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ドッペルゲンガーが出る話
前編
「正しい不正解」
🟦🏺
街は朝から騒然としていた。その日起きた人間のキャラクターデータの二重ロード、もとい自分とそっくりな自分、ドッペルゲンガーが発生したのだ。
それは周囲の人間の記憶を読み取り、自分のオリジナルの人格を徐々に模倣する。つまりAのドッペルゲンガーがBに出会うと、Bの中にあるAの人格を読み取り模倣する。時間をかければ自分の中のAの記憶そっくりになったドッペルゲンガーを疑うことはできなくなるだろう。
それがもし本人に出会ってしまったら。本人の記憶や人格を完全に模倣されればそれはもはや本人と見分けがつかない。
絶対に自分のドッペルゲンガーには遭遇しないこと、遭遇したら逃げること、そしてできるだけ早くドッペルゲンガーを処分すること。それが警察に下った命令だった。
「急に湧いて出てくるから気をつけるんだぞ!いいか、「自分」に会ったら絶対に逃げるんだぞ!」
馬ウアー署長のピリつく声が駐車場に集まった署員たちに投げかけられた。警察や救急隊、公務員の偽物は一刻も早く処分しなければならない。それが同僚と同じ顔をした存在だったとしても中身はうわべを真似ただけのデタラメなのだ。
「それ、一人につき一匹なんですか?」
青井は腰に帯びた拳銃の残弾を確認しながら署長に問うてみた。
「市によるとそういうことらしい、何を言ってるのかわからないと思うがロードに失敗したのは1回だけだから」
「起きてた住民のチェックリストを六法に作ってあるからね、みんな処分した人のところにチェックを入れておいてね」
ドリーが淡々と恐ろしいことを言う。青井もスマホで六法に目をやった。丁寧にまとめられたスプレッドシートには、名前の横にもういくつもチェックが入っていた。しかしまだ自分の名前と、そして騒々しいもう一人の名前はそのままであることを確認して小さく息を吐いた。
「処分って言われてもな、見分けってつくもんなの?」
「つくぞ、湧いたばかりの学習前のヤツなら動きからして全然人の動きしてないからな」
「でもすごい逃げようとするから仕留めるの大変だったよ」
同じ黄金世代、皇帝とドリーがわけもないような顔で青井に答えた。
「じゃあ学習後は?」
「…………」
今度は二人が顔を見合わせている。青井が鬼の面の向こうで怪訝な目をしていると皇帝が大げさに手を広げてみせる。
「まぁ最悪、「本物」は撃っても赤い血を流すだけだからな!」
「ええ〜それB型の人にも同じこと言えんの?」
「ウグッ、し、仕方ない、非常事態だからな!」
「じゃあ署長、めんどくさいし手当り次第殺すってのは駄目なんですか?」
「それがな?本人に出会って完全に模倣しきったドッペルゲンガーがどうなるのか……それがわからんからむやみに殺すわけにもいかんのだよ」
「駄目だよらだおくん、それにみんな本物だったら病院がパンクしちゃうよ」
署長とドリーは同時にため息をついた。つまりは人海戦術、足で稼いで手で倒すしかない。怪しいかもという理由で知り合いに銃を向けるのは気が引けるな、と青井の中にちょっとだけあった良心が少しだけ痛んだ。
「でもさぁ、完全に模倣したら殺すこともできなくなっちゃったりして。俺らみたいに」
「やめろらだお、縁起でもないことを言うな」
「なんならもうここにもいたりしてね、完全に入れ替わっちゃった人が」
皇帝をからかっていた青井に、ドリーがいつもの穏やかな声で言った。その瞬間、喋っていた他の署員たちも急に静まり返った。
突然の静寂。青井は冷や汗が伝うのを感じた。ここに見た目だけは知人と同じ、学習するAIのような不正ロードデータの塊、もといドッペルゲンガーがいたとしてもおかしくない。そしてそれを、もう見抜けなくなっていてもおかしくないのだ。
