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9F。
階段を下りた瞬間、空気が変わった。
湿り気が消えて、代わりに――張り詰めた静けさ。
石の匂いが薄くなり、どこか“清潔”な感じがする。
壁には、天使の羽根みたいな彫刻。
床には、円環の模様。
「……神殿かよ」
コメントがざわつく。
『雰囲気変わったな』
『ここだけ別ゲー』
『なんか儀式っぽい』
俺のスマホが、また小さく鳴った。
【未踏領域:拡張マッピング中】
線が、9Fへ伸び始める。
奥に見えていた淡い光――
近づくほど、輪郭がはっきりしてきた。
部屋は大きな一室。
天井は高く、アーチ状の梁が何重にも重なっている。
梁には細い金の線が走り、全部が中央へ向かって収束していた。
壁一面には、神と天使のモチーフが彫られた巨大な石板。
その前に、祭壇みたいな台座。
そして台座の上――
透明な結晶でできた繭が、浮いていた。
鎖が幾重にも絡まっている。
鎖は金属じゃない。
光を固めたみたいで、近づくほど目が眩む。
「……ガチの封印だな」
コメントが流れる。
『なんだあれ』
『宝箱じゃないやつ』
『光の鎖こわ』
『シンゴ、慎重に』
俺は台座の縁まで近づき、手を伸ばしかけて止めた。
触るのは最後。
先に“仕組み”を見る。
金の線が繭に集まっている。
つまり、部屋全体が封印装置だ。
「……結界っぽい」
俺は無言で剣に手をかけた。
鞘を抜くと、銀色の刃が淡く光を返す。
剣先を、鎖の一部へ。
スッ――。
薄い膜をなぞるみたいな感触。
抵抗は、ほとんどない。
「……切れる」
次の瞬間。
パキン……パキパキ……
光の鎖にヒビが走り、ひとつ、またひとつと砕けていく。
『うわ割れた!』
『封印バリア破ったぞwww』
『シンゴ、普通に規格外』
鎖が解けると、結晶の繭がゆっくり回転した。
カラン、と乾いた音。
最後の鎖が落ちた。
そして――
繭が、すっとほどけるように開く。
中から、ふわりと浮き上がる影。
金髪のロング。
白い肌。
背中には小さめの羽根。
頭の上には、淡く光る輪。
「……天使?」
『てんしきたー!!!』
『輪っかあるwww』
『ガチ天使で草』
彼女は宙に浮いたまま、ゆっくり瞬きをした。
――服装は白を基調にした薄手のローブ。
胸元から裾にかけて金の刺繍が細く入っていて、肩には短いマントみたいな布。
腰には細い帯が巻かれ、足元は素足に近い軽いサンダル。
封印の中にいたはずなのに、不思議と汚れひとつない。
見た目は二十歳前後。
身長は俺(一七〇)より少し低い――だいたい一六〇くらい。
華奢というより、しっかり女性らしい曲線があるタイプで、立ち姿だけで“格”が出る。
顔立ちは整っている。
鼻筋も通っていて、睫毛が長い。
でも、完璧すぎない。
口元の形と、目尻の角度が――少しだけ“愛嬌”を作っている。
状況を確認するみたいに周囲を見回して――
最後に俺を見る。
そして、最初に出た言葉は“質問”だった。
「……あなた。私の封印を解いたのは、あなたで合ってる?」
「……まあ、たぶん」
「たぶんって何よ。名は?」
俺は咳払いして、名乗った。
「……シンゴ」
彼女は小さく頷く。
「シンゴさんね」
それから、顎を少し上げた。
「私の名はノエル・セラフィア。天才天使よ」
『名乗ったw』
『天才天使www』
『自己評価高いw』
ノエルはニヤッと笑って、胸を張った。
「今日からこの天才天使――ノエル・セラフィアが、加護を与える……のでよろしくね」
「いや。けっこうです」
即答した。
ノエルは目を細める。
「またまたー。最近なんかついてないとか。失敗続きとかあるでしょう?」
「いや。運だけは間に合ってるんで」
ノエルは、負けじと指を立てた。
「じゃあ“運”じゃなくて“安定”よ。
回復、結界、あと、聖属性。
あなたが攻めるなら、私は守って後ろを固める。」
「……うるさいほど筋が通ってるのが腹立つ」
『売り込み強いw』
『理屈で殴ってくる天使』
ノエルは頬を膨らませた。
「うぅ……保護してよー。ダンジョン協会の保護下なんてイヤよー」
「……協会?」
「そう。そんなとこ入れられたら、いつまでたっても天界に帰れないじゃない」
俗界に詳しいな、この天使。
俺は、視聴者に向けて一応説明する。
「ダンジョンの中で、ごくまれに“異世界の住人”と出くわすことがあるらしい。そういう場合、その人は協会の保護下に置かれるか、発見者が保護する」
コメントがざわつく。
『そういうルールなんだ』
『現実的だな』
『シンゴ、また拾うのかw』
