テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
単に顔色が変わったというよりは、何かに勘付いた様子か。
ただちに身を硬直させる者。 明後日の方角に目を向ける者。 足元を見つめる者。 耳を澄ます者。
反応は様々だったが、みんながみんな、そろって静止したという点で一致している。
「変なもん来てんぞ?」
程なく史さんが口火を切って、現場が俄かに騒がしくなった。
数名の神官が大急ぎで境内へ走り、頭に枝葉をつけた先の巫女さんが、何処かへ連絡をとっている。
「変なもんって、なに?」
“道祖神は” “元浜公園の近く” “そちらの土地神さまは” “姫さまは事情があって動けません”
あらぬ単語を小耳に挟みつつ、友人に問う。
「や、知らない方がいいかも」
それに対する応答は、何とも煮え切らないものだった。
余計な詮索はせぬが吉か。
本来なら、人間が立ち入るべきではない場所。
己の立ち位置は理解しているが、その“深度”についてはどうか。
どこまでが大丈夫で、どこからが危険か。 それをきちんと把握できないようでは、この先も彼らと行動を共にするのは難しい。
「千妃ちゃん……」
「ん……」
ともかく、私たち三人はおとなしく傍観者に徹し、事の成り行きを見守ることにした。
「あ、ご心配なく。 白砂神社の方々が対処してくださるそうで」
携帯を耳に当てたまま、巫女さんがそのように説明した。
透かさず史さんが眉を顰める。
「白砂……、沖の妹神んトコじゃねえか。 大丈夫かアレで?」
“沖”というのは、彼が古くから親しい友付き合いを続ける神さまのことだ。
元々は高名な水神で、現在は津々浦々のビーチの保安員、もとい海の守護神を務めていると聞いた。
「あの神格なら特に問題は……。 近くには塞の神も居られますし。 村社の方々も幾柱か」
「まぁ、なぁ……。けどその道祖神は何やってんだ?」
「……サボりでしょうか?」
「あり得るな」
そろって小難しい顔を晒し、うんうんと唸る両名。
今ひとつ事態の深刻度が見えてこない。 急を要するのか、そうでもないのか。
状況から察するに、近隣に何か良からぬモノが入り込んだのは確かだろう。
たとえば妖怪の類とか、化け物とか。
大将をはじめ、彼らは恐らく、こうした事態に慣れているのだと思う。
私たちが日々の生活を送る裏で、人知れずそういった対処を続けてくれていたのかも知れない。
ふと気になって、友人に目を向ける。
「………………」
非常にそわそわとしているが、あれはどのような心境だろうか。
見たままを簡潔に表せば、それはちょうど、遊びに行くのを我慢して宿題と向き合うような。
外から友達が呼びかけてくる所為で、宿題に熱が入らない子供のような。
そういった模様を、ふと想起させるものだった。
そんな中、兎も角と、巫女さんが彼女の御祭神に向き直った。
「姫さま、とにかくご安心ください。 そうだ、まずは愈女さまに連絡しますね?」
「ゆ……め………?」
「本当に心配なさって、今日も出たきり」
「ゆめ………」
「喜びますよ〜、ホントに。 あ、愈女さま? いま姫さまがお帰りに……」
「ゆめ………、ゆめ………」
「はい? これから……。 いや大丈夫です! そちらはもう……っ。もしもし? もしもし!?」
「愈女……。愈女は、どこ?」
どうやら、事態が思わぬ方向に転がり始めたらしい。
電話の相手は、何となく察しがつく。
そして、その動向も。
「それが、今ちょうど“アレの”近くにいるから、これから向かうと」
「愈女が、そう言ったの?」
「えぇ……。 とにかく、もう一度連絡を」
携帯を操作する巫女さんの袂を、ふゆさんがキュッと掴み止めた。
制止したというよりは、こちらの意志がきちんと伝わるよう、ひとまず先方の注意を引く目的のように見えた。
「これへ持ちなさい」
「は……?」
果たして、ふゆさんの口が淀みのない語意を紡いだ。
「矛を持ちなさい」
有無を言わせぬ口調だ。
ふわふわと身辺に及んでいた眠気は疾うに無く、はや最前の彼女とはまるっきり別人のようだった。
「私の神器を! これへ持ちなさい!!」
物凄まじい語気に当てられて、鬱蒼とした杜が強かにざわめいた。
それは、神の託宣とはおおよそ似て非なるものだった。
そもそも、当節のあり方として、神と人の距離感は限りなく近い。
主と従の考え方は未だに残っているが、あくまで形骸化しており、たとえば祭禮の場など、改まった場面で持ち出されるくらいのものである。
彼女の大音声は、それを根底から覆さんばかりのものだった。
世の推移に対する、細やかな反抗。
違う。 そんな“瑣末事”じゃない。
ただ、近しい者のため。 どこまでも必死な少女がそこに居た。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!