「お、俺は違うよ?もちろん……みんな大丈夫だよ、心配なら六法を見てね」
変な空気になったのを察してドリーがなだめるように手を振る。その後ろにエントランスから出てきた人影が近づいてきた。
「おはよーございますー。なんすか?慌ただしいっすけど」
淀んだ空気を吹き飛ばすようなふてぶてしい声。アロハシャツにサンダルの万年お祭り男が階段をノソノソ降りてくるところだった。
「あ、ああ……おはようつぼつぼ。実はちょっと事件が起きててな」
疑いの眼差しが集中するつぼ浦に、馬ウアー署長が先陣を切って話しかけた。だがつぼ浦が答えるより早く青井が二人の間に割り込んだ。
「じゃあ俺こいつ連れてパトロール行ってきますね」
「え?ああ、構わないが……どうしたんだ?」
「いやちょっと」
「あぁ?なんだよ急に」
有無を言わさず青井はつぼ浦の腕を掴んで自分のパトカーへと向かった。
*
走り出したパトカーは遠くにいかず、本署裏の倉庫街ですぐに止まる。
「……っていう顛末なんだけど。お前、本物じゃないだろ」
今起きている事件を説明し、青井は助手席のつぼ浦に詰め寄った。
つぼ浦の行動は青井の記憶とすでに齟齬があった。昨日、つぼ浦は青井の家に泊まった。それはもうベタベタに愛し合ったせいで青井が出勤するときもまだ寝ていたのだ。それが本署から出てきたのはどう考えてもおかしかった。
問い詰められてもつぼ浦はカートゥーンのように顔をしかめて青井のことを睨み返してくる。
「キャップもんなこと言ってましたけど、アオセンもかよ。人聞きが悪いぜ」
「……もうキャップに会ってんのか。ますます本物じゃなさそうだね」
「アァ?そういうのは何をもって本物とするかじゃないっすか。定義がないのに結論だけ出してくるのは詐欺師の手口っすよ」
「くそっ、言いそうだな」
「言いそうもなんも、俺は本物っすよ」
小憎たらしい顔が口をとがらせている。キャップももちろんつぼ浦についての記憶がたくさんあるだろう。しかもつぼ浦のことだから生まれたての偽物がフニャフニャしているのか、本物がトロールをしているだけなのかの区別は青井にだって難しい。キャップとどれだけ会話をして記憶をコピーしたのかはわからないが、少なくともこのつぼ浦は偽物だったとしてももうだいぶ本物らしい記憶を持っている。
実際、本物がただ気まぐれを起こして裏口から警察署に入って表から出てきた可能性もゼロではない。つぼ浦匠とはそういう男だ。恋人の本質が混沌なせいで可能性だけが広がってしまい、青井は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「じゃあなんで本署にいるんだよ」
「今朝のことっすか?んなもんあのあと俺も出勤したからに決まってるじゃないっすか」
「……そうなるよな」
ドッペルゲンガーは記憶を模倣する。青井の中のつぼ浦の記憶は、もしこのつぼ浦が偽物なら今こうやって会話している間にもどんどんコピーされている。時系列がおかしい、なんとなく違和感は感じつつも、決定打を見つけられない。口ごもった青井を見て今度はつぼ浦が嬉々として攻勢に出た。
「アオセンこそ本物っすかぁ?朝はなに食べたんだ?」
「その手には引っかかんないよ、食べてませんー」
「チクショウ、やられたぜ。じゃあ昨日の夜はなんだよ」
「えーっと、ちょっと待ってね。なんだっけな」
「オイオイ誤魔化すつもりか?やっぱ偽物……」
「親子丼!親子丼食べた!!」
「チクショウ、すぐに思い出せねぇってことは本物だな」
「あぁ?!」
「だってアオセンは記憶力がちょっとアレなんだもんな」
「お前ッ、本物だったとしてもぶん殴るからな」
思わず右手の中指が上を向く。つぼ浦にはこの程度の脅しはそよ風のようなものだ。舐めた顔で青井を睨みつけている。