ノエルは腕を組んで胸を張った。
「そう! だからシンゴさん、私を保護して!」
「……なんで封印されてたんだよ」
俺が言うと、ノエルは露骨に目を逸らした。
「それは……ほら……ちょっとした不運というか……」
「“ちょっとした”で封印はないだろ」
ノエルはふん、と鼻を鳴らした。
「聞いてよ。あれだけの、たったあれだけで、下天されて、下界で“解かれるまで封印”ってひどくない? この天才天使がよ」
「天才じゃなくて、天災じゃないの?」
『天災天使www』
『口が回るw』
『シンゴ容赦ない』
ノエルはカッ、と俺を睨んで――すぐ、長く笑った。
「んふふふっ! 言うじゃない。嫌いじゃないわよ」
笑い方が悪役っぽい。
天使なのに。
俺はため息をついた。
「で、何をやらかした」
ノエルは一瞬だけ、言葉を詰まらせた。
「……結界よ」
空気が少し、変わる。
「下界都市の防衛結界。その最終確認の責任者だったの」
「それで?」
ノエルは口を尖らせた。
「……お酒、飲んでたのよ。ほんの少し。
で、うっかりしたの。最終点検を一個、飛ばした」
「酔ったうえでうっかり、最悪の組み合わせだろ」
――怠け者の天使。略して怠天使か。
『最悪www』
『それが問題児ってやつか…』
『笑えねぇw』
ノエルは早口になる。
「位相ズレを突かれて、結界が破断。魔族侵入。市街戦。負傷者多数。
はい! 重大な職務怠慢! 上位結界権限停止! 地上研修! 左遷!」
「……重いな」
「重いわよ! だから徳を積むしかないの!」
ノエルは一瞬だけ、真面目な目をした。
余裕ぶった顔が消える。
「天界に戻るには徳を積む。魔を退治するのが一番早いのよ。
だから――私をそばに置いて。お願い」
ノエルは続ける。
「それに! ダンジョン配信でしょ? 私ネットでダンジョン配信よく見てたから、解説とか得意!」
「……封印されてたのに?」
「細かいこと言わない!」
『天使のくせにネット中毒w』
『解説枠きたな』
ノエルは指を一本立てた。
「今なら衣食住と、ほんの少しのお酒だけで長期契約できるチャンスよ! こんなチャンスもうないわよ!」
「営業が俗すぎる」
俺はこめかみを押さえた。
「……結界、ちゃんと張れるのか」
ノエルは胸を張った。
「当然。……私以上のものはいないわ」
短く、「ふふん」。
俺は深く息を吐いた。
協会の保護下に行けば、こいつは嫌がる。
俺が保護すれば、面倒は増える。確実に。
でも――
回復と結界。
それは、パーティに必要な“後ろ”だ。
「……分かった。うちで保護する。」
ノエルの顔がぱっと明るくなる。
「ふふん。賢いわね」
「条件がある」
「え?」
「酒は帰ってから。ダンジョン内は禁止」
「……それは、交渉の余地があるわ」
「ない」
『即却下www』
『シンゴ強い』
『天使、封じられるw』
ノエルは頬を膨らませる。
「んふふふっ……まあ、いいわ。まずは地上に出てビールね」
「聞いてない」
俺は剣を鞘に戻した。
「行くぞ。出る」
ノエルはふわりと俺の横に降り、カメラに向かって手を振った。
「ノエル・セラフィアよ。地上研修中の天才天使!」
コメントが流れる。
『天使拾ったwww』
『回復役確保はデカい』
『契約きたwww』
俺は配信に向けて言った。
「……というわけで、9Fで天使拾いました」
ノエルが胸を張る。
「拾われたんじゃない。迎えられたの」
「はいはい」
ノエルは、ふっとスマホのカメラを見た。
「今回の配信が面白かった方、ぜひチャンネル登録、★評価、よろしくお願いしますー!」
コメント欄が一気に流れる。
『天使が宣伝してるwww』
『手慣れてて草』
『やるじゃんノエル』
ノエルは手を振って、締めまで完璧に言い切った。
「また次回の配信でお会いしましょう。おつかれでしたー♪」
俺は思わず、横目で見てしまう。
「……ちゃっかりしてる。これは意外とできる天使かもしれない」
配信画面を見ると、コメント欄が一気に加速していた。
ノエルの締めだけで、場の温度が上がってるのが分かる。
「……あ、えっと……じゃ、今日はここまでで……」
俺は慌てて手を振って、配信終了ボタンを押した。
【配信終了】
静けさが戻る。
ダンジョンの空気と、自分の呼吸だけが残った。
俺は深呼吸して、一歩踏み出した。
「帰るぞ。……まあいけるか」
ノエルが楽しそうに、少し遅れてついてくる。
俺は頭を抱えながら、9Fの神殿を後にした。
――どう考えても、ここから面倒が増える。
こんばんは裏五条です。
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