「ぅ、うわぁ……」
「なにを考えてんだ。耳まで赤くなってる」
小さく笑う橋本の声が、耳の傍で聞こえてきた。息を吹きかけて感じさせられたわけじゃないのに、宮本の頬が熱を持つ。
「だ、だってこんなふうに抱きしめられることがないから、変な感じがして」
「だよなー。いつもなら俺の後ろに雅輝が抱きついて、ガンガン腰を動かして――」
それを実践するように宮本を抱きしめたまま、腰を前後に動かす。
「よよよ陽さんっ!」
「なんだよ。ちょっと振動させただけだぞ」
ぎゅっと抱きしめられたら、橋本の顔が真横にあり、意味深な笑みを浮かべているのが宮本の目に留まった。
「陽さんがするのは、俺と違ってエロさが倍なんですよ。心臓に悪い……」
「そりゃ大変だ。雅輝の心臓ってどこだ?」
いつもより低い声で喋る様子で、感じさせる気が満々なのが伝わった。胸元にある橋本の両手を、慌ててガシッと掴む。
「やめてください。感じさせられることのない俺には、刺激が強すぎます」
「それって、問題発言じゃねぇの?」
「へっ!?」
「俺ってば上の口と下の口で、雅輝を毎回感じさせているはずなのにさ」
宮本の肩に顎をのせながら、じろりと上目遣いで睨む。橋本の無言の圧力のせいで、宮本は口を開くこともできない。
「さっきだって、隣の部屋でしてやったろ」
「していただきましたっ。十分に感じさせられましたっ!」
「そのくせ、ちょっとしか触ってないのに、乳首を勃たせる反応、すげぇかわいいのな」
(顔、全部が熱い。さっきから陽さんに翻弄されっぱなしだよ――)
橋本の両手を握りしめる力が、ちょっとだけ緩んだ。その隙をついて宮本の両腕を掴み、前へと引っ張る。
「なっ何を?」
「ここにハンドルがあるイメージで、空中を掴んでみろ」
言われたとおりに両肘を曲げて、いつものセットポジションをとってみる。エアハンドルを握りしめた手に、橋本の両手が覆いかぶさった。
「しょうがねぇな。お触りじゃなく、言葉で雅輝を感じさせてやる。ぐずぐずにしてやるから、覚悟しろよ」
(すでに、思いっきりグズグズにされているというのに、これ以上なにをするんだろうか)
背中や下半身で恋人の存在をひしひしと感じながら、そんなことを考えていると、覆っている橋本の手に力が入り、宮本の両手を少しだけ動かした。
「陽さんにこうして操作されてると、何だか車になった気分です」
「あくまでおまえは、ドライバーなんだよ。とりあえずエアードライブするぞ」
「エアードライブ?」
聞き慣れない言葉に顔を横に向けたら、楽しそうに笑う橋本と目が合った。
「こらこら、わき見運転しない。おまえは今、狭い道を走ってると想定してだな」
「は、はぃ……」
慌てて姿勢を戻し、顎を引いて前を見据えた。
「目の前から対向車がやって来た。狭い道をすれ違うんだ」
告げられた内容は、普段からよくあることだったので、難なく回避しようとハンドルを左に切る。
「このままじゃ危ないので、左に寄りますね」
事前に狭い道と告げられていたからこそ、ほんの少しだけハンドルを切ったのに、重ねられている橋本の両手がそれを許さない。「あとちょっとだけな」なんて言いながら左に舵を切り、ハンドルを元の位置に直した。
「雅輝、すれ違う瞬間、ドキドキするだろ?」
しかもわざわざ顔を寄せるなり、耳元で甘く囁かれただけで、両手にじわりと汗をかいてしまった。
「陽さん、接近しすぎです。この状況だけで、すでにドキドキしてますけど」
「俺もドキドキしてるぞ。雅輝を膝の上に乗せる機会なんて、滅多にないからさ」
横目で橋本の顔色を窺ってみるが、言葉とは裏腹に、まったくそんな気配を感じられなかった。自分だけドキドキしている事実が面白くなくて、宮本は苛立ちまかせに唇を尖らせる。
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