他人を理解するということは、自分の中に虚像を作り上げるということだ。自分が理解できたパーツだけを使って相手の像を作り上げ、それを本物と照らし合わせて日々修正する。こんな人だと思わなかった、思いもよらない一面が見れた、それは作り上げた虚像が常に未完成だから起きる齟齬だ。
今、青井の中にはつぼ浦との膨大な記憶がある。それを模倣され、もっともらしい像が完成してしまえば判別は極めて困難になるだろう。
手遅れになる前にケリを付けないといけない。記憶の照合はいくらやっても無意味だ。青井は頭をフル回転させる。
「……つぼ浦お前、俺のどこが好き?」
「ア゛?!んだよ、金……持ってんのも好きだけど、顔とか好きだぜ」
「金?!まぁ、そういえばそんな事も言ってたな。ていうか二番目も顔かよ……」
一番に上がってきてほしくなかったことを一番に言われて青井は複雑な顔になる。しかし青井の記憶のつぼ浦も確かにその発言はしていたので苦笑しかできない。
「じゃあ何なら納得するんだよ」
「え?えっとね……優しい、とか?」
「なんつーか凡庸っすね」
「うるさいな、金よりはマシだよ」
「じゃあアオセンこそなんなんだよ、俺のどこが好きなんだよ」
「えー?言わせないでよ、全部好き」
「チクショウ、答えになってねぇぞ!!」
「でもお前が本物なら、納得できるんじゃないの?この答えは」
「確かに納得はできるな」
青井もこの会話には覚えがあった。これが記憶あてクイズなら模範解答だ。つぼ浦は憮然とした表情で引き下がる。仕草だけを見ればいつもの生意気できかん坊のつぼ浦と変わらない。しかし青井のカンがこいつは偽物だと告げていた。
青井は右手をゆっくり腰に当てた。そして黒い鬼の顔越しにつぼ浦を見据える。
「じゃあ聞くけどつぼ浦、お前の好きな体位は?」
「しつけぇな、俺は本物だって言ってるだろ?!だから、向かい合って手をぎゅーってして、顔見ながらするのとか……」
つぼ浦が言い終わるよりも早く腰の銃を抜き、息を飲むより早く引き金を引いた。
軽い銃声が響いて助手席の窓に丸い穴が開く。こめかみを撃ち抜かれたつぼ浦は半透明の目で青井を見た。その口がなにか言葉を紡ぐよりも早く、身体が0と1の灰色のモヤになって霞のように溶け消えた。
「記憶だけは模倣したみたいだけど残念だったね。あいつは、そんな恥ずかしいこと素面で言わないんだよ」
銃を腰のホルスターに戻して青井は車を降りた。鬼の面を脱いでポケットから煙草を取り出して火をつける。生ぬるい風があらわになった頬を撫でていく。
「……せいぜい言っても「そんな恥ずかしいの覚えてねぇ!」とかだろ」
真っ赤になって暴れる姿が目に浮かぶ。青井は愛おしそうに苦笑して煙を吸い込んだ。
本物を見分けられたという安堵と、愛する人の顔をしたものを撃ち殺したという罪悪感が少しだけ心に爪を立てる。口から吐き出した煙も偽つぼ浦の身体のように空に溶けていった。
ドッペルゲンガーは記憶をコピーできるばっかりに、ごまかす、否定するということよりも正解のある答えには正解を優先してしまうようだ。まるでできの悪いAIのように。
いま青井がとどめを刺したのは青井の記憶の中のつぼ浦を模倣した偽つぼ浦だ。ということはあの恥ずかしいセリフは何らかの形で二人の間で交わされた会話なのだろう。
「……あれ?俺が言ったんだっけ?あいつが朦朧として言ってたんだっけ、どっちだっけな」
そんな会話をしたような気がしなくもないし、妄想で作り上げた存在しない記憶だったような気もしてくる。早くこの騒動を終わらせてあとで本人に聞いてみよう!と青井はウキウキしながらパトカーへと向かった。
車の向こうから誰かが姿を現した。人を威嚇するようないかつい鬼のヘルメット。それはぎこちなく体を動かし、魂を感じさせない虚ろな顔が青井をしっかりと捉えた。
───絶対に自分の偽物に出会わないこと。
青井は銃に手をかけた。
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