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「朝陽っ、すまない!」
我に戻った隼士が、荒い息のままに慌てた様子で朝陽の中から自身を抜き出す
すると、即座に事後の情緒の欠片もない謝罪を口にした。
「俺は……っ……何てことをしたんだ……いくら我を忘れたからって、こんな酷いことをするなんて……」
背中から抱き締めてきたのは、顔を合わせづらいからだろうか。それとも、事後の男の顔なんて見るのは忍びないと思っているからだろうか。
「すまない、本当に悪かった。朝陽の気が済むまで、何度だって謝る。だから…………」
隼士の声が、一瞬詰まる。
「隼……士?」
「頼む、俺を……嫌わないでくれ」
「え……?」
これっぽっちも予想していなかった展開に、ぽっかりと口を開けてしまった。
本来なら、ここは朝陽の方が酷く後悔し、落ち込まねばならない場面だ。自分を嫌わないでくれ、なんてまさに朝陽のためにある言葉だろう。だというのに、隼士の方が先に大きな身体を震わせるものだから、悔やむ機会を完全に逸してしまった。
「身勝手なことを言っているのは分かってる。だが、お願いだから……嫌いにならないでくれ。朝陽に突き放されたら俺は……」
「何……で隼士が謝るんだよ。そんな……必要ないじゃん……」
とりあえず早急に隼士を落ち着かせねば。朝陽は胸の前に回された隼士の腕を、ポンポンと優しく叩く。
「悪いのは俺だよ……ごめんな、隼士。こんなところで最低なことしちまって……軽蔑、しただろ?」
「いや……驚きはしたが、軽蔑はしてない。朝陽は男として当たり前に気持ちよくなりたかっただけで、同じ男としてそれを責めるつもりはない」
「後ろ……弄ってたのに?」
こんなこと、改めて口にしたくなかったが、戸惑いながらも聞いてみる。
「人の趣味趣向なんて千差万別だ。それこそ批難することでもない。批難されるべきだとしたら、朝陽の同意を得ずに組み敷いた俺の方だ……」
自分の行為はどう見ても完全に強姦だと、声を落とす隼士の姿に、朝陽は酷い自己嫌悪を覚えた。
自分の浅はかな行動のせいで、愛する人間を追いつめてしまっている。
「っ……やめろ、よ、……必要のないことで、これ以上自分を責めんなよ……同意がいるって言うなら今するし、忘れろって言うなら忘れるから……」
隼士みたいに気の利いた言葉が言えたら、もっと安心させてやることができるのに、出てくるのは軽いものばかり。
「やだよ、こんな……俺のせいで……」
あまりの情けなさに、涙が出てくる。
「…………なぁ……勝手なことだって分かってる……でも、もし……もし、隼士が俺のこと許してくれるっていうなら……お互い、今夜のことは忘れよ?」
続けて出てきたのは、縋るような懇願だった。しかも驚くほど薄っぺらい。
でも、朝陽にとっては精一杯だった。
「忘、れる……?」
「そう……俺達、ちょっと疲れてたんだよ。それで……お互い、衝動に負けちまった……それじゃ、ダメかな……?」
男は基本、欲求に逆らえない生き物だ。例え強靱な精神の持ち主でも、心身共に疲労しているところへ誘惑を落とされたら揺らいでしまうことだってある。
そう、今夜の二人はただ疲労と場の空気に流されてしまっただけ。そういうことにしてしまおうと、朝陽は考えたのだ。
勿論、これが都合のよすぎる提案だということは、痛いぐらいに分かっている。
こんなに大それたことをしておいて全て忘れるだなんて、誰が聞いてもおかしいというはずだ。
だが、二人さえ認めてしまえば成立する。
お互い今の関係を壊したくないと思っているなら、無理ではない話だ。
「そうか、忘れる……のか……」
「隼士?」
「あ、いや……朝陽に嫌われないのなら……それでいい」
何とか打開案が受け入れられた朝陽は、明日からまた元通りの関係に戻れることに、ひとまず安堵する。
けれど落ち着いたところで、脇に置いた後悔が再びぶり返した。
性欲に抗えなかったのは仕方ないことだと隼士には言ったが、正直な話、自分はあそこで流されるべきではなかった。唇を噛み切ってでも、理性を保つべきだった。
そう思う理由は簡単だ。朝陽は隼士の記憶障害をきっかけに恋人の立場からは身を引いたものの、親友の立ち位置だけは一生手放したくないと思っている。
しかし、その願いが今回の件のせいで叶わなくなってしまったら。友人関係すら続けられなくなるほどの事態に発展してしまったら。
そんな未来を考えると、恐ろしくて堪らない。隼士と関係がなくなったら、確実に自分は生きる希望を失うだろう。
どうか、今の関係だけは自分から奪わないで欲しい。誰に頼めばいいか分からない嘆願を内側で叫びながら、募る懸念に瞳を震わせた。