(水分を吸ったスポンジみたいに、躰がやけに重い……。変なのはそれだけじゃなく、夢の中であれだけいやらしいコトをしたのに、夢精をしていないなんて――)
不思議すぎると思いながら、視線を落としたときだった。ベッドに沿うように、誰かが床に横たわっているのが目に留まる。
プラチナブロンドの長い髪と、見覚えのある独特な衣装を身にまとったその人は、自分のほうを向いていないので顔がわからなかったが、さっきまでその姿を見ていたから、誰なのかがすぐにわかった。
「番人さま?」
そっと声をかけてみたけれど、ぴくりとも動かない。
夢の中で、最後のほうは乱暴な感じで抱いてしまったので、もしかしたら疲れ果てて眠っているのかもしれないと考え、起こさないように上手くベッドから降り立った瞬間だった。
「んっ……」
「わっ!」
声と一緒にむくりと起き上がった挙動に驚き、敦士は慌てて退いた。
トロンとした眠そうな顔で、目を擦りながら自分を見つめる番人の視線に、頬がじわりと赤くなっていく。胸のドキドキが、さらに高まった。
「敦士、もしかして俺の姿が見えるのか?」
まじまじと凝視する視線に違和感を覚えたのか、番人が夢の中と同じ口調で訊ねた。
「みっ、見えます」
「そうか。おまえからたんまりと精を貰った繋がりで、俺の姿が見えるようになったのかもな」
ゆっくりと立ち上がり、退いた敦士に番人が近づきながら意味ありげに見下ろす。目の前にある唇に長い髪がくっついていたので、取ってあげようと手を伸ばした。
夢の中と同じ身長差――自分の目線のちょっとだけ下の辺りに、番人の唇がある。しかしながら唇を触るには勇気がいるので、髪の毛に直接触れようと人差し指と親指で摘みかけた瞬間、番人の頬の中を自分の指が音もなく貫いてしまった。
「ひいぃっ!」
(肌の温度も、触れた感触すらなかった。まるで何もないところに、手を伸ばした感じだったな。でも目の前には、番人さまがちゃんと実在しているのに……)
番人は敦士の代わりに、唇についている髪を人差し指でさっと外し、自嘲気味な微笑みを湛える。
「俺のこの姿は、とある人物の手によって作られた、現実世界ではありえない者なんだ。夢の世界ではじめて存在を感じられる、夢の番人だからな」
「でも僕はこうしてじかに、番人さまを実際に見ることができます。触れられないけど、貴方がいることを感じる人間がいるんですよ!」
告げられた内容があまりにも可哀そうで、思わず叫んでしまった。しかし敦士の言葉を耳にしても、番人の表情は相変わらずだった。
「……それがどうした。おまえは俺の特別だと言いたいのか」
抑揚のない冷めた声が、室内の中で静かに響いた。
(自分の目と耳はこの人を感じることができるのに、それを表現するすべがないなんて――)
敦士が語彙力のなさに、下唇を噛みしめながら両手を握りしめると、番人が目の前にある窓に向かって歩き出した。幽霊のように窓ガラスをすり抜けてベランダに出るなり、空中をふわりと浮遊する。
「番人さま?」
首に巻いているストールと一緒に、肩まで伸びている白金髪をなびかせて、マンションの5階よりも少しだけ高いところに飛んで行ってしまう姿を眺める。
見つめているうちに、なぜだか引き留めたくなり、その後ろ姿にそっと右手を伸ばした。
「コト切れそうになったら、また来てやる。俺の相手をするために、せいぜい悪夢を見る練習をしておくんだな」
自分のとった行動で気持ちを見透かしたのか、見下ろしながらいきなり告げられた言葉に、敦士は伸ばしていた右手をガッツポーズに変えた。
「わかりました! 番人さまをいつでもお迎えできるように、悪夢の見方を調べておきますっ」
カラ元気で答えた敦士に返事をせず、番人は意味ありげな笑みを唇の端に浮かべた。
さっきまで冷ややかな態度をとられていたため、内心かなり落ち込みかけていたのに、番人の優しそうな笑みを見た瞬間、胸がどくんと疼いた。
頬を染めた敦士をそのままに、番人はすぐさま真顔になり、周囲をきょろきょろ見渡してから、颯爽と目の前から消えてしまった。
「言いつけを絶対に守ります。だから逢いに来てください……」
ぽつりと呟いた言の葉が番人の耳に届くはずがないのに、呟かずにはいられない。
まったく取り柄のない自分が、誰かに頼りにされたことが嬉しくて堪らなかった。そこに特別な感情が伴っていなくても、役に立ちたいという想いが勝っていたので、このときは何も考えずに、指示されたことを実行したのだった。
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