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「えっ?」
連れ出すとは一体どういう意味が含まれているのか。佳孝の突然のお願いに成瀬は短い言葉でしか答えることができなかった。
成瀬は幹部自衛官のため異動は二年ごとにある。しかも異動先は南は沖縄まであり全国に渡るのだ。そうなると佳孝の発言が意味するのは『連れ出す=結婚』ということになるのではないだろうか。そう成瀬は理解したのだがあまりにも突然なため、さすがの成瀬も答えに窮してしまう。
しかし佳孝はすでに夏帆の成瀬への想いに気が付いていた。そして成瀬の夏帆に対する気持ちにも……。成瀬が素直に『わかりました』とは言えないだろうと佳孝も理解している。
「おれのことは気にするな。おれは地元育ちだから、ここには親戚も知人もたくさんいる」
「しかし…」
「おれはあと四十年は現役で暮らせる自信もある。だからな、おれのせいで夏帆を家に縛り付けたくはないんだ」
「…はい」
ぐっと真面目な顔つきになる成瀬。
「本当に…わたしでいいのでしょうか?」
「お前なら安心して託せる」
「そう言っていただき有難いです。でも、なぜわたしに?」
正直、父親の佳孝に背中を押してもらえたのだから成瀬としては嬉しいことなのだ。しかし自分はそんなそぶりを佳孝の前で見せたことはなかったはずだと。ここで佳孝はコーヒーをまた一口飲んだ。そして軽く俯くと頬を緩ませた。
「昨日の夜、二人でベランダにいただろう?」
「あっ……」
「見てたぞ。あんな真似して、夏帆が成瀬にのぼせた責任はきちんととれよ」
佳孝は昨夜自宅のベランダで成瀬が夏帆を抱きしめているところを目撃していたのだった。あの場面が成瀬の頭の中で再生された。同時にその様子を密かに見ていた佳孝の視線まで想像してしまう。
(がっつり見られていたな)
頭を抱えそうになるくらいの羞恥が成瀬を襲った。
「本当にその……すみませんでしたっ」
自覚があった成瀬は珍しく頬を染めて焦っていた。
「謝ることじゃない。むしろを俺がいない方が都合がよかったな」
佳孝がそんな冗談をいうと、成瀬がふるふると小刻みに頭を振った。佳孝は一気にコーヒーを飲み切り立ち上がった。
「話は以上だ。時間もらってすまなかったな。フライト気を付けて行ってこい」
「はい」
佳孝はリサイクルボックスに空き缶を投入し事務所に戻ろうとした。その背中に向かって成瀬が声をかける。
「井沢さんっ」
「ん、なんだ?」
佳孝が軽く顔だけ振り向いた。
「気持ちを汲んでいただき、ありがとうございます!」
成瀬は最敬礼のお辞儀をした。
「うん。ただ……」
「ただ?」
成瀬が顔をあげた。
「夏帆の頭の中は平和すぎるんだ。成瀬の仕事をどこまで理解しているか。その壁は二人で乗り越えていかないとな」
佳孝の言わんとする意味を成瀬はよくわかっていた。
現場の先輩たちが嘆いていた家族の現実―――。
成瀬の表情がピンっと引き締まる。
「はいっ」
芯から響く声で佳孝の声援に応える成瀬だった。