最初そんな風に思っていた。
ところが、蓋を開ければこの通りだ。
「あの……、そちらの方って、やっぱり……?」
「あぁ! すみません。 お連れくださったんですね。本当に助かりました」
「うちの祭神がお世話になったようで」
事実は小説よりも奇なりと言うが、むしろ小説のように段階を踏む必要がない分、現実ではあらぬ出来事が、あらぬタイミングで起こる事がままある。
「ささ、あなた方もこちらへ」
「お疲れでしょう? 本当にもう、この度は」
「あら? 其方さま、ひょっとして禍津──」
事態が急転したのは、その時だった。
現場に居合わせた神職に巫女、それに天野父娘の顔色が、そろって一変したのである。
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