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「すれ違う以上の接触ですからね。当然のことですよ!」
拗ねた宮本を宥めるように、橋本が頬擦りした。苛立った気持ちをなんとかするための行為とわかったけれど、突き出た唇が瞬く間に引っ込んでしまう。
ほんの少しの触れ合いなのに宮本は嬉しくなり、口元がだらしなく緩んだ。間近でそれを確認した橋本が、笑いを堪えながら口を開く。
「今の車に搭載されてるカメラって後ろだけじゃなく、横にもあってさ。モニターで確認しながら、ギリギリまで幅寄せできるんだ」
「へー、便利ですね。陽さんが運転するハイヤーに付いてるんですか?」
「標準装備されてる。死角が減った分だけ、安全運転できるけど――」
「けど?」
エアードライブ中だったのにわき見をしてしまったのは、変なところで言葉を切られたから。橋本に引き寄せられたといってもいい。
じっと見つめる宮本のまなざしを受けて、笑みを消し去った橋本は真顔のまま、言の葉を告げる。
「最後はきちんと、自分の目で確認するのを忘れない」
運転するうえでは当たり前のことなのに、耳だけじゃなく、心にも橋本のセリフがしっかり残った。胸をじんと熱くさせる理由がどうしてなのか、さっぱりわからない。
困ったのはそれだけじゃなく、注がれる橋本から視線を逸らすことができなかった。
「陽さん……」
掠れてしまった自分の声に、焦りを覚える。まるで、誘っているように聞こえてしまったのではないかと――。
「自分の目で見て、心でいろんなことを感じて、雅輝を好きになった。おまえに惹かれて止まない」
被さっていた橋本の両手が宮本の腕を伝ってから、躰をぎゅっと抱きしめる。息が止まるほどに強く抱きしめられると、包み込まれる躰が異様に熱くなった。
「あ、あわわわっ」
「俺なんかよりも雅輝のほうが、ずっとかわいいと思うけどな」
小さく笑ってから、熱くなってる頬にチュッとされても、どういうリアクションをしていいのか困った。余裕のある大人の態度や仕草で、簡単に翻弄させられている自分がすごく子供じみている気がして、余計に恥ずかしくなる。
(こういうこと、きっと他の人にもしているからこそ有効なのがわかっていて、俺にしてるんだろうな)
そう考えついた途端に、弾んでいた心が一気に萎んでいく。
「雅輝、どうした?」
間近で宮本の顔色を窺っていたせいで変化をすぐに察し、両腕の力を弱めた橋本が訊ねてきた。
「…………」
賑やかな喋り声がテレビから流れても、漂う雰囲気までは変えることなく、虚しく延々と流れる。
「雅輝?」
「陽さん、俺と付き合ってて、つまらなくないですか?」
「そんなこと思わない。むしろ新鮮だぞ」
沈み込む宮本に対し、橋本は明るい声で答えた。自分とは相反するその様子に、顔を背けながら口を開く。
「俺は魚ですか」
「その切り返し! さすが雅輝クオリティ。普通はしないだろ」
カラカラ笑う声が耳元で聞こえても、落ち込んでしまった気持ちは浮上しなかった。
「だって――」
「何を拗ねてるんだ。言わないと、このまま掘るぞ?」
ほらほらと言いながら、さっきよりも激しく腰を動かす。
「ちょっ、ふざけすぎですよ」
「楽しくエアードライブしてたのに、雅輝が拗ねるのが悪いんだろ」
橋本に抱きしめられた時点で、それは終わっていた。そのことを指摘しようと思ったが、口で勝てる気がしないのを瞬時に悟り、うっと言葉を飲み込む。
貴重なふたりきりの時間――無駄な喧嘩だけはしたくない。楽しく過ごしていたいのに、いらない嫉妬のせいで、宮本の心は荒んでしまっていた。