「怖い怖い。
そんなに睨まないでよ、アリア」
笑うでもなく、投げやりでもなく
アラインは軽く手を広げて肩をすくめた。
けれどその仕草の裏には
僅かに含んだ〝確信〟があった。
「ライエル⋯⋯前世のボクが
キミと話したがってるのは本当さ」
その声には熱も誠意もない。
それはただ
計算され尽くした〝誘導〟だった。
アラインは待っていた。
ライエルが
魂の奥底からアリアに怒りと怨嗟を吐き出す
その瞬間を。
呪詛の如く怨嗟を込めて、傷付けて
あの高位の魔女の
心を揺らがせるその一撃を──
それが今の自分にとって
最高の〝仕返し〟になると
そう思っていたからだ。
だからこそ、彼はすっと瞳を閉じた。
そして
深く息を吐き──再び、目を開けた。
瞬間、その表情が一変する。
瞳には憂いが宿り、口元は締まり
顔は伏せられ⋯⋯
組んだ指が
静かに擦れ合う音だけが空間を満たした。
「⋯ぁ⋯⋯アリア様⋯⋯
申し訳⋯⋯ございませんでした⋯⋯
その、お身体の方は⋯⋯?」
その声は、弱々しく
言葉を探しながら溢れ出すようだった。
アリアは変わらず無言のまま
彼を見つめていた。
だがその紅の瞳は
今は敵意を向ける刃ではなく──
揺れる炎のように
微かに、痛みの色を帯びていた。
「⋯⋯大事無い。
それに、謝るのは⋯⋯私だ。
お前を⋯⋯この手で、殺した」
その静かな告白に
ライエルの肩が小さく震えた。
「アリア様⋯⋯
私の最期を、覚えておりますか?」
その問いに、アリアは僅かに頷いた。
その動きは、極小さく、けれど確かだった。
彼女の記憶の中に
焼き付いて離れない光景がある。
それは、あの夜──
教会の追手をかわし、森を抜け
ようやく辿り着いた草原。
だが、そこに現れたのは
さらなる絶望だった。
不死鳥。
闇に呑まれた光の神は
絶望を糧にその姿を現し
ライエルを──
記憶の魔女を
まるで玩具のように追い詰めていった。
鉤爪が、青年の背中を貫いたとき
それは急所を外していた。
明確に、確実に、苦しみを長引かせる為に。
そして
その身を這って逃れようとする彼を──
アリアは、あの場で
自らの炎で焼き尽くした。
ーこれ以上、苦しめぬようにー
「私がアリア様に⋯⋯
最期にお伝えしたかった言葉がございます」
テーブルの上のカップに
アリアの指がかすかに力を込める。
陶器が僅かに鳴るほどに
彼女の指は震えていた。
彼女の耳には
これまで何人もの魔女たちが死に際に吐いた
罵りと怨嗟の言葉が、未だに残響している。
それを──
また聞くことになるのだと
どこかで覚悟していた。
だが、ライエルの言葉は違った。
「我々も、共に戦おうと⋯⋯
そう仰って欲しかった⋯⋯」
アースブルーの瞳から
大粒の涙が音を立てて落ちる。
それは、怒りでも、憎しみでもない。
ただ、報われぬ祈りが砕けた涙だった。
「不死鳥が闇に呑まれ
光の神としての威光を失い
教会を唆して魔女狩りを始めた事は──
知っておりました。
アリア様の御一族が
人質にされていた事も⋯⋯」
彼の声が震える。
唇を噛み締め
感情を押し殺すように、続ける。
「だからこそ⋯⋯
私たちは、貴女様に〝共に戦おう〟と⋯⋯
そう、たった一言──
仰って頂きたかったのです」
アリアは、何も言わなかった。
ただ、カップを持つ手を
ゆっくりとテーブルに戻し
深紅の瞳を伏せる。
それは、否定でも肯定でもない。
ただ、かつての自分が
その言葉を口にできなかった事実と──
その重さを、静かに受け止めた姿だった。
誰もが、何かを失っていた。
あの夜に、あの劫火の中に。
けれど今──
その炎に焼かれてなお
二人はこうして向き合っていた。
憎しみも、誤解も、すべてを越えて。
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